京都での長年の活動を経て、現在は富山に暮らすシンガー・ソングライター、ゆーきゃんが術ノ穴より最新作『時計台』をリリース。同作に合わせて、Mikikiでは15年に及ぶ彼の活動の軌跡を、2回に渡って紹介する。その後編は、彼が東京在住時に作り上げた唯一の作品『ロータリー・ソングズ』から『時計台』に繋がっていく、2010年以降の彼の足取りを見ていこう。
※世界一声の小さなSSW、ゆーきゃんの15年(前編):〈ボロフェスタ〉を立ち上げwith his best friendsらと奏でた2000年代
初のシンプルな弾き語り『ロータリー・ソングズ』、
ついに辿り着いた温かなホーム『あかるい部屋』
2011年のミニ・アルバム『ロータリー・ソングズ』は、ゆーきゃん名義では『ひかり』以来となる7年ぶりの作品であり、彼の東京時代で唯一の音源集だ。音楽評論家/エンジニアの高橋健太郎の旧居が取り壊しになることを契機に、同所で記念的な意味合いも込めて録音したというこの作品は、もともと販売する予定はなく、ゆーきゃんはミックス前の音源を友人などに配っていたそう。そうした流れで、術ノ穴を主宰するFragmentのkussyにも同作が手渡され、彼からの〈もったいないからウチで出さないか?〉という提案で、リリースが決まった。
エマーソン北村(キーボード)、田代貴之(ベース)、さらに埋火の見汐麻衣(コーラス)とゲストは参加しているものの、『ロータリー・ソングズ』は、あくまでゆーきゃん本人のシンプルな弾き語りがベースとなった初の作品だ。ギターを弾き、歌を紡ぐ。活動10年近くを経て、ゆーきゃんは自身のもっともプリミティヴなスタイルでの楽曲をついに作品化した。東京で録音された5曲と共に、初作『ひかり』から“天使のオード”の弾き語りライヴ音源が収録されていることも、そうした印象を強めさせている。
ゆーきゃん×Rent:A*Car名義での環境音楽的なアルバム『sketches for the tomb mound rhapsody』(2012年)のリリースを挿み、2012年10月には4作目『あかるい部屋』を発表。同作には、森ゆに(ピアノ)、田代貴之(ベース)、sistertailLやLLamaでも活動する妹尾立樹(ドラムス)、WATER WATER CAMELの田辺玄(ギター)という、それぞれに名シンガー・ソングライターでもある手練れのプレイヤーたちが全面参加しており、彼らの柔らかな演奏が『ロータリー・ソングス』で確立したゆーきゃんの歌唱――聴き手の心に温かな吐息をそっと吹き込んでいくかのような歌を一層際立たせている。
『あかるい部屋』のレコーディングは、田辺が山梨・白州に新設したホーム・スタジオ〈Studio Camel House〉にて行われ、生活と創作がシームレスに繋がった同スタジオの環境こそが、この作品の全編を貫く、心地良い温かみを生み出したのかもしれない。そもそもタイトルの〈あかるい部屋〉とは、ゆーきゃんのオフィシャルサイト&Twitterアカウントの名称であり、彼が10年近くに渡って不定期で開催しているイヴェント・タイトル。そうした点を踏まえると、このアルバムは、ゆーきゃん自身にとってもディスコグラフィー中でもっとも居心地の良い、ホームと呼べるような作品になったのではないか。
生まれ故郷・富山への帰還、
2つの死への賑やかな弔い『時計台』
それを裏付けるかのように、先日リリースされた新作『時計台』は、ゆーきゃんにとっては初の、前作と同じ布陣――田代貴之、田辺玄、森ゆに、妹尾立樹から成る通称〈あかるい部屋バンド〉で制作、また『あかるい部屋』と同じく〈Studio Camel House〉でレコーディングが行われたアルバムだ。2013年の暮れに生まれ育った富山に帰郷していたゆーきゃんは、本作を2015年5月から2016年2月まで長い時間をかけてゆっくりと完成させた。
『時計台』では、2014年に亡くなった3人の友人が弔われている。まずは2014年に不慮の事故で他界した、仙台のバンドであるumiumaの神田雄飛と堀谷ますみ。彼らに捧げられた“ルウナ(ウミウマ)”では、シンガー・ソングライターの白波多カミンがヴォーカルを取っている。実はゆーきゃんの紹介で、白波多の仙台でのレコ発ライヴがumiuma主催のもとで行われることになっていたのだが、その前日に2人は帰らぬ人となってしまい、そうした縁から彼女に歌ってもらったという。
そして、京都在住時のゆーきゃんにとって憩いの場になっていた二条の喫茶店・マドラグのオーナーで、同じく2014年に急病で亡くなった山崎奈津美。本作中もっともオルナタティヴ・ロック的なサウンドが鳴らされた“マドラグ(西陽の国)”は、彼女が亡くなったときに書いた曲だそう。思えばゆーきゃんの京都での根城であったSunrain Recordsのオフィス兼倉庫(ちなみに同ビルの1階は〈ボロフェスタ〉の盟友・土龍が店長を務めるLive House nano)と、マドラグは向かいにあり、その挟間の押小路通には、夕方になると実に濃い朱色を堪えた西日が射し込んでいた。ゆーきゃんもあの光景を思い出しながら、この曲を書いていったのだろうか。
上記のように『時計台』は、喪失や別れが深い陰影をもたらしている作品ではあるが、その重たさや暗さ以上に、軽やかな躍動感や幻想的な浮遊感が全編に漂っているアルバムだ。それは、〈あかるい部屋バンド〉と共に、白波多を含むゲスト・ミュージシャン――NRQの吉田悠樹(マンドリン、二胡)、my letterのおざわさよこ(コーラス、リコーダー)とキヌガサチカラ(エレクトリック・ギター)らの貢献が大きい。特に吉田のマンドリンと二胡はエキゾティックなアクセントになっており、例えばメキシコの〈死者の日〉に代表されるラテン・アメリカ地域特有の喪の服し方――嘆き悲しむのでなく死者と共に祝い楽しむことで彼らを来世に送り出すという祝祭のムードを、本作へとささやかに落とし込んでいる。
それは〈さらば、ゆーきゃん〉ではない、
出会い出会わせ続けるシンガー・ソングライター
富山へ移住後も、隣接する金沢のポスト・ロック・バンド、noidとイヴェント〈Magical Colors Night〉を共同主催し、日本国内のバンドのみならずUSからオブ・モントリオールを招くなど、相変わらずミュージシャン/オーガナイザーとして精力的に活動し続けるゆーきゃん。先日はnoidの正式メンバーになるという驚きの発表もあった。
出会いを重ねるほど別れの数も増えていくだろう。それでも、ゆーきゃんは出会い続け、誰かを出会わせ続けんとする。彼を介して多くの友人が機会を授かり、かく言う筆者もその1人だが、おそらく日本中の至るところに、このシンガー・ソングライターとの出会いで人生を進めたミュージシャン/イヴェンター/リスナーがいる。彼が京都を離れる際に、木屋町UrBANGUILDにて、〈with his best friends〉から〈あかるい部屋バンド〉まで、彼と演奏してきたミュージシャンが一堂に会して〈さらば、ゆーきゃん〉なるワンマン・ライヴが開催されたことは、その証左だろう。故に、ゆーきゃんが『時計台』で選んだ喪失への向き合い方は、彼のこれまでの活動を経てこそのものだと思う。友人たちの助けを借りて、ゆーきゃんは大切な人々との別れを鮮やかに色付けたのだ。