ヒプノティックでグルーヴィーなリズム・セクションと、パンキッシュなギター・サウンドを融合したインディー・ロックで注目を集める南ロンドン拠点の5人組、ピューマローザが5月19日(水)にファースト・アルバム『The Witch』をリリースする。先の〈Hostess Club Weekender〉のライヴでも、同時代のエレクトロニック音楽を咀嚼した緻密なアンサンブルに加え、新人バンドとは思えないカリスマ性を堪えたフロントマン=イザベル・ムニョス・ニューサムの存在感がオーディエンスに衝撃を与えていたが、そのポテンシャルをダイナミックなポップソングに落とし込んだ同作は、さらに多くのリスナーを魅了するだろう。今回は、音楽ライターの黒田隆憲氏に、来日時に収録したインタヴューを使いつつ、バンドと『The Witch』の多面的な魅力を紐解いてもらった。 *Mikiki編集部

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PUMAROSA The Witch Fiction/Caroline/HOSTESS(2017)

あらゆるインプットに対して可能な限りオープンでありたい

今年2月25日と26日の2日にわたり、東京・新木場Studio Coastにて開催されたライヴ・イヴェント〈Hostess Club Weekender〉の初日に登場し、鮮烈なパフォーマンスで我々を魅了したピューマローザが、満を持してのファースト・フル・アルバム『The Witch』を完成させた。本作は、テーム・インパラやカイザー・チーフス、クリスタル・キャッセルズらが所属する英の名門レーベル、フィクションからのリリースで、プロデューサーにはフランツ・フェルディナンドやシーア、バット・フォー・ラッシーズらを手がけるダン・キャレイが起用されている。

マムフォード&サンズやウルフ・アリス、 MØらの作品をリリースしてきた気鋭のレーベル、チェス・クラブからの2枚のシングル“Priestess”“Cecile”でもすでに片鱗を覗かせていたが、ピューマローザの音楽的支柱として真っ先に挙げられるのが、上述の〈Hostess Club Weekender〉でも多くのオーディエンスに鮮烈な印象を与えた、イザベル・ムニョス・ニューサム(ヴォーカル)が持つ圧倒的な存在感だろう。謎めいた身振り手振りを交えながら、シャーマンのように舞い歌う彼女の姿はピューマローザの〈アイコン〉であり、インプロヴァイゼーションを含む彼らの演奏と相まって、〈身体〉や〈バンド〉といったフォーマットからの逸脱――つまりは身体的・音楽的拡張をステージに於いて体現していたのだが、それは、本アルバムの中でも十分に感じ取ることができる。

例えば表題曲“The Witch”では、インド古典楽器のタブラをフィーチャーしたトライバルなトラックの上で、ファルセットと地声を巧みに使い分けながら、じわじわと青い炎を燃やす(規則的なピアノの打鍵による異様な緊張感は、まるでビートルズ“A Day In The Life”の間奏のよう)。かと思えば“Lions' Den”では、静と動を行き来しながら奈落の底へと堕ちていくデカダンな演奏の水先案内人となり、曲に寄り添いながらエモーショナルに歌い上げていく(こちらは、まるでジム・モリソンのようだ)。歌詞については彼女自身、〈女性について歌いたいの。女性の人格や感覚は、性的なものもそうでないものも、男性から女性に対するものに比べて驚くほど触れられていないから〉と述べており、ビョークやFKA・ツイッグス、グライムスのような、自らのセクシャリティーについても積極的に作品に取り込んでいるアーティストたちにも通じるものがある。ちなみに、本作のアートワークを手がけているのもイザベル本人。ジェームス・ネヴィル(ギター)によれば、彼女の作風にはジャクソン・ポロックやマーク・ロスコ、ロバート・マザウェルら抽象表現主義からの影響が多分にあるという。そう、ピューマローザの表現からは、音楽だけでなく、アートや映像など、様々なアートフォームからの影響を感じさせるのだ。

ジェームス・ネヴィル「僕らは地元のシュルレアリストに招待されて、イタリアのカラブリア沿岸にある古い映画館でレコーディングをしたこともある。美しい岩壁を望みながらの創作活動は素晴らしかったよ。考えてみれば、初期の僕らが行っていた〈廃屋ギグ〉も、一種のアートフォームと言えるかもしれない。ロンドンはベッカムにある崩れかけた家屋に、オーディエンスをギュウギュウに詰め込んで、ガス漏れと停電にも関わらず演奏を続けていたら、ついには出入り禁止になってしまったんだけどね(笑)。とにかく、僕らはそういった音楽以外のアートフォームにも強い興味があるし、彼女は抽象表現主義の画家でもあるから(笑)、音楽以外の要素もいつの間にか取り込んでいたんだ」

ジョン・トモヤ・フォスター(シンセサイザー/サックス)「創作活動っていうのは、手持ちの引き出しをどのように組み合わせるか?が醍醐味だし、僕らのオリジナリティーに繋がるところだと思う。だから、あらゆるインプットに対して可能な限りオープンでありたいんだ」

(左から)ジョン・トモヤ・フォスター、ジェームス・ネヴィル
 

ジェームス「ロンドンに住んでいると、音楽に限らずいろんなムーヴメントが日々起きているからね。それは僕らの日々の生活のなかにも入って来るし、それをどう受け止めるか、オープンであるかどうかがすごくポイントなんだと思う。誰だったか、ある偉大な芸術家がこう言っていた。〈優れた芸術を創作するには、まず自分の人生を生きるということをしなければいけない〉って。〈人生経験が大事〉だという意見には、僕も全くの同感だよ」

トモヤ「ただ、インスピレーションに関してはどこからでも自由に取り込むのだけど、それを最終的に音楽というフォームに落とし込んでいくのが、なかなか骨の折れる作業でね(笑)。作品として仕上げるにはすごく時間がかかるし、そこで最初に掴んだアトモスフィアやフィーリングが失われてしまうことも結構あるんだ」

ジェームス「確かニック・ケイヴが言っていたよ。〈音楽を作るのは、キャンドルの灯火を守るようなもの。音楽が外界から壊されてしまわないように守ってあげることが必要だ〉って。今の話でそれを思い出した」

2016年のパフォーマンス映像 

 

大切なのは、音楽的な好みでなくフィーリングで一致すること

ピューマローザの音楽的支柱として、イザベルのヴォーカルと同じくらい重要なのがインプロヴァイゼーションであり、一聴するとサヴェージズやBO NINGENら〈新世代ダーク・サイケ〉とでも言うべきサウンドが前面に打ち出されているが、よく聴けばそこには様々な音楽スタイルが、タペストリーのように織り込まれていることに気づく。例えば、トモヤは幼い頃からクラシックやジャズに親しんできた一方で、グランジ一筋のジェームスがいる。また、イザベルは〈Krautrock Karaoke〉という音楽イヴェントで、シルバー・アップルズの“Pox On You”をカヴァーしていた。インダストリアルやクラウトロック、アート・ロックなどの影響も少なからずあるのだろう。

ジェームス「アート・ロック、クラウトロックといえば、例えばスワンズやソニック・ユースのようのようなインプロヴァイゼーションの要素を持つバンドの影響も受けているしね。延々とジャムって、その時の気分で曲がどんどん膨らんでいくような作り方もするし、そういったところがアティテュードにも表れているのかなと思う」

ソニック・ユースの90年作『Goo』収録曲“Kool Thing”のライヴ映像
 

トモヤ「それがクラシックであれロックであれ、ダンスであれ、なんでも好きなように持ち寄り、それぞれの底辺に流れているフィーリングみたいなものに共通項を見出しながら、僕らは音を合わせているんじゃないかな。フィーリングで一致するほうが、音楽的な好みで一致することよりも、僕らにとっては大切にすべきことなんだろうね」

演奏におけるインプロヴァイゼーションと、それに伴うアトモスフィアやフィーリングを作品として真空パックするため、今作のレコーディングは主に一発録りで行なわれたという。ドラムからベース、ギターという具合にオーヴァーダビングしてトラックを重ねていくのではなく、一つのブースにメンバー全員が集まり〈せーの〉で音を出す。そうすることで、お互いの演奏に反応し合いながらインプロヴァイズすることも、ライヴのようなノリを出すことも可能となるのだ。

トモヤ「今回、プロデューサーのダン(・キャレイ)もエンジニアも、みんな僕らと一緒にレコーディング・ブースの中に入って、一緒に作業をしたんだ。普通、レコーディングというとプロデューサーはブースの隣にあるコントロール・ルームにいて、そこから僕たちにあれこれ指示を出すものだけど、そういう〈向こう側とこっち側〉みたいな境目をダンが取っ払ってくれたことで、同じバンドの一員という気持ちで接することができたよ。とても楽しかったね。もちろん、僕らが作った曲に対して客観的に判断してくれる人が現場には必要で、ダンはプレイヤーとプロデューサー、両方の役割を上手く演じてくれたんだ」

ダン・キャレイがプロデュースしたバット・フォー・ラッシーズの2016年作『The Bride』収録曲“Sunday Love”
 

様々なアートフォームやインプロヴァイゼーション、実験的なアプローチなどを柔軟に取り入れつつ、最終的にポップ・ミュージックへと落とし込んでいるところも、ピューマローザの大きな魅力の一つと言えるだろう。例えば、2015年に先行シングルとしてリリースされた“Priestes”は、ジェイムス・ブレイクがその年の〈No.1ソング候補〉と絶賛した。アダム・カーティスによるドキュメンタリー「Bitter Lake」から一部インスピレーションを受け、異文化に対する欧米の無理解を批判した楽曲“Honey”も、最終的にコクトー・ツインズあたりにも通じるような美しいポップソングとして昇華している。また、アルバムには未収録だが2016年のシングル“Cecile”で聴かせるイザベルのヴォーカルは、ラ・ルーやリトル・ブーツ、引いてはブロンディのデボラ・ハリー、ヤー・ヤー・ヤーズのカレン・O、さらにはジェーン・バーキン、シャルロット・ゲンスブールといった女性シンガーが持っていた、エキセントリックなセンスとポップネスの絶妙なバランス感覚を思い起こさせるのだ。

トモヤ「それこそ、僕らが5人でやっている意義とも言えるよね。ポップでキャッチーな要素もあれば、思いっきりアヴァンギャルドな曲もある。それは、さっきも言ったように、〈どんな曲が生まれて来るか?〉っていうことに対して、僕らは常にオープンに構えているからなのだと思う」

ジェームス「僕ら、シングルのB面曲などではかなり〈なんでもあり〉な実験的なことを結構やっているのだけど、A面に入れるような曲は、きちっとソングライティングしたものが多いかもしれないね。曲によっては、一度構築したものをインプロヴァイゼーションによって再構築することもあるし。というのも、誰か1人が書いた楽曲を、メンバー全員で膨らませていくというやり方も結構やっていて。それって楽器を使った会話というか。お互いが出す音に反応しながら、最初のアイデアからどんどん変わっていく過程が楽しくて仕方ないんだ。時々、なんだかトンデモナイ楽曲に変貌してしまうこともあるんだけど(笑)、そういう偶然性みたいなものも楽しんでいるんだよね」

つまり、ピューマローザはより広範囲に届けるための戦略として、ポップな要素を取り込んでいるわけではないのだ。

ジェームス「アヴァンギャルドな要素とコントラストをつけるため、狙ってキャッチーにしたとか、そういうことでもないんだよね。その逆も然り。ただただ、やりたいことをやりたいようにやった結果、コントラストが生じただけでさ。例えば、シリアスな歌詞を楽しいメロディーに乗せて歌うみたいな手法っていうのは、もうある意味では王道というか。そこを意図的に狙っている人も沢山いると思うけど、僕らのコントラストはそういう意図されたものとは少し違う。本当に、〈やりたいことを、やりたいようにやったらこうなった〉っていうかね」

トモヤ「大前提として、一緒に演奏して楽しいっていうことがピューマローザでは重要なんだろうね。そこを追求しているのであって、楽曲としてどういうものが必要か?とか、リスナーが求めているのはどんな曲なのか?とか、そういうことはさほど重要視していないのかも。ひょっとしたら、演奏しているなかから滲み出てくる〈音楽をやることの歓び〉みたいなものがキャッチーさに繋がっているのかもしれないね。もしそうだったら嬉しいよ」