キング・レコード「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」
音の世界遺産、再び ~世界最大級の民族音楽CDコレクション

 僕はNHK FMで 「音楽遊覧飛行エキゾチッククルーズ」というワールドミュージックの番組のナビゲーターを務めている。毎月四日間にわたり40分ずつの放送時間を、この6月には「モンスーンの音楽」、7月には「港町の音楽」など、毎月ゆるいテーマを立てて、世界中の音楽から選曲して、オンエアしている。

 いまや世界最大の商業音楽となったボリウッドのEDMや国際的に活躍するアフリカやヨーロッパのアーティストたちによる届いたばかりの最新作も毎回欠かさずに紹介しているが、さらに一歩踏み込んだ選曲を行うには、民族音楽のCDコレクションを掘り返す必要がある。アメリカのノンサッチ、フランスのオコラ、日本のビクター、そしてキング・レコードの「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」なしには僕の番組の選曲は成り立たない。

 「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」は昭和のアナログ盤時代から2008年までにキング・レコードが制作してきた全150タイトル、CD総数195枚を集めた世界最大級の民族音楽CDコレクションである。中でもインドネシアが約30作品、インドが約20作品、日本や中国を含む東アジア地域が約30作品を占めるなど、アジア地域の充実には目を見張るものがある。

 この度、全150作品中、もっとも人気の高かったベストセラー40タイトルが厳選され、準新譜として再発されることとなった。 

オスマン・トルコ軍楽隊 他 トルコの軍隊 キング(2015)

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 記念すべきシリーズ第1番となっているのは『トルコの軍楽』。日本でも東南アジアでもなく、なぜトルコの音楽が1番なのか。それは1979年にNHKテレビで放送された向田邦子が脚本を書いたドラマ『阿修羅のごとく』のテーマ曲に、ここに収録の曲《ジェッディン・デデン(祖先も祖父も)》が用いられ、大ヒットしたためである。当時、このアナログ盤は5万枚を売り上げたという。民族音楽~ワールドミュージックとしては、2000年代初頭のブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ、1990年代初頭のエンヤジプシー・キングスに次ぐ破格の大ヒットだったのだ。

 《ジェッディン・デデン》はオスマン帝国の軍楽隊「メヘテルハーネ」によって演奏された軍楽「メヘテル」の名曲。17世紀、オスマン帝国軍はメヘテルの大音声とともにオーストリア=ハンガリー帝国まで侵攻した。太鼓とシンバルによる「ダントン、ダントン、ダントカ、ダットン」という反復マーチング・リズム、トランペット属やオーボエ属の管楽器による異国的な旋律はヨーロッパ大陸を震え上がらせ、それにより、ヨーロッパ諸国の軍隊も軍楽隊を取り入れることとなった。現代の中学や高校の部活動で盛んなブラスバンドは元をただせば、このメヘテルハーネまで遡れる。

 ドラマの放送当時12歳だった僕は、ドラマの内容は全く覚えていないのだが、《ジェッディン・デデン》の異様な旋律と脅迫的なリズムに一発で魅了され、毎週土曜の夜を楽しみにしていた覚えがある。なお、このアルバムは1970年代初頭に民族音楽学者の故小泉文夫小柴はるみによって、トルコにてフィールド録音されている。

VARIOUS ARTISTS イラクの音楽 キング(2015)

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 CD二枚組『イラクの音楽』も同じ二人による1970~80年代の労作だ。一枚目はイラクでフィールド録音され、様々な編成の古典音楽、民謡、そしてイスラーム教の宗教儀礼ジクルを24分の長さでレコードの片面をフルに使って収めている。この曲はデヴィッド・シルヴィアンが1985年に自曲《Steel Cathedral》にそのまま被せて用いてしまっている。サンプリング訴訟が一般的になる直前のゆるい時代だった。二枚目は1981年に来日公演を行ったイラク人ウード演奏家と歌手を東京のスタジオで録音した作品。ウードと歌の最少編成だが、それだけに微分音を駆使したイラク=アラブ古典音楽の精髄を聞き込むごとに味わえるスルメイカのような名作である。

ZAKIR HUSSAIN インド古典パーカッション~ザキール・フセイン キング(2015)

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 『インド古典パーカッション~ザキール・フセイン』は北インド古典音楽に用いられる二個一組の太鼓タブラの最高峰奏者、ザキール・フセインのソロ演奏を東京のスタジオで録音した1988年の作品。同年、日本各地で半年間にわたって開催された大型イヴェント「インド祭」の一環として制作された。当時37歳だったザキールの若々しくも壮絶なタブラ演奏は現在に至るまで、タブラ奏者にかぎらず、多くのドラマーやパーカッショニストにまで衝撃を与え、人生を狂わせてきた。今をときめくタブラ奏者U-zhaanもこの作品を聴いてタブラを始めたと言っていた。

VARIOUS ARTISTS バリ/スアール・アグンのジェゴッグ キング(2015)

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  今回厳選された40作の中にインドネシアの音楽は3作だけ含まれている。バリ島のガムラン、ケチャ、そして、竹のガムラン『ジェゴグ』である。直径30cm、長さ3mを越える竹筒を数十名で叩き合う『ジェゴグ」の人気楽団スアール・アグンによる二枚組CD『バリ/スアール・アグンのジェゴッグ』には二組に分かれた楽団がお互いに激しい演奏をぶつけ合い、優劣を競い合う20~30分の演目「ムバルン」が4曲も収録されている。1990年の現地録音のため今時のハイレゾ音源にはかなわないが、スアール・アグンがまだ有名になる前、ローカルな冠婚葬祭や儀礼の場で演奏していた時代の妖しくもトランシーな空気が立ちこめている。

高良マツ,長崎トヨ,村山キヨ 沖縄・宮古の神歌 キング(2015)

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 2007~8年に久保田麻琴が制作した『沖縄・宮古の神歌』は、2011年にロカルノ映画祭で受賞し、日本でも全国公開された音楽ドキュメンタリー映画『スケッチ・オブ・ミャーク』の原案となった作品だ。それまで宮古島の中だけで伝承され、門外不出とされてきたものの、後継者の高齢化が進み、存続の危機に瀕していた神行事の歌が、大正生まれの女性たちによって歌われ、初めて島の外にも伝わることになった。久保田は後に、このCDを聴いて勇気づけられ、神行事の外でも歌い始めた若い世代の女性たちによる神歌のアルバムも制作している。

【参考動画】映画「スケッチ・オブ・ミャーク」予告編

 

 『音の世界遺産』この言葉は2008年にこのコレクションがリニューアルされた時に使われたキャッチコピーである。もちろんユネスコが認定する本物の「無形文化遺産」とは一切関係はなく、あくまで宣伝用の文句である。しかし、このコレクションには本物の「無形文化遺産」に認定されている音楽だけでなく、いまだ登録認定されないままに既に地球上から消滅してしまった楽器演奏や、今後数年のうちに消滅してしまうだろう歌まで少なからず収められている。それらは一レコード会社だけの問題ではなく、世界の音楽人や音楽ファンが一丸となって残していかなければならない本物の遺産であろう。

 そして、世界的な音楽ソフト業界の縮小、およびCDフォーマットの限界により、今後これほど大規模な民族音楽CDコレクションが再び制作されることはないだろう。

 この40作品をスタートに、どうか沢山の人たちがイマジネーションにあふれる音楽逍遙を行っていただきたい。


ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー
人類の共通遺産として、次世代に受け継がれるべき世界の音楽全150タイトルから、ベスト・セレクション、トップ40を再発いたします!
7月8日発売/全40タイトル
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