ハッピーなヴァイブに憂いが、パンキッシュな怒りにユーモアが――歌とラップが柔らかく溶け合う多重構造のポップ・ワールド!
歌とラップを自在に行き来するヴォーカルと、打ち込みによるダンサブルなトラックもアコギ一本のフォークも織り交ぜたサウンド……多様すぎて一言では説明しづらいが、ナイーヴでいて人懐っこいポップ・ミュージックを展開するのがこの兄弟デュオ、エンヤサンだ。
「兄弟なんでいつに結成ということもなく、自然と一緒にやってましたね。音楽はメロコアから入って、90年代の日本語ラップ・ブームの時に曲を作りはじめました」(Jr. TEA、ギター)。
「だから最初は完全にラップでしたね。でも、もともとJ-Popを聴いて育ってきているので、その要素が徐々に入ってきて。歌モノを採り入れたきっかけとしては、フィッシュマンズがデカかったです」(Y-クルーズ・エンヤ、ヴォーカル)。
彼らはフリーで配信された『まさかサイドカーで来るなんて』でインディー界隈にその名を知らしめ、術ノ穴に所属。2014年のEP『新宿駅出れない』などを経て、このたびファースト・フル・アルバム『ドアノブ』を完成させた。BIKKE(TOKYO No.1 SOUL SET)を迎えたメロウな“もっかいHOO'15”、ダビーな装いの“FAN~ジャスビホーザシリ~”、エレクトロニックな4つ打ちナンバー“フレイバー”、叙情が滲むバラード“UFOr”など多様さがカオティックに拡散する楽曲群。それらをフルレングスのヴォリュームで詰め込むことで、彼らの持つある種の〈捉えにくい魅力〉を明快に示している。
「やりたいことをストレートに出したらこうなっただけで、いろいろやろうと狙ったわけではないんですよね。狙うなら、もっといろいろやりたいくらいで」(Jr. TEA)。
「〈ジャンルレス〉ほど浅いもんはないなと思っていて、ひとつひとつのジャンルを曲単位で大事にしたいんですよね。そのうえで歌唱法とかラップのスタイルは自由でいいと思っていて、そこはトラックに応じて表現しています」(Y-クルーズ・エンヤ)。
ヴァリエーション豊かなアンサンブルを乗りこなすヴォーカルは、“君が骨折して”という曲名にも表れている特異な言葉遣いでメランコリックなストーリーを紡いでいく。これまでも端々に窺わせていたシニカルな毒っ気が強く噴出しているのも印象深い。
「ひねくれた性格だし、皮肉が好きなんですよ。ただ表現の仕方は考えていて、汚い言葉を使わずに毒づきたい。ネガティヴなことも表現の仕方でポジティヴになると思うんですよね」(Y-クルーズ・エンヤ)。
ハッピーなトーンに憂いが滲み、パンキッシュな怒りが表出した楽曲にもユーモラスな手触りがある。サウンドも詞世界も多面的だからこそ、どんな感情にもフィットし、聴き手の日常に寄り添う。そんなところこそが、エンヤサンのポップな魅力に繋がっているのかもしれない。
「曲ごとに〈こういうことを歌っている〉というのは明確にあるんですけど、それが聴き手に伝わらなくていいかなと思っていて。作り手の意志とは関係なく、気持良く聴いてもらえるのが理想ですよね。今回はそういうものが出来たかなと」(Y-クルーズ・エンヤ)。
「満足のいくものが出来たので、これを聴いてもらってダメだったら仕方ない。ただ、今作は僕らを知ってもらうきっかけになればそれでよくて、評価されるのは次じゃないかと。そういう意味での『ドアノブ』なんです」(Jr. TEA)。
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ここではエンヤサンの関連作を一部紹介。2010年に送り出したアルバム『▽』(3 HOUR)の時点から、曲ごとにテイストの異なるポップソングを提示していた兄弟。2013年には兄のY-クルーズ・エンヤがラップ~ポエトリー交じりの歌心にエロもアイロニーも詩的に浮かべたソロ作『しらくべくリゾート』(Jet City People)を地元・愛知の気鋭ヒップホップ・レーベルより上梓し、2014年1月にはコンピ『JET CITY PEOPLE presents Fat Bob's ORDER vol.3』(同)にも参加します。その4月にはエンヤサンのEP『新宿駅出れない』(術ノ穴)を発表し、2015年に入ると兄が術ノ穴のコンピ『HELLO!!! vol.0』に登板。8月には弟のJr. TEAがDOTAMAの『ニューアルバム』(同)で“こんなぶっ壊れた国で”をプロデュースしています。 *bounce編集部