2016年7月12日、音楽ライターの南波一海が、新レーベル〈PENGUIN DISC〉の立ち上げを発表した。ミュージシャンから音楽ライターへ転身し、今年は初の単著「ヒロインたちのうた」(音楽出版社)を刊行。数々のメディアに登場するなど音楽ライターとしての地位をますます確固たるものにした感のある彼が、なぜいまレーベルを立ち上げたのか、そしてなぜ第1弾アーティストとしてハコイリ♡ムスメPeach sugar snowRYUTist の3組を選んだのか――その心境を、プロインタヴュアーであり、南波と同じくアイドルを敬愛し続けてきた吉田豪が訊く!

 

すごい面喰らってる

――今日は最初に、どうしても訊いておきたいことがあるんですよ。

「え、なんですか?」

――先日、小林清美先生(K&Mミュージック代表であり、Peach sugar snowのプロデューサー)とのトーク・イヴェントで、南波さんがノー・ツイートを条件に話していたことがすごい衝撃的だったんですよ。〈父親が売れない漫画家で、ずっと持ち込みしてたからすごい貧乏だったんだけど、ジョージ秋山先生が原稿を落としたことで父親の代原が掲載されて、それがアンケート1位になったことで連載も始まって家を買った。売れはじめてから10年ぐらいで父親が亡くなって、その父親が誰なのかは内緒〉ってことでしたけど、今日はまずお父さんが誰なのかを聞きたくて(笑)。

「えー! 勘弁してくださいよ!」

――あんまり気になったんで、すぎむらしんいち先生にも訊いたんですよ。それでも誰だかわからなくて。

「……あの〜、『モーニング』で『警察署長』っていう漫画を描いてた、たかもちげんという人なんですけど」

――え! あの、たかもちげん先生ですか?

「そうです。『代打屋トーゴー』とかの」

――超大物じゃないですか! それは絶対に内緒なんですか?

「そうですね。言ってもしょうがないんじゃないかな?」

――全然しょうがなくないですよ! ものすごくいい話じゃないですか!

「いやいやいや(笑)」

――だって絶対に、そういうお父さんから影響は受けてるわけじゃないですか。普通に就職しないでバンドやってたというのもそうだろうし。

「まあ、そうですね。でも、普通に父親は結構反対だったんですよ。自分は新潟の農家の人なんですけど、農業を捨てて東京に出てきたのが当時、超あり得ないことだっ たから、あんまりそういうことにいいイメージを持ってないみたいですね」

――俺もずっと食えなくて苦労したからってことでしょうね。お父さんは成功する前に家庭まで持ってたわけだから、余計に大変だったわけだろうし。

「たぶん、それもあると思うんですけど。でも、俺もあんまり知らなかったんですよ。ジョージ秋山先生が連載を落としたりとか、そういう話は流石に小っちゃい頃だったからわかってなくて」

――それは絶対どんどん表に出すべきというか、まずジョージ先生に感謝を伝えるべきですよ。〈あなたが連載を落としてくれたおかげで、いまの僕があります〉って(笑)。

「それはずっと思ってはいるんですけどね、心の中では。それ経由でいろいろ調べられたら嫌だなとか思っちゃうんですよね」

――なにか具体的に問題があるんですか?

「いや、特にないですけど……」

――この機会に解禁しちゃいましょうよ!

「嫌ですよ、そんな。遺作が『警察署長』なんですけど、それが『こちら本池上署』ってドラマになって、加護(亜依)ちゃんが出てたんですよね」

――TBSですよね? ボク、TBSの物販コーナーで加護ちゃんの名前入りの「こちら本池上署」手ぬぐいを買って、杉作(J太郎)さんにプレゼントしましたよ。

「その頃、モーニング娘。が好きだったから〈おっ!〉と思いましたよ。自分のイメージでは『代打屋トーゴー』は長く続いた作品だったけど、子供の頃だったからそんなによくわかってなかったんです。週刊誌で連載してるのとか。でも、ドラマで加護ちゃんが出るってすげえなと」

――そこでようやくお父さんを認めた(笑)。

「死ぬ前にそういう一般的なものが作られて良かったなって思ってますね」

――「祝福王」も、たかもちげん作品でしたよね?

「『祝福王』とか、めちゃくちゃ宗教の話で怖かったですよね。中学生ぐらいのときだったかな?」

――ここでオープンにしちゃいましょうよ!

「いや……。わかんないけど、なんか迷惑かかるじゃないですか?」

――どこにもかからないですよ!

「かかんないか、別に」

――むしろ一部に衝撃しか与えない話だと思います。

「でも、知ってる人は知ってるし、別に隠してもいないから。前に西島大介さんとツイッターでその会話をしたことあるし、『モーニング・ツー』をやってた島田(栄二郎)編集長は父親の編集もやってたことがあったんで、少しだけやり取りもしてましたよ」

――じゃあ出しても大丈夫なんですね。嶺脇育夫社長が〈T-Palette Recordsの宣伝になれば〉ということで、「タモリ倶楽部」とかで子ども好きな部分をいじられてきたのと同じで、これもレーベルの宣伝になればっていうことで。

「……まあ、いっか」

――やった!……さて、そんなたかもちげん先生の息子さんが、今回PENGUIN DISCというレーベルを作られたということで。

「ハハハハハ! 全然関係ねえ(笑)。バンドを辞めてからまだ10年経ってないぐらいですけど、ずっと一人で仕事してきたじゃないですか。それがレーベルを始めるといろんな人が関わるようになるから、複数で仕事をすることのやりにくさを知ったというか」

――これまで会社員経験とかもないわけですよね。

「ホントにほんのちょっとだけしかないですね」

――つまり、今回のレーベル仕事でほぼほぼ初めてちゃんとした大人の世界に入れられた感じというか。

「だから、すごい面喰らってるんですよ(笑)。メールの量とか半端ないし」

――ボクもそうですけど、フリー・ライター業って結構メールを後回しにしがちじゃないですか。 そんなことよりも締切がヤバイ原稿が先だから!って感じで。

「そうそうそう。いま、そのメールの量とかスピード感に結構ヤラれてるっていうか。単純に細かいことの確認がめちゃくちゃ多くて、それはちょっと大変だなって思ってます。なんでレーベルやることになっちゃったんだろう……」

――どうしてそんなネガティヴな話になっちゃうんですか! ただ、まず最初に思ったのがそこなんですよ。ボクも〈アイドルのプロデュースやりませんか?〉的なオファーに対しては〈絶対やらない〉って公言してるんですけど……。

「ずっと言ってますよね」

――絶対に中には入りたくない、外側にいたいってことで。ましてやボクらは、嶺脇社長の苦労を見てるわけじゃないですか。T-Palette Recordsを立ち上げたことで、絶対それは社長のせいじゃないのにっていうようなことでもネットで叩かれたりするのを何度も見てきたから、普通だったらやらないと思うんですよね。

「そうですよね。だから俺もかなり最初の段階で、豪さんにどう思われるんだろうっていうのは思いましたけど(笑)」

――気にしたのは、まずそこ(笑)。

「でも、ギリギリのところで作るものには絡まないとか、自分的に着地点はあるというか。基本的にいいものを伝えるっていうスタンスは変わらないから、それでいいかなと思って」

――ただ、そこは嶺脇社長も同じようなスタンスなのに叩かれちゃうわけじゃないですか。運営サイドが作るものには全然タッチしてないのに。

「そうそうそう。でも、それが仮に絡んでるように見えちゃったとしても、実際はそこまで制作にタッチしないからいいかな、ぐらいには思ってて」

――それでも確実に誤解はされちゃうというか、〈レーベルに入ったことで方向性が変わった、全部あいつのせいだ〉みたいに言われたりもすると思うんですよ。

「すでに〈TIF〉の段階で〈ハコムスがやってた夏曲は南波さんの趣味が出てる〉とか言われてました(笑)」

――楽曲にはタッチしてないのに(笑)。

「俺なんにもしてないし、入る前からある曲だし。でも、そう言われちゃったりして、ちょっとビックリしましたけど。まだわかんないですね、音源が出てからどうなるかは。とりあえずビックリはしてるし、こういう発言も自分一人の発言じゃないから。例えばこれを読んで、アーティスト側が良くないって思うようなことは言いたくないから、すげえ気を遣います」

――それってインタヴューする側のときは全然気にならなかったことですよね。むしろ、〈なんだよ、歯切れ悪い人だな〉ぐらいに思ってたのが、〈こういうことだったのか!〉って気付くという(笑)。

「そうそうそうそう! めっちゃ気になるんですよ、こんなこと言ってハコムスサイドが怒ったらどうしようとか、RYUTistの学校の人が気にしたらどうしようとか」

――いままでは笑いを取れればいいかって感じで言ってたことが、いろいろ気になるようになってきて。

「そうなんですよ。8月8日のPENGUIN DISCお披露目イヴェントのときに、いつもの調子で喋ってたらちょっと注意されちゃいまして。〈もっとちゃんと紹介してください〉みたいに言われて、確かにそうだなと思って」

――いままで「真夜中のニャーゴ」や「アイドル三十六房」みたいな番組に運営の人を呼んでいたときとは違って、もっと責任のある立場になったわけですからね。

「そうなんですよね、それはちょっといま困ってるというか……」

――……今日は困ってる話をするインタヴューなんですか?

「いやいやいや、がんばらないとなっていうことです!」