「闘うピアニスト」が熱き「鐘」の音色を生み出す
レコーディングの方法にはそのアーティスト特有のやり方があると思うが、ピアニストの赤松林太郎の収録方法は、かなりユニークである。
「2日間、弾きっぱなしです。一日7時間くらいピアノの前にずっと座っているでしょうか。エンジニアは友人で私の方法を熟知しているため、彼もずっとテープを回しっぱなし。私は弾きながら頭のなかで構想を考え、順序を決め、終わったときにはひとつのCDのすべてが自分のなかで出来上がっています」
新譜の『そして鐘は鳴る~And the Bell tolls』は、さまざまな作曲家による“鐘”にまつわる作品が結集したアルバム。数多くの楽譜を録音場所に持ち込み、ピアノを弾きながらイマジネーションと空気感を大切に、その場で弾き進め、最終的に12曲が収録された。
「マリピエロの《クロード・ドビュッシーのために》とペルトの《アリーナのために》は入れたいと思っていました。《展覧会の絵》や《ラ・カンパネラ》は意図的に避けました(笑)。グラナドスやラフマニノフなど、音色のデリカシーや遠近、時の移ろいなどを含んでいる作品は大好きで、物語を綴るように弾き進めていきます。ただし、ヘンデルの《幻想曲》のように長時間ほとんど裸足でペダルを踏んでいる曲では、右足の親指が腫れてしまい、音楽に集中しているため顎関節症にもなり、大変です。ピアノはペダルが魂ですから」
彼は“闘うピアニスト”といわれる。これは取材した記者が命名したもの。まさに録音でも闘っている。
「でも、私はO型なのでこまかいことは気にしません。録音も、エンジニアが2カ月くらいかけて編集作業に取り組んでくれますが、私は彼を信じてあれこれいわないようにしています。コンサートでも多少のミスタッチは気にしない。音楽の大きさや、何を伝えるかという方が大事だと思っていますから」
赤松林太郎のこの考えは師事した偉大なピアニスト、M・ヴォスクレセンスキー、F・クリダ、J・ミコー、Z・コチシュらから学んだものであり、それが彼の技術のみならず精神性に大きな影響をおよぼし、人間性をも形成している。
「私は幼少時から海外の偉大なピアニストに教えを受けてきました。彼らは芸術のみならずヨーロッパの文化、歴史、哲学など幅広く教えてくれました。それらは心の財産であり、私の生きる糧となっています」
ピアノと同様に話術でも人を惹きつける。彼は文筆家でもあり、『虹のように』(道和書院)と題する本も出版。その演奏は各作品が色彩感に富んだ物語を描き出し、異なる音の世界へと聴き手をいざなう。12曲の“鐘”がまさに12のストーリーを編み出しているようだ。
LIVE INFORMATION
帰国10周年 赤松林太郎ピアノリサイタル~麗しの五月、そのつぼみ開く頃~
○5/24(水)19:00 開演
曲目:シューマン:春の歌 Op.68-15 / ベートーヴェン:ピアノソナタ第17番 Op.31-2「テンペスト」/ ワーグナー(タウジヒ編曲):ジークムントの愛の歌 / ワーグナー(リスト編曲):イゾルデの愛の死/他
会場:銀座ヤマハホール
rintaro-akamatsu.com/