胸を張って〈傑作〉と言えるアルバムを作る――その約束を果たすときがいよいよ訪れた。リスクを犯したからこそ覚醒した才能、それゆえに辿り着いた背徳の一枚には、エグくてヤバい匂いが充満していて……

見事に〈エグい〉

 「50歳までに胸を張って〈傑作〉と言えるアルバムを作りたい」――これはスガシカオが2011年のシングル“約束”をリリースした際のインタヴューにおいての発言である。この言葉は、追ってそれまで所属していたマネージメントからの独立を発表したことで、そのまま彼とファンとの〈約束〉となった。

 「自分にとって〈音楽って何なんだ?〉という原点に立ち返りたかった」。

 一度得た地位や整った環境をリセットして逆境に身を晒す。そんなこと大抵はしないし、できない。でもスガはそれをみずから選んだ。約2年間に及んだインディーでの活動期間中、彼は自分で直接ライヴハウスに出演を交渉して、ツアーを行い、配信限定で新曲のリリースを続けたのだ。

スガ シカオ THE LAST スピードスター(2016)

 そして2014年にふたたびメジャー契約を結んだスガが、ついにあの約5年前の約束を果たすべく、6年ぶり10枚目にして2度目のメジャー移籍アルバムとなる『THE LAST』を完成させた。〈最後〉〈最新〉〈最高〉〈最低〉〈究極〉を意味するそのタイトルには、スガが音楽と向き合ううえでの心情が込められている。

 「俺は毎回〈これが人生最後のアルバムだ〉と思いながら作っています。それは決して偉そうな意味ではなく、自分の才能がいつまでも持続しないと思っているからです。だから今回も本当に〈最後〉という覚悟で作った。それをスタッフに話したら〈じゃあ、タイトルは『THE LAST』で〉と(笑)。2度目のデビュー・アルバムが〈最後〉というのも、ひねくれていておもしろいかもしれないなって」。

 自身のキャリアにおいて確実に重要な一枚となる本作の制作にあたり、スガは一人のパートナーを選んだ。それが小林武史だった。

 「音楽的なリーダーがずっと欲しかったんです。方向性をビシッと助言してくれたり、厳しくダメ出しをしてくれる人がね」。

 レコーディングの前に、小林は開口一番スガにこう言い放ったという――〈今回のスガ君は甘酸っぱいJ-Popなんかやらなくていい。不穏でスキャンダラスな匂いと事件性に満ちた、ヤバい曲だけを作ればいい〉。

 その言葉がスガの〈才能〉に火を点けた。そこから書き上げた50曲もの候補曲から厳選された10曲に、独立後のスガの歩みを象徴するシングル“アストライド”を合わせた全11曲がラインナップされたのだった。

 「改めて見渡しても見事に〈エグい〉曲だけが揃いました(笑)」。

 その言葉通り、『THE LAST』は冒頭のインパクトのある歌詞で幕が開く。〈いつもふるえていた/アル中の父さんの手〉。この“ふるえる手”という1曲目は“アストライド”を起点に生まれた。

 「独立してからの自分にとって“アストライド”は大切な結晶だという想いがあった。それを小林さんに話したら〈じゃあ“アストライド”に繋がるアナザー・ストーリーを書いてみたら?〉と言われたんです」。

 

それでも未来を諦めない

 エグくてヤバい匂いはアルバムを聴き進めれば進めるほど、ますます充満していく。“大晦日の宇宙船”“あなたひとりだけ 幸せになることは 許されないのよ”“おれ、やっぱ月に帰るわ”“青春のホルマリン漬け”……曲のタイトルを抜き出しただけでも『THE LAST』のブッ飛んだ匂いを嗅ぎ取ってもらえるのではないだろうか。それはたとえば凡人と同じ眺めを見てもそこからまったく異なる光景を見い出してしまうような、スガが本来持ち得ていた才能の覚醒に他ならない。

 「それでもレコーディングの途中で何度か不安になったから、レーベルのスタッフに〈こんなにマニアックな曲ばかりで大丈夫かな?〉って訊いたら〈大丈夫。サビがあるんだから〉って返された(笑)。彼らと小林さんのおかげで、いつの間にか自分で自分に向けてかけていたリミッターを取っ払うことができました」。

 剥き出しのリリックとメロディーを支えるアレンジもまたブッ飛んだ強靭さだ。小林をはじめ、あらきゆうこ金子ノブアキC.C.KING四家卯大坂本竜太田中義人沼澤尚屋敷豪太JUON森俊之金原千恵子らといった錚々たる面々が参加したそのサウンドは、ロックやフォークEDMやヒップホップと多様な音楽の要素が随所に散りばめられている。

 「俺は普段から最新の音楽しか聴かない。だからおのずとその時点で最新の音楽のアイデアやエッセンスが何らか入ってくる傾向があるんだと思います」。

 そしてもちろんスガと言えばファンク! アルバムの根幹を担うのは、古くはスライ・ストーン、最近ではディアンジェロに代表されるブラック・ミュージックのマナーを独自に昇華させたグルーヴである。

 「自分の一番ディープな部分を曝け出したら、自然と自分史上もっともルーツ寄りのファンクとアヴァンギャルドに着地しました。リズムからグルーヴさせずに〈黒いグルーヴ〉を鳴らせたことで、極意をひとつ掴めたという気分です」。

 “愛と幻想のレスポール”という曲でスガはこう宣言している。〈上手になんて 弾きたくない/綺麗事なんて 歌いたくない〉。過去の記憶から現在へ。大晦日から世紀末へ。街角の交差点から遠い海原へ。渋谷のゲームセンターから宇宙へ――ひとつの起点からリスナーの想像を超える飛距離で広がっていく物語には、うまくいかないことばかりの世界で蠢く人間の欲や業が赤裸々に描かれている。だが本作でスガがもっとも訴えたいメッセージはラストを飾る“アストライド”にこそ込められている。

 「それでも未来を諦めない。それが『THE LAST』の核です。これまでの音楽人生を賭けた最高傑作になったと思っています」。

 そんな覚悟に呼応して華を添えるように、かねてより自著でスガの音楽について綴っていた作家の村上春樹が〈ライナーノート〉を寄稿している点も、本作の大きなトピックとして記しておきたい。

 もしあなたがスガのファンならば〈約束〉の結果を見届けるために。また特にスガのファンではないリスナーだとしても、特異な音楽体験のチャンスとしてこの『THE LAST』を聴いてほしい。どちらの期待から入っても、リスクを犯したからこそ辿り着くことのできた背徳の音楽は、きっとあなたの期待を裏切らないはずだ。