タワーレコードの〈NO MUSIC, NO LIFE.〉サイトで連載中の〈ポップの羅針盤〉。ポップミュージックがはらむ〈予感〉について、社会の〈羅針盤〉になり得る可能性について、音楽評論家/ジャーナリストの柴那典さんがその時代性を読み解く連載です。最新の第26回からMikikiにも掲載していきます。今回のテーマはサカナクション“夜の踊り子”。 *Mikiki編集部
ヒットは〈アルゴリズムの女神〉が微笑みを見せた時に訪れる。
5月8日に上梓した新著「ヒットの復権」は、2020年代になって生まれた新しい〈ヒットの力学〉について書いた一冊だ。マスメディアへの大量露出が決め手となった90年代とは異なり、近年の音楽の流行の多くはバイラルヒットによって駆動される。SNSやショート動画のアルゴリズムが生み出す偶発的な現象によってブームが拡大する。
バイラルヒットは再現性のない現象だ。マーケティング的な施策はたいてい上手くいかない。影響力のあるインフルエンサーが火付け役とも限らない。些細なきっかけをアルゴリズムが増幅して感染が拡大するカオス的な現象が、バイラルの正体だ。
狙ってヒットを生むことは難しい。しかし、最初の種火をどのように燃え広がらせるか。そこには再現性がある。偶発的なバイラルの現象を、一時的な流行で終わらせないためにどうするか。そのためにはアーティスト自身やそのチームが尽力する必要がある。1曲のヒットをアーティストへの確固たる支持に結びつけていくためには何が必要か。そこで問われているのは音楽性の高さであり、アーティスト自身の力量だ。
そういうことを書いた本を発売したそのタイミングで、まさにその最新の事例とも言うべき〈アルゴリズムの女神の微笑み〉によるヒットが生まれた。2012年にリリースされたサカナクションの“夜の踊り子”が14年ぶりにヒットチャートを駆け上り、ストリーミングランキングで首位を獲得した。
きっかけとなったのは、韓国のユーザーが投稿したショート動画。インドネシアの伝統的なボートレース〈パチュ・ジャルール〉で船首に立って踊る少年の映像とこの曲を合わせた動画がミーム化し、山口一郎本人がブームに乗っかったことでバイラルはさらに燃え広がった。韓国発のブームは日本で本格化し、幼稚園児に至るまで、沢山の人たちが〈踊ってみた〉動画を投稿した。
現象は他の楽曲にも浸透している。5月25日付の〈オリコン週間ストリーミング急上昇ランキング〉では“夜の踊り子”が1位。TOP 10には“Aoi”、“ミュージック”、“アイデンティティ”、“忘れられないの”、“多分、風。”と、サカナクションの楽曲が6曲を占めた。
やはり大きなポイントは、これが単なるミームとして消費されるだけに終わらない動きを見せていることだ。たぶん、ほとんどの人はあのユーモラスなダンスの〈踊ってみた〉を投稿してブームに乗っかるだけで終わるだろう。でも、その中にはきっと、あの曲に込められたメッセージとエモーションに気付く人がいるはずだ。
もともと“夜の踊り子”はモード学園のCMソングとして依頼を受け書き下ろされた楽曲だ。CMのキャッチコピーは〈「なりたい」を、「なる」に鍛える〉。不安や葛藤を抱えながら未来を夢見る若者の思いが曲のモチーフになっている。CMに、そしてミームに使われた大サビのフレーズの連なりの前には、こんな歌詞がある。
行けるよ 行けるよ 遠くへ行こうとしてる
イメージしよう イメージしよう 自分が思うほうへ
(サカナクション“夜の踊り子”より)
真っ直ぐなエールが、そこには託されている。
そういえば“夜の踊り子”を書いた頃の山口一郎はよく「未来の音楽に嫉妬したい」と言っていた。あの頃はTikTokも存在しなかった。ストリーミングサービスも日本では始まっていなかった。そこから10年以上が経った今、音楽を巡る状況や環境は大きく変化したけれど、曲に込められた本質は何も変わっていない。
「ヒットの復権」に書いたのは、バイラルやミームという現象がいかに広まっていくかということだけではない。そうなった時に肝心な〈オーセンティシティ〉(=信頼性)についての話だ。バズの話題性は、よくも悪くも人々の行動を左右する。ソーシャルメディアのトピックがアルゴリズムに駆動されるようになり、人々の興味関心はどんどんインスタントで瞬間的なものになってきている。けれど、そうした時であっても、何かを見たり聴いたりした時に〈本物だ〉と感じたならば、その感触は残る。何かが深く胸に刺さったならば、それは受け取った側にとっての糧になる。
“夜の踊り子”は、そういうものが込められた楽曲だった。だから14年経った今、再び輝きを放っているのだと思う。

PROFILE: 柴 那典
1976年、神奈川県生まれ。音楽評論家/ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオ出演など幅広く活動する。著書に「平成のヒット曲」(新潮新書)、「ヒットの崩壊」(講談社現代新書)、「初音ミクはなぜ世界を変えたのか?」(太田出版)、共著に「ボカロソングガイド名曲100選」(星海社新書)、「渋谷音楽図鑑」(太田出版)がある。ブログ〈日々の音色とことば〉。
X:@shiba710
note : https://note.com/shiba710/