関西発の4人組、weather spoonが新作『Parallel Lights』を完成させた。ブリット・ポップ最盛期に結成され、オアシスをはじめとしたUKロックに感化されつつ、レディオヘッドとの出会いによって徐々にオルタナティヴなバンドに傾倒し、シガー・ロスやブロークン・ソーシャル・シーンの影響でサウンドのイメージが確立されたというその歩みは、ある特定の世代にとって実に親近感の湧く話であるはず。中心人物のtorenoは〈個人的なヒーロー〉として、今年『Either/Or』の20周年記念盤のリリースが予定されているエリオット・スミスの名前を挙げていて、繊細な歌心もバンドにとって大きな武器となっているが、やはり北欧やカナダのバンドに通じるような、リリカルな心象風景を喚起するシネマティックなサウンドスケープこそが、彼らの最大の魅力である。
「私たちの音楽を聴いて、映画のワン・シーンのような美しい景色を想起してもらえたらといつも思っていますし、そういった意味では、空間系の広がりのある音像はわれわれのめざすサウンドに欠かせない要素だと思っています。録音においても〈正確な演奏〉をしっかり録り重ねていくというよりも、サウンドのノリや雰囲気の出ているテイクを採用していて、実はアルバムのほとんどが全員での一発録りなんです」(toreno、以下同)
パラレル・ワールドに迷い込んでしまったような感覚
初の全国流通作品となった2011年作『MIDWEEK』の発表後、自主制作での音源リリースや個々での活動を行うなか、前作の反省を活かす形で徐々に新作の構想が固められていった。
「『MIDWEEK』はわれわれにとって文字通り名刺代わりの一枚だったと思っているのですが、全6曲にバンドのいろいろな側面を詰め込みすぎたため、やや散漫な印象のアルバムになってしまったことが、個人的には反省点としてありました。なので、次回作はアルバム全体の世界観やサウンドにまとまりがあって、ひとつのコンセプトのもとに統一された作品を作りたいとずっと考えていたんです」
「自分自身、コンセプト・アルバムが好きだということもありますし、芸術作品に限らず、コンセプトの統一された商品やサーヴィスに美しさを感じているという理由もあります。コンセプトを与えるということが、音楽自身のエンターテイメント性を高めるという可能性を感じていたし、どうしてもチャレンジしてみたいことだったんです。例えば、ディズニーランドにディズニーのコンセプトがなくて、ただ単にパレードを見たり、ジェットコースターに乗っているだけなら、ただの遊園地だと思うし、あれだけのファンやリピーターは存在しなかったと思うんですよね」
こうしたアイデアを持って制作が進められたアルバムは『Parallel Lights』と名付けられ、〈平行世界を感じる〉〈もう一人の自分と出会う旅〉がコンセプトとなっている。これはtorenoが2013年に訪れたパリとシンガポールでの経験が基になっているのだという。
「パリは大学生の頃に一度訪れているのですが、約10年ぶりに同じパリに旅行できたことで、パリというより自分の10年分の成長というか変化を感じることができました。10年の時間を経て、もう一人の自分と対話しながら街を歩いているような、そういう不思議な感覚です。シンガポールについては、パリ(ヨーロッパ)に比べて非常に日本に近い感覚がある場所なんですよね。同じアジア系の人たちが住む国だし、日本の都市部のような街並みなので、ある意味、緊張感がないというか、疎外感をまったく感じない国なんです。でも、逆にそれがものすごく新鮮で、自分と同じような顔かたちをした人たちが、英語やマレー語、中国語を器用に操って暮らしている。このパラレル・ワールドに迷い込んでしまったような感覚は、今作のテーマ〈Parallel〉に直結している体験だと言えます」
複雑なコンセプトをサウンドに落とし込むにあたって、本作で大きな貢献を果たしているのが、アンビエント系のシーンで活躍するギタリストのSleepland。バンド・メンバーのみの表現に限界を感じはじめ、サポート・メンバーの加入を模索するなか、もともと『MIDWEEK』のファンだったというSleeplandとは共通の知人を介して知り合った。
「Sleeplandは普段、アンビエント/ドローン系の音楽を演奏しているわけですが、あまり輪郭のない音楽をやっていても、ギターがしっかり歌っているんですよね。だから“a postcard from singapore”のギターのように、いろいろな音色を駆使しながら、歌メロ以上に歌っている、曲のイメージを高めるフレーズを弾くことができるのだと思います。本当に今作のサウンド・プロダクションの肝になってくれました。素晴らしいです」
〈遺言〉のような作品にしようと思った
『Parallel Lights』の冒頭を飾るのは、もともと展開の多い長尺曲を3つに分けたという“Forget”“Me”“Not”の連作。ピアノの旋律とゆったりとしたリズムがパラレル・ワールドへと誘う“Forget”から、徐々に演奏が熱を帯びていき、“Not”の終盤ではSleeplandを含めた5人の音が空間を埋め尽くしていく。
「1曲を3曲に分けたのには2つ理由があります。ひとつは、ネットで楽曲をダウンロードすることが音楽購入の主流になりつつあり、アルバムの曲でさえ1曲ごとに切り売りされることがあたりまえになってきた現状に対してのアンチテーゼです。例えば、“Forget”と“Me”を1曲ずつダウンロードしても、曲としてまったく意味を成しません。これらの曲は頭から3曲連続で聴かなければ意味がないし、アルバム自体も1曲目から最後まで聴くことで、初めてひとつの作品として鑑賞できるのだということを明確に主張しているのです」
「もうひとつの理由はエンターテイメント性です。1曲目から2曲目に展開が切り替わる瞬間に、オーディオのトラック・ナンバーが1から2に切り替わるワクワク感、ヤラれた感をリスナーに感じてもらいたかったからです。個人的には、コンセプト・アルバムで展開が大きく変わる瞬間にトラック・ナンバーが次に進むような体験をしたときに鳥肌が立ちましたし、そういうことを体験したことがないリスナーにはぜひ、アルバムを鑑賞するという楽しみを感じてもらいたかったのです。この連作3曲はこういった使命を背負いながら、このアルバムにおける導入というかプロローグのような意味合いを持っています」
〈カフェやレストランで家族や友人とゆったり、長い時間をかけて食事やお茶を楽しんでいる人々を見て、非常に人間らしいと思った〉というパリの雰囲気をアコースティックなサウンドで表現した“Place Vendôme”“The Eiffel Tower”に続いて、アルバムは中盤の“Reflection”へ。ここまでの歌詞は英語詞だが、プログレッシヴな展開を見せる次の“night flight, shoreline”からは日本語詞へと切り替わる。
「実はこのアルバム、6曲目の“Reflection”(=反射)でちょうど鏡写しになり、折り返す構成になっています。これも〈Parallel〉というコンセプトを浮かび上がらせる演出なのですが、前半の英語詞での物語が終わり、7曲目からはまた新たに日本語詞の〈異世界〉というか、パラレル・ワールドが始まるようなイメージにしてあります」
パリからシンガポールへと舞台を移し、よりメランコリックなムードのなかで美しい歌を聴かせる終盤の“makes me high”“38 storeys high”でクライマックスを迎えると、グロッケンをフィーチャーした“オペラ座のワルツ”でアルバムは厳かに締め括られる。ラストが唯一の日本語タイトルというのは、旅の終わりを表しているかのようだが……?
「日本語タイトルにあまり理由はありません(笑)。ただ、この曲はアルバムのエピローグ(アンコール)的な配置になっていて、わざと前の曲から数秒空けてあります。アルバムに収録したほとんどの曲がこの2、3年で書かれているのに対して、“オペラ座のワルツ”だけが10年以上前に書かれているというのも、その位置付けに関係しているのかもしれません」
綿密なコンセプトによって形作られた『Parallel Lights』は、いまの時代と向き合い、芸術性とエンターテイメント性の両立をめざした志の高い作品である。一方でweather spoonの楽曲は、決していまの時流に乗ったサウンドというわけではないかもしれない。ただ、エリオット・スミスという存在がそうであるように、自己とひたすらに向き合ったうえで零れ落ちた表現というのは時代を越えて響くものであり、『Either/Or』が今日でも愛され続けているのはまさにそれが理由だろう。そう考えれば、『Parallel Lights』もまた、20年後も愛される資格を持つ作品だと言っていいのではないだろうか。
「私だけの価値観かもしれませんが、時代性というのは他者との関係性だと思うんです。だから、他者を意識して音楽を作れば作るほど、時代性を意識した音楽になっていく。それは別に悪いことではないし、そうやって素晴らしい音楽が生み出されてきたとも思います。weather spoonも時代性を意識して音楽を作っていた時期があったでしょうしね。ただ、特に今作は自分にとって〈遺言〉のような作品にしようと思っていました。時代が変わっても私の怨念がリスナーの感情に問いかけ、普遍的な何か、感情を感じてもらえるような、そういう作品です。そういった作品をめざすなかで、他者というよりは自分の内面に問いかけていくような創作活動になり、音楽も時代性よりも本質的なもの、普遍性を求めていくようなカタチになってきたのだと思います。いまはこの作品の本質的な価値が、できるだけたくさんの方に届けばいいと考えていますし、そういった意味では、時代との距離感も〈パラレル・ワールド〉のような不思議な関係性を築くことができればおもしろいですね」