ジェンダーレスでボーダレスな存在がまたひとつ超えたタブー。無視できないものは引き受けるしかない。自身のなかでふたたび目覚めた〈少年性〉が与えた歌は……
引き受けようと思う
女王蜂の5作目『Q』は衝撃的な作品だ。映画「モテキ」のメイン・テーマになった“デスコ”の延長にあるアゲアゲのダンス・チューン“金星”は、話題の女子ラッパーのDAOKOをフィーチャーしたアルバム・ヴァージョンに、EPでリリースされていた“スリラ”も新たなレコーディングとミックスで“超スリラ”として収録。一方、表題曲である“Q”は台所の風景描写から始まる〈痛み〉を内包し、“雛市”では春をひさぐ。ダンサブルな楽曲であれバラードであれ、〈愛〉や〈家族〉といった言葉の真相を問うような歌に心を抉られる。そして、曲を書いたヴォーカルのアヴちゃん自身が「最高傑作」と言い切る作品でもある。
「実は、これを出す代わりに5作目として予定したものがあったんだけど、突然“Q”の歌い出しの〈台所からは饐えた匂い〉という一節が浮かんで、一気に書けてしまって。〈Q〉は自分のなかの〈少年性〉の頭文字。その少年性は、女王蜂を始めるときにストップさせていた。こういうこと言うと、〈メンヘラ〉とか〈サブカル〉とかみんな言うだろうけど、そうではなくて。そんな言葉を飛び越えて胸ぐらにサクッと刺さるアルバムにしないと、というところで、この曲を核に9曲集まってきた」(アヴちゃん:以下同)。
これまでも女王蜂は、前述したようなアゲアゲのナンバーと並行して、学校や子供の暗部を抉った“告げ口”や、生まれなかった命を歌う“無題”や“折り鶴”といった曲も歌ってきた。“Q”はその延長にあるものだが、さらに心の鎧を剥がすような視線で家族のもろさを描いている。ジェンダーレスでボーダレスな女王蜂が、もうひとつタブーを超えた。アヴちゃんの内面にあるものが止むを得ず表出した結果だ。私自身は、この曲が暗に示す理不尽な関係はまったく認めないが、それはさておき冒頭の一節が喚起する情景の生々しさには圧倒される。〈これはフィクションかノンフィクションか〉と問うと、こんな答えが返ってきた。
「似たような経験は全部してきたし、触媒となる行為はされてきた、していた。無視できないものは全部書くしかない。そこからみんな逃げて折り合いをつけていくけど、私はつけないでいこうと思う。だから逃げない。引き受けようと思う。私のやれる最大の能力はそこなんだなと思う」。
具体的に人生を語ることはしないアヴちゃんだが、そうした価値観を持つに至った人生のなかに、この曲を書くほどの強烈な体験が刻み込まれていることは想像に難くない。
「“Q”はメタファーどころじゃないぐらい私が入り込んで歌うのがわかってるから、いろんな人に心配されたし、〈これをメジャーで出すこととは〉とも言われた。歌詞を変えなきゃって話になった時は本気で抵抗したし。でもこの曲を書くために、この生い立ちになったから、みたいな使命感があった。それは書き終わって生まれたんだけど」。
“Q”はギターとピアノだけの簡潔なアレンジで歌っている。これ以外この曲を歌う方法はなかったかのように。
「〈みんなの思う女王蜂〉だったら思いきりバンド・アレンジにしていくけど、私はこの曲をいちばん表現できる形って何だろうと思ったのが、このアレンジ。これ、ヴォーカルはレコーディングの本チャンじゃなくて、ガイドで一発録りで録ったのがいちばん良くて、そのまま採用した」。