人の声ならではの魅力と難しさがあることに気付かされた
――今作の大きな特徴である〈歌〉について、もう少し訊かせてください。今回は歌が必要になったと先ほど仰っていましたよね。前作では初音ミクを使っていたけど、本作では生身のヴォーカリストをフィーチャーしている。
「最初の時点では、具体的にヴォーカルをどうするかはノープランだったので、とりあえずボカロで仮歌をあてて、曲を作り貯めていきました。そこからデモが出揃った段階で、レーベル・オーナーのnikさんにデモを聴いていただいて。実は歌を使いたいんですけど、誰かいいヴォーカリストはいないですか?と相談したんです。それで、過去にPROGRESSIVE FOrMの作品に参加された方を中心にnikさんから紹介していただき、みなさんにコンタクトしていったという流れですね」
――前作の歌詞は自動筆記に近かったと、前回のインタヴューでおっしゃってましたよね。(作詞について)今回はどうでしたか?
「初音ミクの場合は(データとして)入力した言葉をそのまま歌うので、人間的な発音や歌いやすさとか、そういったことにまったく無頓着に作るのがおもしろかったんです。ある意味でシンセのようであり、器楽的なメロディーを声に置き換えていくような感じだった。だから、生身のヴォーカリストに歌ってもらうことで、言葉とメロディーが合わさったときの抑揚、それに息継ぎだったり、人の声ならではの魅力と難しさがあることにいまさらながら気付かされましたね。言葉のチョイス自体は、アルバム全体を通して一つの詞世界になるようなイメージを念頭に置いていたんですが、そういった言葉の持つ意味に加えて、声を口から出すときにどうすれば気持ち良くなるのかも意識しなければならない。それが一番しんどかったです」
――それは確かに、これまでとはまた違った作業ですね。
「今回は仮のメロディーを作ったあと、その上に歌詞を入れていったんですけど、このメロディーだとこの言葉はハマらないとか、その逆パターンみたいなことが結構起きて。歌詞に合わせてメロディーを何回も作り変えたり、そういう試行錯誤がありましたね」
――ゲスト・ヴォーカルとの共同作業はいかがでしたか?
「今回は全部オンライン上で、ファイルを交換しながら進めました。自分は普段、仕事でクライアント・ワークをするときもインストものが中心で。もちろん、歌モノのトラック制作やヴォイス・パフォーマーとの共演などはありましたけど、オリジナルの歌モノをアルバム1枚分ガッツリ作るのは初めての経験でした。なので、シンガーさんのキーを外した状態でデモを送ってしまったり、基本的なところで迷惑を掛けてしまったのは反省ですね。ただ、そうやって歌い手に合ったキーを手探りで選ぶプロセスは、とても勉強になりました」
――それぞれのシンガーについても訊かせてください。“Ending Story”のHer Ghost FriendのShinobuさんはどうでしたか?
「やっぱり声が可愛らしい方なので、その声を活かせるように何パターンか歌っていただいて、そのなかからチョイスしました。自分の曲でもその魅力的な帯域を活かすために、何回もキーを調整していただいて、結果的にいいところに落ち着いたので良かったです」
――“Ray”で歌っている、禁断の多数決の加奈子さんは?
「彼女も声が可愛らしいですよね。だから、曲調はそういう方向に寄せすぎず、そこでギャップを出せたらと思いました。“Ray”は実験的な要素が強くて、サビの部分とかは歌うのが難しいんですよ。だけど、加奈子さんは納得がいくまで何回も調整してくれたり、〈ハーモニーはこっちのほうがいいんじゃないですか?〉と提案してくれたりして。そのミュージシャンシップにすごく助けられました」
――Makotoさんは“ハルモニア”と“Amber Song”の2曲に参加されていますね。
「MakotoさんはLLLLさんの作品などに参加されている方で、nikさんに紹介していただきました。声に透明感があって、いい意味で癖がないというか、エレクトロニカ的なサウンドとの相性がすごくいいんですよね。だから、どの曲をお願いしても上手くハマりそうだと思って、その透明感が特に欲しかった2曲で歌ってもらうことにしました」
――Smanyさんはどうですか?
「Bunkai-Keiなどから作品をリリースしている方で、彼女が参加しているhimeshiというラッパーのリミックスを手掛けたことがあったので、今回のゲストのなかでは唯一の知り合いでした。今作では“重力の海”という曲で歌ってもらったんですが、安定感が抜群というか、歌唱法の引き出しがすごく広い。最初の仮テイクではシンプルに纏めてくれたんですけど、そのあとに別ヴァージョンをお願いしたら、パッと違うニュアンスを付けてくれたり。作業もスムースに進められました」
――秦千香子さん、この方は?
「“Luna”で歌っていただいたんですが、秦さんはシンプルに歌がメチャクチャ上手い。ピッチ補正も最小限で済みましたし、歌のニュアンスによってメロディーの良さを引き出してくれるので、声の魅力にかなり助けられました。あとこの曲では、ジャズや即興をやってる白川可奈子さんというシンガーに仮歌をお願いして、平歌部分の歌詞やメロディーも彼女に作ってもらいました。だから、作曲面では白川さんによるパートはとても良かったんですけど、自分で作ったサビのメロディーをどうするかギリギリまで悩んでしまって……。でも、歌の力で何とかなったというケースですね」
――これだけの方に参加してもらうと、すごく良い経験になったのでは?
「そうですね、いろんな経験値をいただけたので本当に感謝しています。今回のアルバムに収録した楽曲は6月までに一通り完成していたんですが、そこから歌を入れてもらって、こちらで手を加えて……というプロセスを経たことで、完成までにタイムラグを設けられたのも良かったです。そういったラグを挿むことで曲を寝かせつつ、アイデアを煮詰める時間が出来たので、もっとブラッシュアップすることができた。それが今回は結構大きかったなと」
ベッドルームにいる一人一人のリスナーに届けたい
――マスタリングはどのように進められたのでしょう?
「今回は中村公輔※さんにお願いしました。サウンド面は完全にベッドルーム仕様を想定していたので、音圧をどの程度まで突っ込むか、どれくらいバキバキにするかは結構悩んだんですよ。でも、やっぱり〈一人で聴く〉というテンションを大事にしたいなと。4つ打ちの曲もありますけど、リズムはダンサブルでもクラブでかけると踊りづらいはずで」
※サウンド・デザイナーとしてKangaroo Pawなどの名義で活躍。レコーディング・エンジニアとしてtoe、フルカワミキ、TAMTAMなどを手掛けている
――逆に、家で聴くとちょうどいい。
「完全なアンビエントではないし、むしろポップなんだけど、そこまでテンションが高すぎず、かといって退屈で眠くなるほどには低すぎない。そういう匙加減を意識しました。ただ、バキバキにするべきか結構悩みましたけど……。それは違うと頭でわかっていても、音圧のインフレにはどうしても引きずられてしまいますね」
――ネット上で話題になるタイプの音楽は特にそうですよね。
「そうなんです。でも、このアルバムはCDとしてリリースするわけだし、ネットでバズるような派手で即効性のあるタイプの曲ではなく、ちょっと地味かもしれないけど、物として落とし込んだときに長持ちするようなものにしたかったんですよね。そこで、マスタリングについて中村さんに相談したら〈バキバキにもできるけど、綺麗に纏める方向でやってみますね〉とのことだったので、その方向でお願いしたらイイ感じに仕上げてもらえたので本当に良かったです」
――この次はどうしましょう、創作意欲が湧いているとのことですが。
「ヴォーカリストと一緒に作るのがとても楽しかったので、歌モノについては引き続き挑戦していきたいです。今回は人選も含めてお世話になりっぱなしだったけど、お願いしてみたい方が何人かいたりするので、今度は自分から積極的にアプローチしていきたいですね。あとはやっぱり作曲面を突き詰めたい。そこはまだまだ未熟というか、すごい曲を聴いたりすると刺激を受けるので」
――すごい曲というと?
「先ほど挙げたbermei.inazawaさんのアレンジもそうだし、最近聴いたなかでは、長谷川白紙さんの曲がすごく良かったです。クラブ・ミュージックのトレンドも押さえつつ、ポップでメチャクチャ技巧的。若いのに、よくここまで完成されてるなと」
――NAGAOさんは、技法や技巧が気になるタイプの作り手ですよね。
「もちろん、それだけではないですけどね(笑)。技術のための技術じゃなくて、自分がやりたいことを実現するためのスキルが欲しい。例えば、ジェイコブ・コリアーとか……」
――若くて、一人で全部やっちゃう人ですよね。
「まだ22才なんですよね、ライヴにも行きました」
――NAGAOさんは、ライヴについては?
「誘われたらやりたいんですけど、ライヴを前提に曲作りしていないのでどうしようかなと。クラブ・ミュージックを作るのも全然好きだし、ライヴ用の曲を作ってセットを組むやり方もありますけど、アルバムの世界観を再現するにはどうしようかと……頭を抱えているところですね。でも、いくつかリズムのある曲はミックスを変えたりして、フロア用に仕込めるようにしたいなと」
――そちらも楽しみです。最後にひとことお願いします。
「自分のリスナー体験を考えたときに、フロアで大勢の人と楽しむこと以上に、家で一人で聴くという体験がとても重要でした。なので、そうした気持ちを持つ方に少しでも共感してもらえるものになっていれば幸いです。みんなでアンセムを合唱するみたいな体験も素敵だけど、この『Rêverie』に関してはそこではなく、ベッドルームにいる一人一人のリスナーに届けられたらいいなと思いますね」