LUI◇FRONTiC◆松隈JAPAN改めLUI FRONTiC 赤羽JAPANは、結成から間もない2014年2月に初のワンマン・ライヴを敢行しているが、その頃、ヴォーカルのプールイはアイドル・グループのBiSとしての活動がメインで、まだバンドの体を成していなかったという。

 「全然でしたね。最初のワンマンをやった時はまだ会って3~4回目くらいで。(プールイは)BiSのツアーも回ってはったし、この活動ようわからんなっていう時期はありました。正直、バンドと言うか……」(テンペスト竹内)。

 「ただ弾いてただけでしたね。〈どこをめざすんやろう?〉って」(小原 just begun)。

LUI FRONTiC 赤羽JAPAN リプミー ユニバーサル(2015)

  そもそも彼らは自然発生的に生まれたバンドではない。出自の異なる人間同士が、ある目的のもとに集まり、試行錯誤を重ねながら徐々に形作られていった。

 「そうなんですよね。始まりは完全に〈ビジネス・バンド〉でした」(プールイ)。

 「文化が違うところの人じゃないですか。僕らはバンドだし、彼女はアイドルだし。どうしたらいいんやろってことばっかりでしたね。アイドルのお客さんはMIX(曲を盛り上げるための掛け声)を打ったりするじゃないですか。そこひとつだけ取り出しても、僕らがやってきたバンドとはまったく違う」(竹内)。

 「ただ、BiSのファンの人はいろいろな音楽を聴く人が多かったから、環境的にはそこまでやりにくくもなかったです」(小原)。

 「二人はチェキ会とかも初めてだったんですよね」(プールイ)。

 「最初はホンマ辛かったです(笑)」(小原)。

 「お客さんもプールイに会いに来てるのに、何が悲しくて(僕らと)握手せなあかんねん……って思ったと思うんですよ」(竹内)。

 「結成からの1年間は、自分のなかでどう消化するか、どういうふうに考えるかっていう。握手会は最初は苦手やったんですけど、やるにつれてお客さんの顔を覚えてくるんですね。それはすごくいいなと思って。今日も来てくれたんやとか」(小原)。

 そんな紆余曲折を経ながらメンバー同士の、そしてファンとの信頼関係を築き、このたびついにメジャー進出を果たした。今回のシングル“リプミー”は竹内が作曲。いつになくストレートな構成で(彼らの楽曲はトリッキーで複雑な構成がホントに多い!)、過去最高にキャッチーなロックに仕上がっている。なお、竹内の書いた曲がバンドのCDに収録されるのは初めてのこと。

 「苦節1年、やっと自分の書いた曲が通りました。僕ら、完全にコンペ形式なんですよ。成り立ちがビジネスなので、楽曲の選定もそういうことなんです。バンドを結成した時には曲も用意されていたんで。〈もう曲あるんや〉みたいな違和感もあったりしたんですけど、メンバーが作ったとか関係なく、シンプルに良い曲が使われるという」(竹内)。

 「“リプミー”は初披露した時点でもうMIXが入ってきて(笑)。やつら(ファン)が勝手に打った!」(プールイ)。

 「〈この曲でも打つの?〉っていう(笑)。小節数が変じゃなければなんでも打てますからね。いま、4つ打ちのロックって多いじゃないですか。ドカッと盛り上げるために欲しいなって思う時があるんですけど、イージーに見られるのがすごくイヤだなって思ったりもするんですよ。この曲に関してはそういう要素は入れたくないなと思って作ったら採用されて。そこは意外でしたね」(竹内)。

 「最近は〈アイドルだから〉とか〈バンドだから〉とかも考えなくなって、MIXでもケチャでも好きにやりなよって思ってます。自分たちでやりたいことをやって、それが評価されればいいなと思ってます。成り立ちはビジネス・バンドかもしれないけど、いまは凝り固まったものがなくなって自由にやれてきているので、これからもっとおもしろくなっていく予感はしてます」(プールイ)。

 

LUI FRONTiC 赤羽JAPAN

元BiSのプールイ(ヴォーカル)、the storefrontのテンペスト竹内(ギター)と小原 just begun(ベース)から成る3人組。2013年12月にオプティマス松隈(ギター)こと松隈ケンタをメンバーに含むLUI◇FRONTiC◆松隈JAPANとして活動を開始。2014年2月に初作となるミニ・アルバム『JAPONiCA!!』をリリースする。同年7月にBiSが解散したことを受けて活動を本格化させ、8月にセカンド・ミニ・アルバム『JAPONiCA!!2』を発表。11月に松隈が脱退し、現体制となる。2015年1月には東京・渋谷CLUB QUATTROにてワンマン・ライヴを行い、メジャー・デビューとバンド名の改名を発表。このたびファースト・シングル“リプミー”(ユニバーサル)をリリースしたばかり。