ジェンダーレスでボーダレスな存在がまたひとつ超えたタブー。無視できないものは引き受けるしかない。自身のなかでふたたび目覚めた〈少年性〉が与えた歌は……

 

引き受けようと思う

女王蜂 Q 女王レコード/ソニー(2017)

 女王蜂の5作目『Q』は衝撃的な作品だ。映画「モテキ」のメイン・テーマになった“デスコ”の延長にあるアゲアゲのダンス・チューン“金星”は、話題の女子ラッパーのDAOKOをフィーチャーしたアルバム・ヴァージョンに、EPでリリースされていた“スリラ”も新たなレコーディングとミックスで“超スリラ”として収録。一方、表題曲である“Q”は台所の風景描写から始まる〈痛み〉を内包し、“雛市”では春をひさぐ。ダンサブルな楽曲であれバラードであれ、〈愛〉や〈家族〉といった言葉の真相を問うような歌に心を抉られる。そして、曲を書いたヴォーカルのアヴちゃん自身が「最高傑作」と言い切る作品でもある。

 「実は、これを出す代わりに5作目として予定したものがあったんだけど、突然“Q”の歌い出しの〈台所からは饐えた匂い〉という一節が浮かんで、一気に書けてしまって。〈Q〉は自分のなかの〈少年性〉の頭文字。その少年性は、女王蜂を始めるときにストップさせていた。こういうこと言うと、〈メンヘラ〉とか〈サブカル〉とかみんな言うだろうけど、そうではなくて。そんな言葉を飛び越えて胸ぐらにサクッと刺さるアルバムにしないと、というところで、この曲を核に9曲集まってきた」(アヴちゃん:以下同)。

 これまでも女王蜂は、前述したようなアゲアゲのナンバーと並行して、学校や子供の暗部を抉った“告げ口”や、生まれなかった命を歌う“無題”や“折り鶴”といった曲も歌ってきた。“Q”はその延長にあるものだが、さらに心の鎧を剥がすような視線で家族のもろさを描いている。ジェンダーレスでボーダレスな女王蜂が、もうひとつタブーを超えた。アヴちゃんの内面にあるものが止むを得ず表出した結果だ。私自身は、この曲が暗に示す理不尽な関係はまったく認めないが、それはさておき冒頭の一節が喚起する情景の生々しさには圧倒される。〈これはフィクションかノンフィクションか〉と問うと、こんな答えが返ってきた。

 「似たような経験は全部してきたし、触媒となる行為はされてきた、していた。無視できないものは全部書くしかない。そこからみんな逃げて折り合いをつけていくけど、私はつけないでいこうと思う。だから逃げない。引き受けようと思う。私のやれる最大の能力はそこなんだなと思う」。

 具体的に人生を語ることはしないアヴちゃんだが、そうした価値観を持つに至った人生のなかに、この曲を書くほどの強烈な体験が刻み込まれていることは想像に難くない。

 「“Q”はメタファーどころじゃないぐらい私が入り込んで歌うのがわかってるから、いろんな人に心配されたし、〈これをメジャーで出すこととは〉とも言われた。歌詞を変えなきゃって話になった時は本気で抵抗したし。でもこの曲を書くために、この生い立ちになったから、みたいな使命感があった。それは書き終わって生まれたんだけど」。

 “Q”はギターとピアノだけの簡潔なアレンジで歌っている。これ以外この曲を歌う方法はなかったかのように。

 「〈みんなの思う女王蜂〉だったら思いきりバンド・アレンジにしていくけど、私はこの曲をいちばん表現できる形って何だろうと思ったのが、このアレンジ。これ、ヴォーカルはレコーディングの本チャンじゃなくて、ガイドで一発録りで録ったのがいちばん良くて、そのまま採用した」。

 

メンバーを信用してる

 “Q”を核に集まった曲たちは、その他のいずれも強力だ。オープニングの“アウトロダクション”は〈イントロダクション〉を模してアウトロに重ねた造語だが、〈終わりから始まる〉というのが女王蜂らしい。

 「これは活動休止中(2013~2014年)に出来た曲。歌詞で〈run away〉してる主人公は私じゃなくて、したのは相手側。した側の気持ちに立てばどうかと思う癖が小さい時からあって。いじめられたら、いじめた側の気持ちに立てば解決が早い、とか。そういう自分の能力が活かされたな」。

 “DANCE DANCE DANCE”は享楽的な夜遊びの曲。〈BOY MEETS GIRL/BOY MEETS BOY/GIRL MEETS GIRL〉とさまざまな出会いを歌う。

 「これまで女王蜂はセクシャリティーを武器にしたことがなくて。私自身、ゼロセクシャルで、とてもストレートなので。この曲は、〈欲しがってたから せつなさを抱きしめた〉とか、〈はじめからなにも持っちゃいなかった〉とか、ずっと小さい頃から思っていたことを書けた」。

 そして、テンポ良くビートに乗って言葉が転がる“しゅらしゅしゅしゅ”については……。

 「東京に出てきて、みんな思うこと。みんな修羅だから大変だなって、他人事のように書いた。この曲のアレンジは、メンバーが思いきり広げてくれて。信用してる、メンバーを。サポート・キーボードのみーちゃん(ながしまみのり)も含めて」。

 そんな信頼できる仲間と共に作り上げた今作に収録の9曲で、アヴちゃんはこんな物語を紡いでいる。

 「今日の私の見解ね。〈Q〉と言う子がいて、冒頭の“アウトロダクション”で団地から出て上京。で、“金星”“DANCE DANCE DANCE”で恋したり、街を歩いて阿修羅になったり、禁断の恋をして“失楽園”に行ったり。“雛市”で、みんなが言うところの〈身体の仕事〉に就くのは生きていくには戦うしかないから。そして病院のベッドで天井を見上げて、安らかに眠るのが“つづら折り”なのかな」。

 そんな物語を視覚的に伝えたいということで、ブックレットでは歌詞を50ページもの漫画にした。レコーディングを進めながら、メンバーの助けを得て完成させたという。

 「例えばドラムを録り直している間にルリちゃんが墨汁でベタ塗ったり、ベース録る合間に、やしちゃんがスクリーントーン貼ってたり(笑)。違うクリエイションがふたつあると、互いに癒しになる。たどたどしいけど楽しいことだから。それにみんなで作業して同時に違ったものを作ることで、すごく研ぎ澄まされた。今回は特に、楽しくないと向き合えない曲たちだったから。すごく楽しくて、1日3曲ぐらいのスピードで録っていった」。

 女王蜂の新しいアーティスト写真は、カラフルでスマートなスーツを着た4人が、まっすぐ前を見据えて進んでいる姿だ。〈強く生きてゆかなきゃ/世の中のせいにしてちゃ はじまらないから〉と歌う“雛市”そのままの決意を内に秘め、『Q』が揺さぶる世の中へと女王蜂は歩み出す。

 

DAOKOの2016年のシングル『もしも僕らがGAMEの主役で/ダイスキ with TeddyLoid/BANG!』(トイズファクトリー)