ビョーク、シガー・ロス、ムーム、アウスゲイルなど、個性豊かなアーティストを生み出す一方で、いまだ知られざる才能がひしめき合うアイスランドの音楽シーン。そんななか、新世代の旗手として注目を集めているのがレイキャビックの3人組、フファヌだ。なにしろ、彼らの才能に太鼓判を押したのはデーモン・アルバーン(ブラー/ゴリラズ)。デーモンはメンバーのカクトゥス・エナーソン(ヴォーカル)をソロ・アルバム『Everyday Robots』(2014年)の制作に招き、さらにブラーのオープニング・アクトに彼らを指名。彼らのシングル曲“Ballerina In The Rain”のリミックスも手掛けた。一体、デーモンはフファヌのどんなところに惹かれたのか。バンドの公式サイトを覗くと、そこでカクトゥスは高らかに宣言している。
「僕たちは特定のタイプの音楽に収まろうしたことはないし、ひとつのジャンルの音楽にはまろうとしたこともない。もし、そうしていれば、きっとアークティック・モンキーのものまねバンドみたいになってしまっただろう。誰かが作った音楽に手を加えたり、今流行っているスタイルに合わせたりするのは簡単なこと。でも、僕たちはいつも独自の方向性を見つけようとしてきたんだ」
ビョークの盟友が父親、遺伝子レヴェルで継承されたポスト・パンク
確かに彼らはデビューして以来、同じところにとどまらず、常に変化し続けてきた。カクトゥスとグリ・エナーソン(ギター/プログラミング)がバンドを結成したのは、少年時代にあたる2008年のこと。学校で知り合ったカクトゥスとグリは、お互いのiTunesのプレイリストに共通のアーティストが並んでいることを知って意気投合する。当時、彼らがおもに聴いていたのはテクノやエレクトロ。二人は出会ってから一週間も経たないうちに一緒の音楽を作り始め、〈キャプテン・フファヌ〉と名乗って活動をスタートした。カクトゥスは当時の自分たちのサウンドを、こんな風に振り返っている。
「楽しいエレクトロ・ミュージックだったよ。でも、僕達は何かもっと深いものを目指していて、そこに辿りつく能力がなかったんだ。キャプテン・フファヌとして作品を発表しなかったのは、もっと新しい、もっと難しいものを生み出したかったからなんだ」
そんな試行錯誤の日々のなかで、彼らにとって大きな転機になる事件が起こった。スタジオに泥棒が入り、彼らが制作していた音源がすべて盗まれたのだ。二人はこれまで作っていたものをなぞるより、新しいものを作ることを選んだ。ちょうどその頃、カクトゥスはデーモンの『Everyday Robots』に参加することになり、デーモンのレコーディングを間近に見て刺激を受ける。一方、グリはアイスランドに残って新しいサウンドに取り組んだ。そして再会した二人が、それぞれに新しいアイデアを出し合った結果、それまでのエレクトロニックなインストから、カクトゥスのヴォーカルを中心に据えて、ノイジーなギターを掻き鳴らすバンド・サウンドへと変化。心機一転、〈フファヌ〉名義で再スタートを切った。
そして、生まれ変わったフファヌを世に知らしめる晴れの舞台になったのが、アイスランドで最も有名な音楽フェスティヴァル、〈エアウェイヴス〉だった。カクトゥスは「観客はノリの良い音楽を求めて来ていたのに、暗い音楽ばっかりだったんだ」と振り返る。日本で紹介されるアイスランドのミューシャンは繊細でメロディアスなサウンドが多いが、実際アイスランドの音楽シーンにはそういう傾向があるのだろう。そんななか、激しい感情を爆発させたフファヌのステージは大きな話題を呼んだ。さらにローリング・ストーン誌で〈あなたが知るべき10組のニュー・アーティスト〉に選ばれるなど海外からも注目を集めるなか、バンドはイギリスの老舗インディー・レーベル、ワン・リトル・インディアンと契約を交わす。それはファファヌにとって運命づけられていたことだったのかもしれない。というのも、カクトゥスの父親、エイナー・エルン・ベネディクソンは、かつてワン・リトル・インディアンに所属していたバンド、シュガーキューブスのメンバーだったのだ。
ビョークがヴォーカルを担当したシュガーキューブスは、アイスランドで初めて海外で成功を収めたロック・バンド。エイナーはシュガーキューブス結成以前にも、クークルというバンドをビョークと結成していて、ビョークとは長きに渡って音楽活動を共にしてきた。クークルやシュガーキューブスはイギリスのポスト・パンクから強い影響を受けていて、エイナーはフォールをはじめイギリスのポスト・パンクなバンドをアイスランドに招いたりもしていた。ということは、間違いなくカクトゥスの家にはポスト・パンクやニューウェイヴのレコードが並んでいたはず。しかし、父親からの影響についてカクトゥスはやんわりと否定する。
「父親のレコード・コレクションを掘り下げたことはないよ。自分が聴いていた音楽がたまたま父親のレコード・コレクションにあったりはしたけどね。そんなにロマンティックなストーリーはないんだ(笑)」
だとしたら、子供の頃、父親が聴いていた音楽を無意識に吸収していたのか、それとも遺伝レヴェルで音楽的な感性を受け継いだのか。カクトゥスが直接的な影響を否定しても、2016年にリリースされたフファヌのデビュー・アルバム『A Few More Days To Go』には、ポスト・パンクに通じるダークでサイケデリックなムードが漂っていて、そのサウンドはジョイ・デイヴィジョンを引き合いに出されたりもした。
ニック・ジナーも貢献、独自の美意識とスタイル手に入れた新作
その後、新メンバーとしてドラマーのアーリング・バングが加入。バンドとしてパワーアップした彼らが作り上げた最新作が『Sports』だ。
今回、プロデュースを担当したのはヤー・ヤー・ヤーズのギタリスト、ニック・ジナー。ジナーはフファヌがファースト・アルバムからシングルカットした“Ballerina In The Rain”のプロデュースを手掛けていて、その仕上がりを気に入ったバンドがジナーとのさらなるコラボレートを求めたらしい。その判断は間違っていなかったようで、ジナーのサポートを得てサウンドは整理され、混沌とした熱気が渦巻いていた前作に比べると、今作のサウンド・プロダクションは緻密に構築されている。彼らの出発点であるテクノの要素が前作以上に反映されているのは、彼らの自信の現れだろう。エレクトロニックな音色はバンド・サウンドとしっかりと融合。ダンサブルなビートには肉体的なグルーヴが息づいていて、その生々しいエレクトロ感はジャーマン・ニューウェイヴに通じるところもある。
また、ノイジーだったギターはメロディーを奏でるようになり、カクトゥスのヴォーカリストとしての表現力が増したのも新しい魅力のひとつ。ビートや音作りに感じる洗練されたタッチからは、前作のポスト・パンク的なサウンドから彼らが一歩踏み出したことが伝わってくる。ちなみに『Sports』というタイトルは、「音楽をすることが我々にとって運動するようなものだから」(カクトゥス)という理由でつけられたらしい。そして、ヒネくれたユーモアを感じさせるジャケットで、ドラマーのアーリング扮するスポーツ選手が槍を持っているのは、「砲丸より槍のほうがエレガントだから」だとか。確かにこのアルバムのサウンドには、彼ら独自の美意識が光っている。
また、“Tokyo”という曲名が目につくが、これはカクトゥスが東京から帰国したときのエピソードを書いた曲で、ジナーと“Ballerina In The Rain”の作業をしていたときに生まれたらしい。曲の成り立ちをカクトゥスはこう説明している。
「東京で休暇を過ごした後、アイスランドへ戻ってスタジオに直行したんだ。デモの段階で歌詞は書き上がっていなかったけど、〈Bright Future〉というフレーズが頭のなかで聞こえた。スタジオで時差の眠気と戦っているときに、僕は脳内で何度も東京へ戻ったんだ。そして、派手なネオンサイン、それでもすべてが落ち着いていて整然としている街の様子が見えた。それはまさに〈輝く未来〉。ベッドに入って眠ろうとしているうちに、時差ボケと東京での楽しい時間についての歌詞があっという間に出来上がったんだ」
それほどカクトゥスにとって東京は刺激的だったようで、バンドは「ぜひフジロックに出たい!」と熱望している。テクノ〜ポスト・パンクを通過して、ついに自分たちのスタイルを手に入れた新作を聴けば、その夢が叶う日はそう遠くない気がする。アイスランドから世界へ。『Sports』を新たなスタートラインに、フファヌは〈輝く未来〉に向けて力強い一歩を踏み出したのだ。