ドラマーとして、俳優として、多忙を極める野獣がライフワークに定めたソロとしての道。雄々しく美しいロマンを孕んだ12篇の物語が示す魂の行方とは?
金子ノブアキが待望のサード・ソロ・アルバム『Fauve』を完成させた。近年は俳優としても絶大な知名度を誇るが、金子の根幹にあるのはやはり音楽。オルタナティヴ/ミクスチャー・ロックの雄、RIZEの絶対的守護神にして、上田剛士のソロ・プロジェクト、AA=のサポート・メンバーとしても活躍する名ドラマーなのだから。
「でも、ソロ・ワークにおけるドラムとは、ヴォーカルやメロディーを増幅させる装置という以外の何物でもない、という感覚です」。
そう、彼のソロ作品とは、前述のふたつのバンド/プロジェクトのサウンドとも異なれば、いわゆる〈ドラマーのソロ・アルバム〉という類でもない。ロック、アンビエント・テクノ、ノイズ・ミュージック、ダブなどさまざまな音楽性を持つヴォーカル曲/インストゥルメンタルで描かれるのは、いまこの瞬間に自分のすべてを燃やし尽くし、光のあるほうへ進もうと願う彼の死生観である。
「それを形にする行為こそが〈ライフワーク〉だと言い切れるし、そう言い切れるフェイズに入ったという自覚もある」。
アルバム・タイトルの〈Fauve(フォーヴ)〉は〈野獣〉を指すフランス語である。20世紀初頭、原色を強烈に用いた激しいタッチから〈野獣の檻の中にいるようだ〉と評されたフォーヴィズム(=野獣派。主な画家はアンリ・マティスやアンドレ・ドランなど)を想起させる。
「美術館を訪れた時に触れた〈野獣派〉という言葉の響きと熱量に魅かれた。このプロジェクトが強度のある肉体を獲得したからこそ命名することのできたタイトルだと思う」。
ライヴで金子と一触即発の居合抜きのような真剣勝負を繰り広げるPABLO(Pay money To my Pain)のギターは、より豊かな叙情性を加えることで本作のスケールアップにひと役買っている。そして、金子が〈マッド・サイエンティスト〉と評する草間敬(マニュピレーター/シンセサイザー)は彼に絶大な影響を与えたようだ。
「全体の9割方のディテールは自分で作った。制作の過程で、たまたま草間さんが(音楽制作ソフトの)〈Ableton Live〉の認定トレーナーになったので、彼に弟子入りを志願して、自分で作り込むというスタイルをさらに進めた。自宅のスタジオに籠もりっきりで黙々と作業して、気付けば2日が過ぎていたことも(笑)」。
プロローグの“awakening”を経て鳴らされる“Take me home”の荘厳なカタルシスはどうだ。アレンジの緻密さといい、アンビエントな音の表現力といい、グルーヴの疾走感といい、アルバム全体に行き渡ったメッセージや物語性といい、すべてが前作から格段の成長を果たしている。
「“Take me home”のレコーディングでは、小西さん(エンジニアのKoni-young)もPABLOも感極まっていたね。シーケンスが介在しているとはいえ、我ながら実質三人で奏でた音だとは思えない。自分なりにフィジカルとデジタルの際を狙ったつもり。マジック・テイクがたくさん詰まったアルバムだと自負しています」。
さらに変化を遂げたのが歌詞である。前作で見られた散文詩的な構造から言葉数を増やし、ヴォーカル曲は、より〈歌もの〉としてのフォルムが強調されている。
「いくつかのライヴ評で、インストゥルメンタルに寄った記事を目にして悔しかったから、今回は歌をさらに曲の真ん中へと持ってきました」。
『Fauve』は〈行方〉を描いたアルバムと捉えることもできる。〈還るべき場所〉〈俗世からの解脱〉〈共鳴する心〉〈狼の野性〉――〈野獣〉という名の彷徨える主人公が、魂の行方を探し求め、祈り問いかけていくような物語を紡ぎ出す全12曲は、彼のキャリア史上において最高に美しいロマンティシズムの結実となった。
「音楽に夢を見続けている自分は幸せ者だと思う。俺がこれまで何度も音楽に助けられてきたように、『Fauve』を聴いてくれた人が、欠片でもいいから自分にとっての大事な何かを思い出してくれたら嬉しいですね」。
金子ノブアキという名のアートフォームは、3枚目のアルバムにしてひとつのピークを迎えた。猛々しく、狂おしく、美しい光彩を放つ彼の〈野獣宣言〉にぜひとも耳を傾けてほしい。