アイスランドを拠点に〈ポスト・シガー・ロス最右翼〉と高く評価されるバンド、ヴァーがセカンド・アルバム『The Neve-Ending Year』を発表した。日本盤のリリース元は、ナイト・フラワーズやスピンらUKインディーの新鋭のみならず、カックマダファッカといった北欧ポップの重要バンドを精力的に紹介してきたRimeout。同レーベルより2016年にリリースした初作『Vetur』以降、バンドはメンバー脱退などもあったようだが、新作では激情と静寂のコントラストをより強め、雄大な自然を目にしたときに感じる畏怖にも似た、強烈ながらも神聖なエモーションを聴き手に喚起させてくれる。

同作のリリースを記念して、国内外のインディー・ロック……なかでも轟音サウンドやドリーム・ポップへの見識の深さから、Mikikiでは〈シューゲイザー先生〉としても知られるライターの黒田隆憲に、ヴァーを取り巻く北欧シーンの最新事情を教えてもらった。まだ名前の知られていないバンドも多く紹介されており、シューゲイザー・マニアのみならずとも気になるバンドを発見できるはずだ。 *Mikiki編集部

VAR The Never-Ending Year Rimeout(2019)

以前、筆者は2017年に本サイトに寄稿したコラム〈シューゲイザーはジャンルや世代を超えた―シガー・ロスにモグワイ、エレクトロニカやUSインディーなど21世紀に受け継がれた遺伝子のゆくえ〉で、北欧のシューゲイザー〜ドリーム・ポップのアーティストをいくつか紹介した。また、2018年掲載の座談会記事〈カジヒデキ × Homecomings畳野が北欧ポップを学ぶ! Rimeout主宰オナガ・リョウヘイに訊いた最新事情〉では、北欧のポップ・シーンをテーマに〈現在進行形〉のシューゲイザー〜ドリーム・ポップのアーティストについて、ざっくばらんに語り合ってもらっている。加えて、別サイトになるが同年にFikaにて執筆した〈マイブラとシューゲイザーの30年 全ては1枚の傑作から始まった〉でも、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの影響下にある北欧産バンドをまとめた。それらから2年近く経ったいま、かの地のシーンはさらなる盛り上がりを見せているようだ。そこで本コラムでは、北欧シューゲイザー〜ドリーム・ポップの最新事情をお届けしたい。

 

スウェーデンの最新シューゲイザー

ソフィア・コッポラ監督作「マリー・アントワネット」(2006年)で大々的に起用され、北欧シューゲイザー〜ドリーム・ポップの代表格となったレディオ・デプト。彼らを輩出したスウェーデンのサウンドは、まるで白夜のなかを彷徨っているような、白昼夢的なサウンドが特徴である。

そして、同地のシーンにおいて今年前半の最大のトピックといえるのが、ヨーテボリを拠点に活動するウェストカストが、前作『Last Forever』からおよそ4年ぶりとなるニュー・アルバム『Westkust』を、地元のレーベル、ラグジュリーから3月にリリースしたこと。これまで同様、プリミティヴスやラモーンズ直系の疾走感溢れるバンド・アンサンブルを基調としつつ、紅一点ジュリアの甘酸っぱいヴォーカルと哀愁漂うメロディーをより前面に押し出した内容で、今作より新加入したブライアンのギターがサウンドスケープにより厚みを加えているのも本作を特徴づけている。

ウェストカストの2019年作『Westkust』収録曲“Cotton Skies”
 

ウェストカストと同じくヨーテボリ出身、かつラグジュリーのレーベル・メイトでもあるアゲント・ブロー(Agent blå)も、5月にニュー・アルバム『Morning Thoughts』をリリースした。ウェストカストの元ギタリスト、グスタフ・アンダーソンがプロデュースした2016年のデビュー作『Agent blå』、新メンバーを迎えた昨年のミニ・アルバム『Medium Rare』を経ての本作は、エミリー・アラタロの気だるいヴォーカルとスミスやキュアーあたりを彷彿とさせる憂いを帯びたサウンドスケープが胸を締め付ける良作だ。

アゲント・ブローの2019年作『Morning Thoughts』収録曲“Child’s Play”

 

北欧ドリーム・ポップにまどろみを与える新鋭たち

上記の2組を揃えるラグジュリー周辺はシューゲイザー〜ドリーム・ポップの宝庫で、カーディガンズでお馴染みマルメの宅録プロジェクト、ロージュレ(Rådjuret)も要注目の存在である。昨年9月にリリースされたセルフ・タイトルのファースト・アルバムは、深くエコーのかかったリズム・マシーンやグロッケンシュピール、ピアノの深い森のなかで、甘い夢見心地のメロディーが儚く鳴り響く。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやジーザス・アンド・メリーチェインの流れを汲んだサウンドが、聴くたびに病みつきになりそうだ。

ロージュレの2018年作『Rådjuret』収録曲“Allt Går Sönder”
 

また、ストックホルムを拠点とする4人組のスター・ホースが、今年スタートラックスよりリリースしたアルバム『You Said Forever』も、正統派シューゲイザーの名盤として今後語り継がれていくこと必至の名盤。彼らは、2011年に奇しくも東京で出会ったマヤとアンドレスによって結成されたバンドで、甘く儚い男女混成ヴォーカル、メランコリックなメロディー、胸をえぐるようなディストーション・ギター……と、シューゲイザーの美味しいところ〈全部乗せ〉のようなサウンド。1人でも多くのシューゲイザー〜ドリーム・ポップ好きに聴いてほしい。

スター・ホースの2018年作『You Said Forever』収録曲“Pickle Plum”
 

スウェーデンからノルウェーに目を移すと、セレナ・マニッシュと同郷オスロから誕生した男女デュオ、コンラッドセン(Konradsen)が気になる。昨年、ス・ティシュ―(Su Tissue)からデビュー・アルバム『Saints And Sebastian』をリリースし、今年に入ってからは“Baby Hallelujah”、“Television Land”と立て続けにシングルを出している彼らは、ソウル・ミュージックを基調としたソングライティングなどが特徴で厳密には〈シューゲイザー〉ではないのかもしれない。が、音響に意識的なサウンド・プロダクションやコーラスワークなど、その美学には共鳴するものを感じる。

コンラッドセンの2019年の楽曲“Television Land”

 

広大な自然が目の前に浮かぶアイスランド・サウンド

さて、そんな北欧シーンのなかで異彩を放っているのはやはりアイスランドだ。シガー・ロスを生み出したこの地では、彼らの流れを汲んだアーティストが毎年のように誕生している。首都レイキャヴィクは本当に小さな街で、その人口を鑑みると〈アーティスト率〉の高さには驚くばかり。密集しているがゆえにアーティスト同士の繋がりも深く、例えば今年ソニー・マスターワークスからの第一弾アルバム『Varda』をリリースした男性デュオ、ヒューガーもこれまでにシガー・ロスやビョークの作品に携わってきている。

※市内の人口は約12万人
ヒューガーの2019年作『Varda』収録曲“Saga”
 

また、やはり今年ニュー・アルバム『Thought Spun』をリリースしたシンガー・ソングライター、ミラ・ロゥスもシガー・ロスが公営プールを改造したレコーディング・スタジオの近所に住んでおり、実際そこでアルバムを制作したこともあるという。ヒューガーもミラも、アプローチや音楽性こそ違えどその根底にはシガー・ロスの遺伝子が受け継がれており、作品を聴いているとアイスランドの広大な自然が目の前に広がってくるようだ。

ミラ・ロゥスの2019年作『Thought Spun』表題曲

 

エモやポスト・ロックの影響下で、静と動のダイナミズムを深化させたヴァー

そのミラが、一昨年の暮れまで所属していたのが現在4人組のバンド、ヴァーである。2014年にデビューEP『Kafbature』をリリースし、シガー・ロスのヨンシーを彷彿とさせる美しいハイトーン・ヴォイスと、ストリングスやピアノを取り入れたドラマティックなアンサンブルによって本国で一躍話題となった彼らは、レイキャヴィクで毎年開催されている人気フェス〈Iceland Airwaves〉をはじめ、ヨーロッパ各国でのツアーやフェス参加などにより、着実にバンドとしての知名度を上げていった。ここ日本でも、2016年にリリースしたデビュー・アルバム『Vetur』が話題を呼び、翌年にはジャパン・ツアーを敢行。盛況を博したのは記憶に新しい。

そんなヴァーによる、前作からおよそ3年ぶりとなる最新アルバム『The Never-Ending Year』がリリースされた。

『The Never-Ending Year』の日本用プロモ映像
 

ミラの脱退直後に制作されたという本作は、彼女の〈不在〉を感じさせないくらい充実した内容。アンビエント色が強かった前作『Vetur』に比べると、彼らのルーツである90年代のエモやポスト・ロック、ハードコア、パンクなどの要素が色濃く反映されており、ソングライティング能力の向上とともに、〈歌モノ〉としての強度もより増しているのが印象的だ。例えば“Run”では、タイトル通り駆け抜けるような8ビートの上で、ソリッドなディストーション・ギターが唸りを上げる。

かと思えば“By The Ocean”では、インダストリアルなビートとエモーショナルなメロディーが絡み合い、その上をたゆたう神秘的な歌声&メロディーが、どこかトム・ヨークのソロ・ワークにも通じる美しさをたたえている。まるで奈落の底へと落ちていくような狂おしいギター・オーケストレーションと、掛け合いのヴォーカルが交互に繰り返される“Where To Find You”は、本作のハイライト。静と動を行き来するそのドラマティックなサウンドスケープは、エクスプロージョンズ・イン・ザ・スカイやゴッドスピード・ユー!・ブラック・エンペラーあたりに通じるものがある。

ヴァーの2019年作『The Never-Ending Year』収録曲“Where To Find You”
 

もちろん〈シガー・ロス直系〉ともいえる、これまでの路線も引き続き継承しており、ピアノのアルペジオを繰り返しながら徐々に高みへと昇っていく“Fearless”や“Drowning”、トライバルなドラミングに血湧き肉躍る“Highlands”、アンビエントな“Breathing”など、前作を聴いて彼らのファンになった人もきっと満足のいく楽曲が並んでいる。

 

神秘的なサウンドスケープに身を委ね、神々の物語に思いを馳せる

雄大な自然や、メランコリックな音楽を好む国民性、ヨーロッパに影響された構築美など、北欧にはシューゲイザーと相性のよい要素が数多くある。北欧の固有の風土や文化と組み合わさることにより、シューゲイザーは独自の進化を遂げてきた。

冒頭で紹介したコラムのなかで、北欧のシューゲイザー〜ドリーム・ポップについて筆者はこのようにまとめている。かの地にはまた、キリスト教が持ち込まれる以前より広く伝わっていた〈北欧神話〉がいまなお、その思想や習慣に大きな影響を与えており、彼らの生み出す音楽にも色濃く投影されているのは間違いない。ヴァーが放つ神秘的なサウンドスケープに身を委ねながら、そんな神々の物語に想いを馳せてみるのもまた一興だ。

ヴァーの2017年のライヴ映像