オレンジ色の踊れる逸脱
昨年の『Hive1』の来日公演のおり、とあるネット番組に自前のモジュラー・シンセサイザー持参であらわれたタイヨンダイに聞き役の私が「これ高かったでしょ!?」と訊ねたときの「ちょっとね」と答えた彼の細めた目の奥のとびきりの玩具を手にいれた子どものような輝きが忘れられない。奥ゆかしいはにかみである。と同時に、モジュラー・シンセを使った作曲、パフォーマンスにはまだまだ私には汲み尽くせないものがある、今後もつづけないともかぎらないよ、といって輝かせた目を細めた、その言葉どおり、『Hive1』から間をあけず届けられたEP 『Oranged Out』では 『Hive1』の方法論をよりポップにおとしこんでいる。
TYONDAI BRAXTON Oranged Out E.P. BEAT RECORDS/NONESUCH RECORDS(2016)
元はサウンド・インスタレーションだった『Hive1』には、ヴァレーズの『イオニザシオン』に範をとった生の打楽器と電子音響を対峙させることでアナーキーとしての(自然)音響から音が構成する場を切りだすところがあり、きわめて抽象的でありながら構築物としては具体的な輪郭をもっていたがゆえにミュジーク・コンクレートの系譜に連なるだけでなく、おそるべきことに踊れ(もし)た。昨年のライヴをご覧になった方なら共感いただけるにちがいないこの印象を『Oranged Out』でタイヨンダイ・ブラクストンは敷衍し、表題曲はヒップホップ的だし、ハウスっぽい《Hooper Delay》につづく《Firesine》はアンビエントな小品だし、《Phono Pastoral》は『Hive1』の日本盤に既出だが、『Hive1』の 《Scout1》と同傾向の 《Greencrop》の前に置くことで、実験的な形式を彩るポップさをきわだたせている。《Greencrop》であるいはみなさんは、おや、このEPは前のアルバムのアウトテイクではないかしらん、と訝るかもしれないがアルバムに入らないからといって駄曲ではございません。これが陽の目をみないのはあまりに惜しい。作者にせよ制作者にせよ、そう思うのもいたしかたないと思わせるほど、このEPはモジュールのパッチワークで空間にスケッチを描くように自由気ままで衒いない。