(左から)菅野結以、小林祐介
 

シューゲイザーとは何だったのか? どうやって生まれて、ジャンルや世代を飛び越えつつ、フィードバック・ノイズを掻き鳴らしてきたのか――〈黒田隆憲のシューゲイザー講座〉では、ジャンルの形成から音楽的背景、シーンへの影響から代表的バンドの歩みまで解説してきた。スロウダイヴとライドの約20年ぶり新作リリースで活気づく2017年=シューゲイザー・イヤーの新たな入口として、およそ1か月に渡って展開してきた短期集中連載もこれで本当にラスト。この特別編では、シューゲイザーに深く心酔しているふたりにご登場いただいた。

ひとりは、アパレル・ブランドのデザイナーからラジオ・パーソナリティーまで、幅広い活躍を見せるファッション・モデルの菅野結以。もうひとりは、轟音を奏でるオルタナ・バンドとして、シューゲイザーの影響も色濃いTHE NOVEMBERSの小林祐介。この同世代である両者と、〈シューゲイザー先生〉こと黒田隆憲(司会・構成を兼任)による鼎談を、東京・銀座にあるBar十誡にて実施。シューゲイザーの名盤を手に取りながら、各々のエピソードや思い入れ、〈人生を狂わされた〉経緯を語ってもらった。 *Mikiki編集部

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シューゲイザーが〈言葉〉ではなく〈音〉で伝えた価値観

――まずは、シューゲイザーにハマったきっかけから語り合いましょうか。僕は、大学に入学したのが88年だから、モロにリアルタイム世代なんですけど。当時読んでたMIX(のちのREMIX)という音楽雑誌で、ライターの桜井通開さんがとにかくマイ・ブラッディ・ヴァレンタインを激推ししてて。〈そんなに言うなら〉と思って買ってみたのが『Isn't Anything』(88年)でした。最初は正直、よくわからなかったですね。今まで聴いたことのなかったサウンドだし。でも、コードとメロディーがものすごく浮遊感があって心地よくて、何度も繰り返し聴いているうちに、いつの間にかハマってました。そのあと、すぐに『Glider EP』(90年)が出て、収録曲の“Soon”に衝撃を受けて。そこから『Loveless』(91年)が出るまで待ち遠しくて、毎週のように西新宿のレコード屋に通っていました。お2人にとってシューゲイザーは、年齢的にも後追いですよね?

小林祐介(THE NOVEMBERS)「僕は完全に後追いです。高校の頃に80年代の海外の音楽にのめり込んで。最初に聴いたのがポスト・パンクやニューウェイヴといったあたり。そこから時系列を追って聴いていった時に、90年代には〈シューゲイザー〉という概念が存在することを知って。それとほぼ同時にマイブラの『Loveless』を聴いたのがきっかけですね。80年代の音楽、例えばコクトー・ツインズやキュアーには、それまで自分が好きだったL'Arc~en~Cielのルーツというか、どこか聴いたことのある感じというのがあったんだけど、マイブラは今まで聴いたことのない音楽で。〈発明のようなサウンド〉だなと、洗礼を受けた感じでした」

菅野結以「私は小学6年生の時に、姉に連れられてよく知らないライヴに行ったら、SEでマイブラの“Only Shallow”が流れてきたんです。その曲を聴いて本当に雷が落ちたような衝撃を受けて、一発で惚れてしまったんですよね。もうライヴ中もずっと、〈あの音楽は何だったんだろう。早く帰って調べたい!〉って(笑)。それで、音楽雑誌などで必死に調べて、〈これだ!〉って見つけたのが『Loveless』だったんです」

――よく見つけましたね(笑)! 

菅野「あの日あの時あの場所で、“Only Shallow”を聴いたことによって、本当に人生が狂いましたね。小学校で〈マイブラが……〉なんて言っても、誰とも話が合わないじゃないですか。〈自分がいいと思うものが、人とは違うんだ〉っていう、価値観の違いを決定づけられてしまったというか」

マイブラ『Loveless』収録曲“Only Shallow”
 

――しかし小学生の菅野さんにとって、マイブラの何がそんなに衝撃的だったんでしょう。

菅野「音楽的に正しくないし、欠けているし歪んでるバンドだと思うんですけど、〈それでいいんだ〉っていうふうに、自分のことも全肯定してくれた気がしたんですよね。私は小学生の頃、世の中で〈正しい〉とされているものに対して、〈そうは思えない〉っていうことがたくさんあったんですよ。でも、それを言っても誰にも共感してもらえなくて。例えば、〈子供は髪を染めてはいけない〉とか、中学校に入ると〈スカート丈はひざ下まで〉とか、意味がわからなかったんです。〈なんでダメなの?〉って先生に訊いても、〈ルールだから〉と言われるし。そういう誰が決めたかもわからないルールに従って、全員をまったく同じ無個性にさせているのって、すごく怖いことだなと思っていました。で、そういう〈よくわからないけど正しい〉とされているものを、マイブラがぶち壊してくれたというか。自分は正しくないし、均等じゃないし、歪んでいるかもしれないけど、このまま生きていいんだ、生きていこうって思えたのは、音楽のおかげだったんです」

小林「そこまで思えたのが、歌詞のメッセージではなくてサウンドだというのもマイブラの凄いところだよね」

菅野「ああ、確かに!」

――90年に湾岸戦争が始まって、メッセージ性の強いものが音楽だけでなく映画でも多くなっていたし、もちろんその前から〈ロックと政治は切り離せないもの〉とされることが多かったですよね。でもシューゲイザーって、そういったメッセージ性が皆無というか。当時のライドのインタヴューとか読んでも、結構モラトリアムなことばかり言って、年配の音楽評論家をイラつかせたりしていて(笑)。音そのものを、そのまま伝えることを〈信条〉としているバンドがシューゲイザーには多かったんですよね。

菅野「私、シューゲイザーって抽象画みたいだなって思っていて。子供の頃、絵を描くのが好きで絵画教室に通っていたんですけど、抽象画しか描けなかったんです(笑)。写実が本当に嫌いで、そこにあるものを、そのまま描く意味がわからなかった。〈そこにあるんだから、自分が描く必要ないし、それを越えられなくない?〉って。でも抽象画は、頭の中にある世界をいくらでも自由に、自分の好きな色を使って、好きな形に描けちゃうことが本当に面白くて。シューゲイザーのフィードバック・ノイズも、そういうものだなって思うんです」

――よくわかります。僕もマイブラを初めて聴いた時は、マーク・ロスコの作品を思い浮かべましたし、あの輪郭がにじんで全てが一体となってグラデーションがかかっていく感じは、『Loveless』の音像とも通じるものがありますし。シューゲイザーと呼ばれるバンドのアートワークも、ロスコっぽいのが多い気がする。 

 

(左から)黒田隆憲、菅野結以、小林祐介
 

うるさいはずなのに安らぎを覚える〈現象〉

――マイブラのライヴは観に行きました?

菅野「はい。初めて観たのは2013年、新木場STUDIO COASTでの単独ライヴでした。もう、すごかったですよね。私は〈胎内回帰〉を覚えました。お母さんのお腹の中にいた時のような安心感というか。あんなにもノイジーなのに、すごく安らぎがあって。〈肌に合う〉ってこういうことかなって思うし、ずっとこの音の中に埋もれていたいという気持ちにもなりました」

――それを聞いて思い出したんですけど、僕は(共同監修した)「シューゲイザー・ディスク・ガイド」の中で、アストロブライトの『Whitenoisesuperstar』について、〈爆音でその中にひたっていると、何故だか心が落ち着いてくる。我々が羊水の中にいるときは、きっとこんな気持ちだったのかもしれない〉って書いたんですよ(笑)。あのアルバムは(マイブラの)“You Made Me Realise”のノイズピットを延々と引き延ばしているみたいで最高なんです。

アストロブライトの2007年作『Whitenoisesuperstar』
 

菅野「不思議な現象ですよね。うるさいはずなのに安らぎを覚えるって。でも、そういう正反対の要素が入っているところとか、自分の作品にも影響を及ぼしているのかもしれません。今、私は『Crayme,』というブランドをプロデュースしているんですけど、そこでのコンセプトは〈相反するものの共存〉なんです」

――小林さんとは、(2013年の)国際フォーラムのライヴの後で〈マイブラ来日レポート対談〉をしましたよね(ele-kingに掲載)。

小林「あのライヴの衝撃はトラウマ・レヴェルでした。帰りの電車は乗り継ぎが3回あったんですけど、全部乗り過ごしてしまって(笑)。自分自身もTHE NOVEMBERSという〈轟音を出すバンド〉の一員であって、そこでのマイブラとの距離感なんかもある程度は掴めているつもりでいたんですけど、実際に目の前で鳴らされている音を浴びたらもう……すべてぶち壊されたというか。自分でも気づかないうちに凝り固まっていた考え方みたいなものを、もう一度振り返るきっかけを与えてもらったと思いましたね」

――THE NOVEMBERSも、マイブラやライドのカヴァーをライヴで披露しているじゃないですか。音の再現って、どうしてます? 

小林「さっき結以ちゃんが言ったように、マイブラは〈現象〉だという気がしていて。〈ドレミ以外の部分がいかに大事か?〉っていう。そういう意味で言ったら、マイブラがやっていることをそのままなぞって再現しても、〈現象〉にはならないんじゃないかと思うんですよね。だから、自分なりのマイブラの解釈を、どうやったら〈現象〉にまで持っていけるかを考えながらカヴァーしました。そういえば、(黒田が行った)ライドの新作『Weather Diaries』にまつわるインタヴューを読ませてもらいましたけど、プロデューサー(のエロール・アルカン)から〈天気を演奏してくれ〉って言われたそうですよね。それってすごくわかるんです。突拍子もないことを言っているようで、実は核心を突いているというか。〈天気という“現象”を、ここで起こしてくれ〉っていう意味ですよね? それってマイブラが〈現象〉を起こしていたのと同じなのかなって」

――確かに。それは、菅野さんがマイブラに抽象画を感じたのとも通じますよね。ただ同じ機材を使って、同じ奏法で再現しても、それは〈写実〉の域を出ないし、本物を超えることはできない。

菅野「そうですよね」

THE NOVEMBERSのライヴ映像作品『11th Anniversary FILM「美しい日」』に収録された“こわれる”
 

――ところで、今年3月にシューゲイザーをテーマにしたDJイヴェント〈 [coming soon…] #1 〉を開催して、菅野さんと小林さんにも出演してもらったんですよね。僕はそのとき、リンゴ・デススター“Guilt”、シーサーファー“Too Late For Goodbye”といった比較的新しめの曲を中心にかけたんですけど、お2人は?

菅野「小林くんの選曲はだいぶ攻めてたよね(笑)?」

小林「あの日は、正統派ではライドとアリエルを流して、あとは裸のラリーズとBOOM BOOM SATELLITES、Sugar Plant、それからMy Little Lover。それと、女性ヴォーカルつながりとかで小ネタもちょこちょこと(笑)。もちろん、音楽的な文脈とかも意識してセレクトしているんですけど、半分は〈遊び〉みたいなところもあって。シューゲイザー縛りだと、あまりにも正統派すぎると他のDJの方と被りまくってしまう可能性もあるじゃないですか(笑)。特に僕は後ろの方だったので、スロウダイヴの“Alison”みたいな定番はだいたい先に流されてしまうと思って」

菅野「わかる(笑)!」

小林「それで、あえてちょっと外した切り口で選んでみたんです。My Little Loverは通称〈マイラバ〉じゃないですか。マイブラの話をすると〈え、マイラバじゃなくて?〉ってよく言われたんですよ(笑)。そのことを思い出してセレクトしたんですけど、“YES〜free flower〜”という曲はギターのサウンドメイキングとか、女性ヴォーカルの浮遊感が、ちょっとシューゲイザーとも通じるところもあって。しかも、あの曲は今聴いても古びていないんですよね」

My Little Lover が96年に発表したシングル“YES〜free flower〜”
 

菅野「My Little Loverをかけていたのには、そんな文脈があったのか(笑)! 私は今回初めてDJに挑戦したんですけど、好きなシューゲイザー・バンドのなかから〈超定番ではない〉曲を選びました。マイブラのこと大好き過ぎて、マイブラになろうとした愛おしい2人組のフリーティング・ジョイズに(笑)、あとはコクトー・ツインズやブロンド・レッドヘッドとか。最後にイェスーをかけたら、いろんなところで反響をいただきましたね」

 

――菅野さんのなかで、コクトー・ツインズはどんな存在なんですか?

菅野「エリザベス・フレイザーの歌声は、シューゲイザー・シーンの一つの象徴というか。大きなアイコンだと思っています。幽玄さと破壊的な狂気を併せ持っている人だし、それを歌声で表現できる人で。もし、雲の上で鳴っている音楽があるとしたら、あんなサウンドなんじゃないかなって思います」

コクトー・ツインズの83年作『Head Over Heels』収録曲“Sugar Hiccup”