東京のインディー・シーンの一部で熱狂的に愛されてきた韓国系アメリカ人ミュージシャン、ダニエル・クオンがニュー・アルバム『ノーツ』をリリースした。
彼の経歴はこちらの記事でも簡単に紹介しているが、Lampとの交流を契機に2008年に日本へ移住。日本では2010年にリリースされたセルフ・タイトルの初作や、2013年に謎の変名で発表した『Rくん』といったアルバム及びライヴ活動で注目を集めてきた。
そして、(先日惜しまれつつ解散した)森は生きているの岡田拓郎と増村和彦、牛山健、小林うてながゲスト参加し、主なベーシック・トラックのレコーディングとマスタリング・エンジニアリングをPADOK、プロデュースをダニエル自身が手掛けた新作『ノーツ』は、年間ベストが発表されはじめたシーズンに名乗りを上げる、詩情とクエスチョン・マークに満ちた一大問題作だ。
今回、Mikikiではダニエルのキャリア初となるインタヴューを実現。日本移住以前から彼と交流してきた音楽ライターの清水祐也氏を聞き手に迎えて、音楽性同様にアウトサイダーな本人の資質をたっぷりと掘り下げてもらった。 *Mikiki編集部
イヴが禁断の実をかじる音で始まるイントロダクション“Fruit, Not Apple”に続く“Hop Into The Love Van”は、ビートルズの“The End”でポール・マッカートニーが弾くピアノと、同じリフで幕を開ける。
終わりから始まる物語――それはドアーズの“The End”で始まるフランシス・フォード・コッポラの映画「地獄の黙示録」のようでもあるし、日本で録音された駅のアナウンスや子供の声といったフィールド・レコーディングがもたらす異化効果は、(テリー・ギリアム「12モンキーズ」の原案になった)短編映画「ラ・ジュテ」で知られるクリス・マルケルが、80年代の日本で撮影したドキュメンタリー「サン・ソレイユ」も連想させる。壮大なバッド・エンド“Holy Smokes!”の後に流れ出す“Yours Truly,”で岡田拓郎が弾くペダル・スティールの空しいほどに甘美な響きは、それこそテリー・ギリアムの「未来世紀ブラジル」のエンディングで流れるスタンダード・ナンバー“Brazil”のようだ。
「アルバムじゃなくて映画、サウンド・ムーヴィーだと思って聴いてほしい」――そう語るダニエル・クオンと筆者が知り合ったのは、いまから8年前。当時まだアメリカ在住だった彼が日本にやって来て、(大島渚の映画「絞死刑」に登場する在日韓国人死刑囚に由来する)〈Rくん〉名義での実験的な作品を経て、ニュー・アルバム『ノーツ』をリリースするまでに至る道のりも、ちょっとした映画のようだったと言えるのかもしれない。
そういえば大瀧詠一が亡くなった日(2013年12月30日)の前日、ダニエルと知人との3人で、はっぴいえんどの話をしたことを覚えている。亡くなる直前に大瀧詠一がリンゴを食べていたというのは単なる偶然かもしれないが、ダニエル・クオンという怪物から生み落とされたこの『ノーツ』という禁断の実について、本人に話を訊いてみた。

Lampから日本の70年代の音楽を紹介してもらって。〈久しぶりに、人間と友達になっちゃった!〉って感じ(笑)
――音楽を始めたきっかけは?
「お母さんがエンソニックっていうキーボードの会社で働いてて、その時に初めてエレクトリック・ピアノとか弾いたね。ペンシルヴァニアに住んでた時、7歳ぐらいかな? 小学校2年生の時に、先生の奥さんがピアノを教えてて。ちょっとヒッピーぽくって、ドアーズとか好きな人で(笑)。ポール・マッカートニーにウィングスとか。その時もビートルズは聴いてたけど、ドアーズはそこで初めて聴いて。まあ普通のアメリカのロック――オールマン・ブラザーズとかも紹介されたけど、(そちらは)全然興味なかった(笑)。あとなんだっけ、もうひとつのブラザーズ……ドゥービー・ブラザーズか(笑)。みんなブラザーズなのかなって(笑)。でもやっぱりポール・マッカートニーが一番デカイし、あとその頃はラジオだね。日本にもあると思うけど、70年代オンリーのプログラムとか、〈WMGK、マジック、102.9!〉みたいな、ダサいラジオ番組をずっと聴いてて。誰でもリクエストできるし」
――リクエストしたんだ?
「クイーンの〈Somebody To Love〉をリクエストしたら、ワム!のジョージ・マイケルのライヴ・カヴァーがかかって、〈ラ〜〜〜ヴ!!〉って(笑)。あのヴァージョンが、すごい流行ってたから(笑)。あとは学校で教えてくれたから、ヴァイオリンも弾いてた」
――ギターも弾いてたの?
「ギターはもっと後だね。高校生の時に初めて買って、ミシシッピ・ジョン・ハートとか、そういう音楽も大学に入って初めて聴いて。エミット・ローズも大学の時に聴いて結構インパクトがあった」
――ちょっと意外だけど、アウルズとかも好きだったんだよね?
「その頃(大学時代)はフィラデルフィアにレコード・ショップが結構あって、シカゴのインディーをすごくプッシュしてて。パンクやエモとか、そういう音楽も流行ってたけど、僕はシー・アンド・ケイクとかに興味があって。ジム・オルーク(と出会うの)はもうちょっと後だけど、『Eureka』のジャケットを見て、〈これ何だろう?〉って思ったな(笑)。アウルズはギタリストの人(ヴィクター・ヴィラリール)が好きだった。ファーストはスティーヴ・アルビニが録音してたし。その時はすごい元気だったね」
――え、自分が?
「いや、音楽の世界が。インディーとか、すごい元気って感じがした。自分はそういう音楽はあんまり聴いてなかったけど、みんなから紹介してもらって。〈チェックした?〉〈う〜ん……、でも、クイーンがいいかな〉みたいな(笑)」
――でも(ダニエルの)ファースト・アルバムに入ってた“Quietly”という曲の、最初のデモ・ヴァージョンはポスト・ロックっぽかったよね。
「その時はシー・アンド・ケイクも聴いてたし、誰か友達は〈ヴァーサスみたいだね〉なんて言ってた(笑)」
――それで、確か2007年ぐらいにmixiで突然メッセージをもらったと思うんだけど。
「そうそう、その時はmixiでナンパ・メッセージとかしてたから(笑)」
――mixiは相手の入っているコミュニティーもわかるけど、ダニエルは日本映画のコミュニティーにもたくさん入ってたよね。なんでそんなに詳しかったの?
「mixiは友達から紹介されたと思うんだけど……」
――でも当時はまだアメリカにいたんでしょ?
「日本食のレストランで働いてたから、その時に寿司シェフとか、初めて日本人と会って。韓国人も結構いて、中国人、メキシコ人とか。前は本当に、友達はみんな白人やユダヤ系だったから。大学の時に留学生と初めて知り合って」
――はっぴいえんども知ってたよね。
「(職場に)ウェイターがいて、彼が『ガロ』みたいなコミックスとか紹介してくれて。つげ義春の『ねじ式』も初めて読んで〈これは何だろう?〉と思ったね。その時に偶然ネットでLamp(の染谷太陽)と知り合って、彼がもっと詳しくて、好きなものとか紹介してくれて。懐かしいけど、その時はピュアだったし、まだ(自分が)暗くなかったし(笑)。Lampからシュガーベイブみたいな、日本の70年代の音楽を紹介してもらったね。その時はわからなかったけど、結構インパクトがあったから、“Quietly”のギター・フレーズやアレンジもはっぴいえんどっぽくなったのかなって。やっぱりそれが音楽だよね。作る時に、これまで聴いた音楽が出るじゃない? 好き嫌いはあんまり関係なく」
――2007年に2回ぐらい日本に来て、Lampのメンバーと一緒にファースト・アルバムをレコーディングしたんだよね。
「そうだね。すごく嬉しくて、おもしろかった。その時はアメリカでいろいろあったから、〈久しぶりに、人間と友達になっちゃった!〉って感じ(笑)。見た目もそうだけど、あんまり僕みたいな人はフィラデルフィアにはいないから、アイデンティティーっていうか、キャラクターっていうか、あんまりみんなと合わなかった。大学の時はみんな〈パンク・ロック!〉とかそういう感じで、レコード・コレクターみたいな人はあんまりいなかったな。友達はみんなレコード・ショップの店員になっちゃって、(お店に行くと)〈あ、ダニエル!〉って(笑)。それは日本と一緒だね。名前は忘れちゃったけど、当時知り合った人がスタジオのベースメントを作る途中で、“Quietly”のデモは彼の部屋で録った。2002年ぐらいかな、すごい前だね。その時から4トラックのカセットMTRでたまに録ったりはしてたけど、アレンジの勉強にはなったかな。それから日本に来て本当のスタジオに行って、本当のエンジニアとミュージシャンを見て、スパイする感じで(笑)。僕の録音はコミュニティー・センターっていうか、病院みたいなところで録った。普通のおじいちゃんとか歩いてて」
――その後、日本に引っ越したのはいつ頃なんだったけ?
「忘れちゃった。いつだろう? なんかすぐには引っ越しできなくて、最初はひとりで(宮城県)石巻とかに住んでたこともあったし。その時は〈わ〜、おもしろそう〜!〉と思ってたけど、そうしたら超ビョーキになっちゃって(笑)。日本語も全然できなかったし、エスケープしたかったけど、お金を貯めて。日本に引っ越ししたいんだったら、お金を貯めないとダメだね。日本は住みはじめるまでがすごく大変。石巻を選んだのは最初に仕事のオファーがあったからで、意味はなかった。〈エスケープ? オーケー! ファースト・チケット・トゥ・イシノマキ!〉って(笑)。でも石巻(を選ぶの)は結構珍しいらしいね」
――そうだろうね。
「超カントリー。町が海に囲まれてて、山に登ったら全部見えるっていう。まあすごく良い人にも会って……石巻でザッパ・マニアック・ファンと会って(笑)。おじいさんじゃないけど、(当時)50歳ぐらい? よく彼の部屋に行って、一緒にご飯とか食べてたら家族から〈この人誰?〉って感じで見られて。彼の部屋はヤバかった(笑)。石巻に〈ラ・ストラダ〉っていうライヴハウスがあって、そこのパーティーで彼と会って。誰かのライヴが終わった後にみんなで鍋したりして、すごいディープなシチュエーション(笑)」
――当時からフランク・ザッパの『Cruising With Ruben & The Jets』が好きだって言ってたもんね。
「そうだね。〈Ruben & The Jets〉はアメリカで初めて聴いて、大学生の時にザッパを聴き直して、再発見した。マザーズの頃、69年の『Uncle Meat』はその頃にオリジナルLPを見つけて、楽しかったな。フィラデルフィアはレコードがすごく安くて、そこがNYとは違う」
――西荻窪に住むようになったのは?
「それは(仕事の)最初の契約が終わって、Lampともずっと連絡は取ってたし、その関係で西荻窪になった。その頃は勉強っていうか、まだ4トラック・カセットでずっと作っていて。そこからパソコンとかミキサーを買って、〈Rくん〉が始まって……一番暗い時期。『Rくん』の前はイギリスのシンガー・ソングライターのアルバムをすごく聴いてて、たまにライヴもしてたけど、そういう音楽が嫌いになっちゃってね。その時は学校で働いてたから、休み時間にずっとピアノを弾いてて、もう一回ピアノをやるようになった」

――Rくんの前にも〈シーモア〉とか、いろいろ名前を変えてやってたよね?
「それは本当に酔っぱらってて、いいかなと思って(笑)。意味がなかった。まあ、いつもそうかな(笑)。いつも間違えるね。『Rくん』も全然売れなかったし(笑)」
――でも今回、名義を本名でやろうと思ったのはどうして?
「本当はRくんでもいいと思うんだけど、レーベルから出すっていうのもちょっと関係あるかも。Rくんだと怪しすぎるから(笑)。でもやっぱり本名にすると、みんなにシンガー・ソングライターのアルバムだと思われるからどうかなって。日本語で情報が書かれるたびに、いつも〈韓国系! アメリカ人! SSW!〉みたいになっちゃって。このアルバム(『ノーツ』)はたぶんそういうイメージじゃないから。昔はいっぱいあったじゃない? リアル・ネームじゃなくて、そういうイメージみたいな。僕は本当にノー・ヒストリーだし、フロム・ノーウェアだから」

まあライフ・エクスペリエンスだね、全部。好きな音楽もあるけど、でも破壊したい。僕の曲をどうやって作るか、それが大変
――『ノーツ』には森は生きているのメンバーだった岡田(拓郎)くんと増村(和彦)くんも参加してるけど、彼らと最初に会ったのはいつ?
「結構前だね。『Rくん』が出た後だから、一昨年ぐらい? 岡田が珍屋(立川の中古レコード店)でアルバムを聴いて興味があったみたいで、彼とちょっと呑んで、一緒に演奏して。初めて会った時に増村と3人でリハーサルをやったらすごく良くって、ライヴやろうかなと思って。ライヴは本当に適当。全然リハーサルとかしたことないし。(ステージを共にしたのは)全部で5回ぐらいかな?」
――『ノーツ』のジャケットはポール・マッカートニーの『McCartney』っぽいよね。
「これは朝歩いてたら(見つけて)、ちょっと自分で並べ替えたりしたけど、学校の外に本当にこういう感じで落ちてて、いいんじゃないかなって」
――アルバムの1曲目のタイトルも“Fruit, Not Apple”だけど、最初に入ってるリンゴをかじる音は、アダムとイヴの神話から来てるんだよね?
「あれも聖書に書いてあって、みんながリンゴって言うけど、本当はただの果実で。最初は女性のキャラクターがリンゴを手に取って、よく聴くと僕はヘビのキャラクターで、〈OK?〉って言ってる(笑)。そこで〈カチッ!〉と鳴って、次のシーンは〈ダンダンダンダン……〉って走るイメージで、そしたら増村のクラッシュ・シンバルが聴こえて地獄に堕ちていくんだけど、そこは地獄じゃなくてオフィスだったという(笑)。最初の罪を犯したから地獄に堕ちて、ずっと仕事をしないといけなくって。それが終わったら最後にドアが閉まる音が鳴って、次が“Hop Into The Love Van”っていう曲で、タクシーの運転手みたいな人が〈ハイ〉って言う。それはドラマーの(牛山)健の声なんだけど(笑)」
――この曲に限らず、ソドムとゴモラ、ダビデとゴリアテとか、聖書からの引用がよく出てくるよね。
「それは本当に、僕の歴史だから。毎週教会に行かされてた。そういう情報もまだ(頭に)入ってるから、アウトプットすればヘルシーかなと思って(笑)。聖書も何回か読んだから、インスピレーションっていうか、イメージが……子供の時のトラウマだね。聖書読んだことある? ヤバイよ」
――そう?
「半分ぐらいホラーだよ(笑)。みんなでジーザスをずっとフォローして、子供の時も〈これ何だろう?〉って思ってた。彼がグロイ感じで死んじゃって、もう一回起きて、〈アイム・バ~~ック!〉って。〈ヤバイじゃんジーザス! テイク・イット・イージー、ジーザス!〉って(笑)。何回死んでも起きるし。その頃に教会からクリスチャン・ロックとか紹介されたけど、すっごいダサイ(笑)。初めてエイミー・グラントとかも聴いて。マイケル・カード、キース・グリーンも。でもほとんどAORだね。当時ペンシルヴァニアに韓国系のコミュニティーがあって、白人が韓国の人たちにそういう音楽をレンタルして、〈ヘイ、コリアン・ピープル! フォロー・ジーザス!〉みたいな(笑)、そういうキャンペーンって感じだった。そういえばいつだったか、僕が(所有していた)CDを全部持っていって、みんなで壊すみたいなミーティングがあった(笑)。昔のビートルズみたいな感じで、クイーンの『Greatest Hits』とか、ニルヴァーナの〈アンプラグド〉(『MTV Unplugged In New York』)を〈バキッ!〉って割られて〈オー、ノーッ!〉て」
――じゃあトラウマだったものが出てしまうだけで、(聖書からの引用は)特に意識しているわけではないんだ?
「まあライフ・エクスペリエンスだね、全部。フィーリング……こういう話をするとジョン・レノンみたいになっちゃうけど(笑)、やっぱりタッチとか、ピアノに座るとこういうポジションで弾くというのは全部フィーリングで。その日がバッドかハッピーかも関係あるかもしれないけど、すべてコンビネーションで、そこがおもしろいかな。好きな音楽もあるけど、でも破壊したい。僕の曲をどうやって作るか、それが大変。エミット・ローズはオリジナルなアレンジを始めたけど、ソロになる前はどれもビートルズに似ていて、あんまり良くなかったんじゃない? 良くないビートルズもいっぱいあるけど、エミット・ローズは自分で録音してたし、それがインスピレーションになって、自分でもやろうかなと。そうしたらジム・オルークみたいなアーティスト――(自分で)ミックスもするし、エンジニアやプロデューサーもできる人がいて。(自身の)ファースト・アルバムの時は自分でミックスはしなかったけど、ヴォーカルのダブル・トラックとか、ギターは左に振るといったシンプルなアレンジの勉強にはなって。70年代の音楽は本当にテキストブックっていうか、勉強したいんだったらそこから始めたらいいなと思って、いっぱい見つけた。80年代はほとんどダメだけど(笑)。ミックスとか、ドラムが大きすぎる!」
――『ノーツ』も、最初のデモの段階では結構シンプルだったけど、最終的にはかなりフィールド・レコーディングした音が入ってるよね。
「なんて言うんだろう? 直感的っていうか、あまりプランニングしてないかもしれない。『Rくん』が好きだった人はこれも好きなんじゃない? サイレンとか、フィールド・レコーディングの音もいっぱい入ってるし。フィールド・レコーディングを後で編集する時が一番おもしろかった。ファースト・アルバムは結構普通のアルバムって感じだったから」
――でも“Lady B”とか“Judy”は結構昔に作った曲でしょ?
「ああいう昔のアイデア、コードやメロディーもあったし、セカンド・ヴァースにコーラスとか、そういう〈普通〉のアレンジもライヴでやってたけど、今回は変態になろうかなって(笑)。(作り込みすぎて)最後の2週間ぐらいは本当にチャレンジだったけど。〈Pヴァイン、プレッシャ〜! 僕も仕事忙しい〜!〉って(笑)。スパークスの“Beat The Clock”みたいな」
――この間も、〈入ってる音全部に意味があるんだ〉って言ってたよね。
「本当に、適当じゃないと思う。歌詞にもいろんなイメージがあるけど、音楽でそれをフォローするっていうか。卓球の音が入ってる曲(“Mr. Kimono”)も、よく聴いたら2人で卓球してるけど、〈カラオケ行こう〉って誘われて、もう一人が〈えっ?〉って言ってボールが転がっていって、次のパートでは〈ナナナナー♪〉っていう、すごいダサイ感じで」
――カラオケに行ってるんだ(笑)。“Judy”では曲の途中で笑っちゃってるパートがあるよね。
「あそこのシーンは、チェリーボーイみたいなアダムのキャラクターが女の子と一緒にベッドに入って……だから〈ドゥルドゥルドゥ……〉って歌ってるところはセックス・シーンみたいな(笑)。録音してる時に〈これ本当にステューピッドだな〉と思って笑っちゃったんだけど、雰囲気がいいかなと思ってキープしてて。そういうムードってあるでしょ? それを破壊したいというか。そしたら最後にブライアン・メイみたいなギターが入って、彼がイッちゃうの。それがクライマックス(笑)」
――オルガズムなのか(笑)。それは(“Judy”の)ミュージック・ビデオにも反映されてるの?
「それは危ないから、ビデオとは関係ない(笑)。最後のほうにヴァイオレンスもあるけど、壊してるのはオブジェクトだから。いまは本当にどこでもヴァイオレンス、ヴァイオレンスでしょ? でもこれはステューピッドだし、ヴァイオレンスもステューピッドだから、そういう意味で。でも最後に出てくるブタにはちょっとメッセージがあるかも(笑)」
――そういえば2曲目(“Hop Into The Love Van”)のヴォーカルではピーター・アイヴァースを、3曲目(“Lady B”)ではスコット・ウォーカーを意識したとか。
「オマージュっていうか、ああいう音がすごく好きで、声が聴こえるとその人のキャラクターはそんなに関係なくなるから、真似してみようかなって。本当にそれが楽器というか、ピーター・アイヴァースの声は誰にも真似できないからチャレンジ!っていうか。すごい気持ち悪かった。今回はヴォーカルが本当にチャレンジだった。すごくたくさん歌ったから。リアクションとかタイミング……、全部勉強だね。スタジオで録らなかったし、普通のシチュエーションだったら誰かがプレイバックするけど、全部(録音)が終わってから自分でやったから、面倒臭いなっていうか、適当っていうか、結構難しかった。ハーモニーとか、ただフィーリングで」
――“Japanese Only”という日本語の曲は細野晴臣を意識したんだよね。
「あー、そうだね。あれは結構難しかった。すごくシンプルだとみんな思うかもしれないけど、〈ああいう音ってどうやって作るんだろう?〉って感じで。彼の歌を聴いてちょっと勉強したけど、ブレシングがおもしろいから」
――それ以外で誰か真似してみた人はいる?
「真似しようとすると意識しちゃうから、ナチュラルに全部出したかな。でも、いま聴くと〈あ、そうか、このヴォーカルは……〉とか、結構いっぱい入ってるんじゃないの、いろんな人が歌ってるみたいだね(笑)。そういうコンセプトっていうか、クイーンやビートルズのように、メンバーが3~4人ぐらいいて、みんな自分の曲を歌ったりするバンドが好きだから」
――“Mr. Kimono”はなんでこのタイトルなの?
「ワーキング・タイトルだったんだよね。その前にもいろんなタイトルがあって。〈キモノ〉は女の人の着物を思い出すけど、〈ミスター〉は普通のサラリーマンみたいな人かなと思って。あの曲はちょっとキャラクター・スタイルっていうか、ちょっと病気な、頭の中で何を考えてるかわからないサラリーマンが出てきて、いろんな色とか、パターンが入ってるからキモノなのかな」
―― 〈キモノ〉っていうと、スパークスの『Kimono My House』も連想するけど。
「最後の前の曲(“Holy Smokes!”)とかもね。彼(スパークスのラッセル・メイル)とも日本で会ったしね、〈はなまるうどん〉で(笑)
――ああ、今年の〈サマソニ〉にフランツ・フェルディナンドと合体した
「彼が帰っちゃうところだったから、〈ラスト・チャンス、ストップ!〉と思って近付いて、〈……スパークス?〉って訊いたら〈……イエス〉って(笑)。もし〈ノー〉って言われたら本当に危なかった(笑)」
――しかもジム・オルークのライヴの帰りだったんでしょ?
「そう。でもそうしたらジム・オルークのこと忘れちゃって(笑)。〈スパークス、イエ〜イ!〉って。すごいビックリした」
――ジム・オルークが『Rくん』を聴いて、フランク・ザッパの『We’re Only In It For The Money』っぽいと言ってたらしいけど、ダニエルとしては今回のほうがそれっぽいみたいだね。
「何回か偶然(ジムと)会って、そういう話もしたけどね。ライヴが終わってみんな外にいて、(山本)達久さんに話して、その時はストーカーみたいな感じでみんなと話したけど、まあ(自分がジムの)ファンっていうか。(『Rくん』も)全部聴いたかどうかわからないし、10秒ぐらい聴いたのかもしれないけど(笑)」
――じゃあ別に(〈We’re Only~〉を)意識してたわけじゃないんだ。
「でも編集とか、全部フランク・ザッパから学んだから。ザッパはいろいろ好きなのがあるけど、アルバム全部で1曲っていう感じだし、何回か聴いてたから、そういう関係もあるかな。〈ザッパっぽいアルバムを作るぞ〜!〉とか、そういう感じではなかったけど」

いつもおもしろいレコードはいっぱいあるんだね。ネヴァー・エンディング・ストーリーだ。音楽はベスト・レリジョンだね
――話は戻るけど、〈Japanese Only〉というフレーズは、よく日本語のウェブサイトとかで使われてるけど、これって実は和製英語で、直訳すると〈日本人以外お断り〉というあんまり良くない意味で、ちょっと前にもサッカーの試合の横断幕に使われて問題になったよね。
「そうそう、そういうジョークもあったけど(笑)。日本で歩いてると、たまにそういうサインがあって。〈ジャパニーズ・オンリー……何だこれ?〉って。誰か活動家の人(有道出人)がそういうタイトルの本も書いてたし。〈日本の人種差別〉みたいな。それは曲を書いてるうちは全然関係なかったけど。でもタイトルがおもしろいかな。そういうダブル・ミーニングっていうか、誰かが〈彼は韓国人だ! 日本人を嫌ってる!〉みたいになったりしたら、〈自分のイメージを利用できたぞ!〉って(笑)」
――日本にいて、そういう違和感を感じることってある?
「まあしょうがないよね。歴史についてもいろいろ読んだことあるけど、韓国と日本のそういう問題はすごい昔からあって、簡単には済まないんじゃない? いままですごい嫌いだったんだから。〈ウォー(戦争)、フォーエヴァー!〉って。韓国ではそういう反日教育があるのかもしれないけど、アメリカではあんまり。大学の時に韓国人と初めて会って、そういう話を聞かされたな。でも(〈Japanese Only〉は)そういうジョークで、ダブル・ミーニングというか、このアルバムでそういう最低な歌詞をたくさん書いたと思う、英語で。でも歌詞はやっぱり……例えばジム・オルークとか、そういう人もたくさんいるし、70年代にはストーリーテラーって言うの? ルパート・ホルムズもそうだよね。どの曲も全部スクリーンプレイみたいっていうか。彼はもうちょっとピュアだし、そこまで最低じゃないけど。ああいうポジションから曲を書くことで、伝えられることもあるよね。音楽は表現であって、演説ではないから」
――自分の歌詞についてはどう?
「歌詞はいつもおもしろくて、笑っちゃうから書いてるし、楽しんで作りたいね。ファースト・アルバムの時はもっとピュアな人間だったからシンガー・ソングライターみたいな歌詞だったけど、今回はいろんなキャラクターを出していて。“Alice”って曲はアリスというMな女の子のキャラクターが出てきて、Sの彼氏と付き合って、毎日〈Sがほしいー、エスケープしたくないー、Mだからー〉っていう話(笑)。そういうキャラクターをいっぱい作って楽しかったけど。いつかまたノンフィクションもいいね。まあ今回も結構そうだけど。フィールド・レコーディングとか、自分の周りの音を使ったり。(録音を担当した)PADOKや健さんとかもいるし、結構ドキュメンタリーだね。ベーシック・トラックは誰かがいるとやっぱり違うし、いろんな人と全部関係がある。でも最後にひとりになって、パニックになった時もあったけど、ひとりが一番いいかな。誰もいないし、それが一番楽しかった。自分を見つけるっていうか。ああいう感じだね、ひとりで部屋にいて、灯りのないなかで、いろいろなドアを探すっていう。ミステリーがないと楽しくないから」
――前に「東京のインディー・ミュージシャンはライフスタイルを気にしすぎているから、もっと音(ノーツ)に集中するべきだ」みたいなことを言ってたけど、それは『ノーツ』というタイトルとも関係してるの?
「ハハハ(笑)! わかんないけど、東京インディーってなんかそういうイメージがあるね。〈トップ・オブ・ザ・ポップス!〉っていうか。まあそういう話は全部他の人から聞いてる(笑)。僕は全然(自分から)チェックしない」
――じゃあダニエルの周りの人たちが全部悪いってことで(笑)。
「みんなジェラスだから(笑)。でもそういう(方向に)破壊したいんだったら、好きなアルバムを聴いてびっくりして、もっとがんばろうと思う、そのほうがヘルシーだと思う。やっぱりミュージシャンはエゴイズムがすごい強いし。昔はNASAみたいな感じで、スタジオとかを使って〈もっとサウンドを実験的に!〉みたいなブームがあったよね。70年代はハイテクノロジーっていうか、(当時のエピソードも)本当に映画みたいだし、〈俺がプロデューサーだ、黙れ!〉みたいな人もいた。いまはアーティストが好きでも、誰がプロデュースしたとか、エンジニアのことなんてみんな興味ないよね。はっぴいえんども細野だけじゃないし、同じ彼の(書いた)曲でも、細野が自分で録音すると別のアルバムになるでしょ? チームワークっていうか、それがおもしろいけど、いまは誰でもひとりでできるわけだし、ちゃんと自分でトライしないと勉強にならないから。パーティーじゃなくて、そっちのほうがおもしろいんじゃないの? でもミュージシャンはしょうがないね。ショウビジネスだし、セックス・シンボルとか。まあそういう人も好きだけど(笑)」
――クイーンやスパークスもそういう要素もあるよね。
「でも〈クイーン〉じゃなかったら違うでしょ? 〈キング〉だったらさ(笑)。ハーフネルソン※もね。名前も関係あるけど、全部を含めてそういうものだからおもしろい」
※スパークスの活動初期の名義。72年の2作目『Sparks』の時に改名した
――そういう諸々を含めて『ノーツ』だと。
「まあ『ノーツ』は〈こういう音楽が好き〉っていう作品だね。誰かがこのアルバムを聴いて〈懐かしいメロディー〉みたいに書いてたけど、昔とか(ノスタルジー)は関係ないんじゃない? ジョン・ケージじゃないけど、〈エヴリシング・イズ・ミュージック〉っていうか、そういう雰囲気がないと音楽を作りたくないかな」
――ちなみに最近はどういう音楽が好きなの?
「それはいつも探してるし、好きなアーティストがインタヴューで挙げてたらチェックしたりしてるね。フランク・ザッパもそういうアーティストだし、『Freak Out!』のジャケットにもすごくいっぱい名前が書いてあるよね。レコード・ショップで興味があったら聴いてみるし、いつも偶然だね。でも誰かに紹介されると、ほとんど聴きたくないかな(笑)。自分で見つけるのが一番ナチュラルだから。でもどっちでもいい。たまに紹介されて〈わー、すごい!〉ってこともあるし。最近オフィサー!(Officer!)っていうバンドを見つけて、すごく良かった。確かディス・ヒートのスタジオでレコーディングしてて、それで興味があって。それから日本のバンドで、キリング・タイムって知ってる? ちょっとプログレっぽい雰囲気がおもしろくて買った」
――『ノーツ』の最後の曲(“Yours Truly,”)では岡田くんがペダル・スティールを弾いてるね。
「それは何分ぐらいかかったかわからないけど、彼がすぐに録音してくれて。まあ全部で30分ぐらいかな。2テイク録音してくれたんだけど、それがすごく長くて、10分ぐらいあったなかから、少しだけ取って(笑)。でもそれが最後に来るのが一番いいかなと思って」
――個人的にはサント&ジョニーの“Sleep Walk”って曲を思い出したんだけど。歌詞のせいもあって、お葬式っぽいっていうか、この人死んじゃったんじゃないかなって(笑)。
「確かに、このアルバムで何回死んでるんだろう(笑)。ずっと昏睡状態なんじゃない? たぶんメロディーは……エミット・ローズの“Lullaby”って曲覚えてる? ソロ・ギターにフェイザーが掛かってて、あの曲もフェイドアウトするけど、昔聴いて〈この人死ぬの? 幽霊?〉と思って、それがインスピレーションになってるかも。歌詞は結構ホラーな雰囲気が作りたかったけど。なんか普通に〈ヘーイ、ガール〉っていう50年代みたいなクリシェで、〈ハート・フォー・ユー〉って歌ってるんだけど、本当に心臓を差し出してるっていう(笑)。本当は1曲前の“Holy Smokes!”でフィニッシュだけど、最後の曲はエンド・クレジットかな……そんな感じしない? でもあの曲(“Holy Smokes!”)は本当にパニックな感じで終わって、すごく良かった。子供の声が偶然マッチして、〈マジカル・ビョーキ・ツアー〉になって良かった(笑)」
――子供の声って、可愛らしさを出すために使われることが多いけど、ダニエルのアルバムで聴くとちょっと怖いんだよね。それって意識してる?
「コントラストっていうか、そういう関係があるかな。でも今回はもうちょっとユーモラスに作ったつもりだけど。子供の声っていうか、雰囲気はおもしろくて好きだし。それは僕にはできないから、〈ユー・アー・マイ・プレイヤー!〉って感じで。やっぱり映画みたいな感じだね、ナンパ・キャスティング(笑)。全部の曲でいろいろなキャラクターを作って。アクターになったつもりで歌詞を書いた。何がリアルで何がドリームかわからないから、そういうバランスがおもしろい。毎日、起きると思うんじゃない? 〈これは現実? 僕は病気?〉って(笑)」
――じゃあ別に子供を邪悪なものとして見ているわけじゃないんだ。
「子供はすごいピュアだから、そういうコントラストだね。写真っていうか、ヴィジュアルでいつも音楽を作るから、それが関係あるかな。みんなに〈子供の声が聴こえる! ダニエルってロリコン?〉とか思われたら危ないけど(笑)。子供はすごい好きだから」
――そこはすごく力説してるよね(笑)。
「このアルバムはいろいろ初めてのシチュエーションだったし、そういうプレッシャーもあったかな。もうちょっとやりたかったけど、誰かがいるから、そのバランスっていうか。スタジオがあったら、ひとりでヒトラーみたいな感じで作りたいけど(笑)。今回はこういうふうになったけど、それでいいんじゃない?」
――日本に来て、Pヴァインからアルバムを出したこともひとつの達成だったと思うけど、次の目標は?
「ネクスト・ステージは……死ぬんじゃない(笑)? 今回もストリングスが入ってるけど、今度はストリングス・クァルテットとか、ああいうのに興味があるかな。ベートーヴェンの〈大フーガ〉とか、あれヤバイよ。興味があったらYouTubeで観てほしいけど、ブルジョワな人たちが病気っぽいクァルテット聴いてて……リアル・ビョーキ(笑)。すごい良かった」
「クラシックもたまに聴くし、興味があれば何でもOK。結構オープンかな。まあラップはダメだけど(笑)。トゥー・マッチ・パーティーな感じで。ソーシャル・イヴェントの匂いがあるとちょっと(笑)。ポリティクスとかソーシャルな匂いがあると……あとはジャズもそうだね。フランク・ザッパも言ってたでしょ、〈ジャズは死んでいない。ただおかしな匂いがするだけだ〉って。80年代のザッパはダサイな……音が変だね。あ、でもスティーヴ・ヴァイのファースト・アルバム(84年作『Flex-Able』)聴いたことある? 自分の家で録音したやつ。あれ最高だね(笑)。〈これ68年のマザーズじゃん!〉って」
――それ、自分も最近聴いてビックリした(笑)。
「いつもおもしろいレコードはいっぱいあるんだね。ネヴァー・エンディング・ストーリーだ。音楽はベスト・レリジョンだね。本当の宗教じゃなくて、レコードが毎日通う教会でさ。ちょっとカルトっぽくない? 昔はそう思ってなかったけど、こういう……(レコード・プレイヤーの針を落とす真似をして)。座って、目を閉じてさ(笑)」
