ノルウェーが誇る鬼才キーボード奏者、ブッゲ・ヴェッセルトフトによる伝説のプロジェクト、ニュー・コンセプションズ・オブ・ジャズ(以下:NCOJ)が10年ぶりに再始動。10月3日(月)、4日(火)にブルーノート東京で来日公演が開催される。90年代後半を彩ったフューチャー・ジャズの象徴とも言える同プロジェクトのサウンドは、例えばここ数年で再注目されるようになったポスト・ロックと同じように、ここにきて大きな輝きを放っている。記事中の試聴動画を観ればわかる通り、いわゆる現代ジャズを愛好しているリスナーも必見のライヴとなりそうだ。そこで今回は、ブッゲの歩みとNCOJの歴史的な意義を振り返りつつ、新機軸も盛り込まれた2016年エディションのステージについて、ブッゲ本人にインタヴューを行った。 *Mikiki編集部
ブッゲ・ヴェッセルトフトの音楽と初めて出会ったのは、98年にリリースされた『New Conception Of Jazz: Sharing』だった。当時、ボーナス12インチが付いた2枚組のレコード盤で手に入れたものだ。ブッゲがジャズ・ピアニストであることも知らなければ、ヤン・ガルバレクやテリエ・リピダルともプレイしているノルウェーの新たなジャズ・シーンを担う存在であることも知らぬままに、クラブ・ミュージックの新作と思って手に入れたそのアルバムは、流麗なピアノ・ソロからスタートして、やがて打ち込みのキックと生のベース、そして柔らかなヴォイスが絡み合っていく展開に変わり、有機的なグルーヴが生み出されていった。トラックの上に単に生楽器が乗っかっているのではなく、プログラミングと演奏がシームレスに混じり合っていて、それまでのクラブ系ジャズには聴かれなかったサウンドとストラクチャーがあった。それはまた、ジャズ・ミュージシャンがみずから関与しない、借り物のビートを使うアプローチとも明らかに異なるものであった。
このブッゲの音楽に興味を持った僕は、当時連載していた音楽雑誌でインタヴューを試みた。その時、〈NCOJとは何か?〉という問いに、ブッゲは「エレクトロニックなパルスと、楽器を演奏するという有機的な方向へと向かうサウンドスケープ、この2つの要素のミックスとブレンド」だと答えた。そして、「長いソロは退屈だし、エゴイスティックだ。もはやコードもそんなに多くを使わない」とも言い、当時、クラブ・ミュージックの側からジャズへの接近を試みたカール・クレイグのインナーゾーン・オーケストラなどへのシンパシーも口にしていた。
『New Conception Of Jazz: Sharing』はもとより、その前作にあたるデビュー作『New Conception Of Jazz』(96年)においても、ブッゲはプログラミングやエレクトロニクスも担当をしていた。ドラマーやベーシストもフィーチャーされてはいるのだが、演奏をとても巧妙にトラックのなかに融合させているように聴こえた。実際は、まずはメンバーとシンプルなリズムのループで演奏し、それを素材にトラックを作っていたそうだ。「そのプロセスは、サウンドスケープを作り出すことにある。リズミックな計算とさまざまな反復を繰り返すことで、作品が出来上がっていく。プロトゥールスを使って、多くのマニピュレーションをトラックに施してもいる。僕は、オリジナルなサウンドスケープとループを作り出すことに関心がある」ともブッゲは語っていた。まるでトラックメイカーのような発言をするジャズ・ミュージシャンに初めて出会ったと、その時に感じたことをいまもよく覚えている。
多くのジャズ・ミュージシャンがあまり気に掛けてはこなかったサウンドスケープとループを明確に意識したブッゲは、自身のレーベル=ジャズランドをベースに、その後も〈NCOJ〉シリーズのリリースを続けると同時に、ローラン・ガルニエやヘンリク・シュワルツとのコラボレーションを通じてクラブ・ミュージックとの交わりを深めていった。また一方では、ジゼル・アンドレセンやニルス・ペッター・モルヴェル、ヨン・バルケといった野心的な同胞たちとの制作も積極的に行っている。90年代後半以降の、ジャズとクラブ・ミュージック、エレクトロニック・ミュージックとの関係を語るときに、ブッゲとNCOJの試みは、まず最初に言及されるべきものの一つだと言えるだろう。
近年は、インドやモザンビークなど多様な国々のアーティストとのプロジェクトであるオーケー・ワールドや、ノルウェーのクラシック・ヴァイオリニスト、ヘンニング・クラッゲルードとの共演盤『Last Spring』(2009年)、スタンダードを取り上げたピアノ・ソロ作『Songs』(2011年)など、さまざまな活動を見せているブッゲだが、〈New Conception Of Jazz〉とジャズランドのスタートからちょうど20周年を迎える今年、新たなNCOJをスタートさせた。メンバーも一新して女性ミュージシャンのみを揃えており、間もなく来日公演も控えている。再始動した新生NCOJについてブッゲに訊いた最新インタヴューをお届けしよう。
――今回の来日メンバーは、あなた以外が全員女性であることに驚きました。この選択について教えてください。
「NCOJを再始動するには新しいメンバーと演奏したいと思い、また若い世代のミュージシャンを探してたんだ。今回のメンバーはノルウェーで特に才能があるミュージシャン達だよ。素晴らしいミュージシャンで、とてもユニークでもある」
――では、その各メンバーの紹介をお願いします。
「もちろん。ギターはオドゥルン・リリア・ヨンストティルで、タブラはサンシュリィティ・シュレッサ。2人はモークシャというユニットで、今年初めにジャズランドから初のアルバム『The Beauty Of An Arbitrary Moment』をリリースしたばかりなんだ。それで、テナー・サックスとヴォーカルはマハサ・レアで、ドラムとヴォーカルをシヴ・ウン・ジェンスタが担当している」
――あなた自身が公開している最近のライヴ映像を観ると、かつてのNCOJより生演奏の度合いが増しているようですね。このメンバーでの演奏で重要視していることを教えてください。
「50%がアコースティックで、50%がエレクトリックなんだ。また曲によってアコースティック寄り、またはエレクトリック寄りの曲がある。アコースティックとエレクトリック、それぞれの特徴を持つ曲を演奏することをすごく楽しんでやっているということだね」
――このメンバーでの録音やリリースの予定はありますか?
「NCOJの20年を回顧する『Somewhere In Between』というアルバムが10月にリリースされるけど、そこにこのバンドの曲が1曲収められている。このアルバムには、他に新しい曲や古い曲、未発表の曲も含まれているよ」
――かつて、あなたはNCOJとしての活動を経て、ヘンリク・シュワルツとのコラボなどを通じて、エレクトロニクスやプログラミングされたビートにさらに積極的にアプローチしてきました。その一連のアプローチから、どんなことを学んできましたか?
「幸運にも一緒にやることに恵まれた多くの人からたくさんのことを学んでくることができたね。ヘンリク・シュワルツ、ジョー・クラウゼル、ローラン・ガルニエといった偉大なアーティストたちからは、ミックスの仕方や、ライヴ演奏とエレクトロニックなビート、サウンドとのコンビネーションについて学んだよ」
――新しい世代も登場し、NCOJをスタートした当時と比べて、ジャズがまた息を吹き返してきたように感じますが、最近のジャズ・シーンについてはどのような意見をお持ちですか?
「いまのジャズ・シーンには有能な人がたくさんいるよね。しかし、僕自身はここ数年、新しいインスピレーションを得るために、エレクトロニック・ミュージックやラップ、トラディショナルな音楽、それに現代音楽をこれまでよりも多く聴いてきたんだ」
――では、最後に来日公演について、一言お願いします。
「今回の公演の前に行われた夏/早秋のツアーで、このバンドはさらに良くなっているので、お客さんはこのメンバーの演奏にきっと驚かされると思うよ。また今回の公演では新しい曲はもちろんのこと、皆さんが知っている“Exsitence”や“You Might Say”といった古い曲(共に『New Conception Of Jazz: Sharing』収録曲)も演奏する予定だ」
ブッゲが20年前に手探りで始め、仲間達と実践してきたことは、間違いなく現在のジャズを活性化させ、またプロデューサーやDJにも刺激を与えるものであった。今回は時間も限られていたため多くを訊ねることはできなかったが、新生NCOJはこうして伝え聞く限り、さまざまなコラボレーションやプロジェクトを経てきたブッゲが自身のジャズを形成したその根本に立ち返り、20年の歳月も振り返って、現在の視点からふたたびジャズに新鮮な気持ちで向き合ったものとなるのは確かだろう。
ブッゲ・ヴェッセルトフト
“ニュー・コンセプション・オブ・ジャズ” 2016 Edition
2016年10月3日(月)、4日(火) ブルーノート東京
開場/開演:
・1stショウ:17:30/18:30
・2ndショウ:20:20/21:00
料金:自由席/8,500円
※指定席の料金は下記リンク先を参照
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