アーサー・ラッセル。彼の音楽には、NYアヴァンギャルドやミニマル~初期ディスコサウンド・シーンの中で、たびたび接してきたものの、なかなか全体像を結ぶことがなかった。自身の楽器であるチェロで奏でる静謐感あるスローなミニマルがあるかと思えば、あまりにもプリミティヴなビート・サウンドやフォーキーな作品もあり、更に1992年にAIDSで早世したこともあって、謂わば伝説的ミュージシャンだった。だが近年のCDの再発、更に彼に関する著作の刊行によって、ようやく伝説の小箱から解放されつつある。ギンズバーグのポエトリー・シンギングへの参加、初期トーキングヘッズやNYアンダーグラウンドに深く関わりを持った経緯の詳細も、次第に明らかになってきた。
今回リリースされる4点のアルバムは、1970年代から90年代初頭に至る、実に多様な彼の音楽スタイルを活き活きと浮かび上がらせ、伝説の隙間を埋めてくれる(もちろん多様すぎて、さらに混乱するともいえるが)。おそらく彼は「スタイル」を洗練させることに興味がなかったのだろう。
いっぽう我々は、それらの音楽スタイルがその後たどった変遷やシーンへの影響をすでに知っている。ディスコ・ミックスによるダンス・ミュージック、ガレージ・パンクの先駆者、……云々。彼の音楽を原初的~過渡的なものとみなしたり、そこに袋小路をみることもあるかもしれない。だが、ここに聴くすべての音は、当たり前だが彼にとって、そして当時のシーンにとっての日常であり、現在進行形なのである。「その後のことなんて知らない」。そうした擬態を装って、これらを聴いてみよう。そこに広がる可能性の沃野にくらべると、我々がいま手にしているシーンが、ひどく貧しいものに見えてくる。だが、「あの頃は良かった」、などといって懐古的になる必要はない。「ここからだって、始められる」と思ってみることだ。ここにある、器用ではないが、迷いのない全ての音がそんな気にさせてくれる。