©Neva Nadaee

弱音の美しさに心が震えるフォークトのショパン

 ドイツの中堅実力派ピアニスト、ラルス・フォークトは、ソロ、室内楽、コンチェルトと幅広い活動を行い、1998年にはケルン近郊のハイムバッハで室内楽音楽祭〈シュパヌンゲン音楽祭〉を創設。2005年には教育プログラムを立ち上げ、2013年よりハノーファー音楽大学の教授も務める。さらに最近は指揮活動も多く、2015/6年のシーズンからノーザン・シンフォニアの音楽監督に就任、超多忙な生活を送っている。

 「本当にすべての面で時間が足りない。人生において時間が足りないことが一番大きな悩みですね」

 子どものころ、R.ゼルキンが演奏するモーツァルトのピアノ協奏曲第27番の録音を聴き、以来モーツァルトに深く傾倒。ピアノ作品はもちろん、指揮においてもモーツァルトを再発見するシリーズを行っている。

 「ゼルキンのピアノを聴いたとき、心臓に楔が打ち込まれるような衝撃を受けました。同様にショパンも子どものころから敬愛し、ようやく録音にこぎつけました。特にソナタ第2番は思い出深い作品です」

LARS VOGT 『ショパン:ピアノ作品集』 CAvi Music/キングインターナショナル(2014)

 ハノーファー音大でカール=ハインツ・ケンマーリンクに師事し、教授の最晩年にショパンのピアノ・ソナタ第2番“葬送”をともに勉強した。

 「ショパンは内的な表現を大切にする作品を書いています。ケンマーリンク教授は私が自由な表現で演奏することは重視してくれましたが、音楽にはある一定の規則があることも伝授してくれた。彼とは亡くなる直前までともに学び、ブラームスのピアノ協奏曲第2番では楽譜に〈未来〉と書いてくれました。これは難曲ですが、未来に向かって演奏しろと……」

 新譜のショパンはノクターン、マズルカ、スケルツォ、バラードなどが選ばれ、いずれも弱音を大切に、内省的で繊細で情感豊かな音色が心に深く響く。

 「マズルカとノクターンは近いうちに全曲録音をしたい。これは2013年にケルンで収録したのですが、その3日間は私にとって祝祭日のようでした。私とショパンとの邂逅。この録音は自分へのプレゼントです。心理的な吐露で、まさに私自身の音楽です」

 フォークトは子どものころから音楽漬けの日々ではなく、サッカーにも興じていた。チームプレーが好きで、その精神はいま室内楽やオーケストラを指揮するときに大いに役立っているという。

 「オーケストラを指揮するのは昔からの夢。友人の指揮者、ラトルやハーディングから指揮法の助言ももらっています。私は左利きですので、左手の動きが結構多い。これはピアノを弾くときにも特徴が出ます」

 堂々たる体躯から繰り出すピアノの響きは深々と肉厚。だが、ショパンは弱音の美に心が震える。