かつてのマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン再始動に迫る勢いで、スロウダイヴとライドが5~6月に新作を控えるなど活況を呈する2017年において、シューゲイザーの魅力を次の世代に伝えるための短期集中連載〈黒田隆憲のシューゲイザー講座〉。ジャンルの成り立ちと代表的バンドを紹介した前回(かなりの大反響!)に続いて、この第2回では音楽的なルーツを紐解いていく。あの洪水を思わせるギター・ノイズや、穏やかな浮遊感はどのようにして生まれたのか? 「シューゲイザー・ディスク・ガイド」で共同監修を務めた音楽ライターの黒田隆憲氏に、特徴的な機材やエフェクターの使い方、ルーツとなった先人からの影響をわかりやすく解説してもらった。 *Mikiki編集部
エフェクターとギターを駆使した、美しい轟音の作り方
シューゲイザーの定義は非常に曖昧で、一般的には〈エフェクターによって極端に歪ませたギターやフィードバック・ノイズを、ポップで甘いメロディーに重ねた浮遊感のあるサウンド〉とされていることは、前回説明しました。では、そのサウンドはどのようにして生み出されるのでしょうか。
シューゲイザーの代表格であるマイ・ブラッディ・ヴァレンタインの司令塔、ケヴィン・シールズは夥しい数のペダル・エフェクターを足元に並べ、それを踏み替えることによってあの革新的なサウンドを奏でているのですが、核となるのは〈リヴァース・リヴァーブ〉と呼ばれるエフェクトと、〈トレモロアーム〉と呼ばれる奏法、そしてファズやディストーションなど歪み系のエフェクターです。
〈リヴァース・リヴァーブ〉は、リヴァーブ(残響音)を逆回転させたような不思議な効果を生み出すエフェクターのことで、ヤマハSPX900やREX 50など、90年代当時は限られた機材にしか搭載されていませんでした。これを、エレクトロハーモニクスBig MuffやマーシャルShedmasterなどで歪ませたギターに通し、トレモロアームを握ったままコードをかき鳴らす〈トレモロアーム奏法〉を行うことで、“To Here Knows When”や“Soon”などで聴ける、まるで時空がグニャリと捩れたようなサウンドを生み出しているのです。ちなみに、ケヴィンやビリンダ・ブッチャー※が使用している、マイブラのトレードマークとも言えるギターは、フェンダーのJazzmasterとJaguarです。
※マイブラのギター/ヴォーカル担当。シューゲイザーを代表する女性アイコンとして知られ、ビリンダ・ブッチャーズという彼女の名前を拝借したUSインディー・バンドも存在するほど
ライドの場合は、歪み系エフェクターの他にトレモロやレスリー・スピーカー(ハモンドオルガンなどに用いられたアンプ内蔵のスピーカー・ユニット)、ワウなどをギターに通す〈王道〉のギター・サウンド。それを爆音で幾重にも重ねることで、オリジナルなサウンドを生み出していました。また、ラッシュやスロウダイヴ、チャプターハウスといったコクトー・ツインズの影響を受けたバンドは、コーラスやフェイザーといったモジュレーション系(揺らし系)のエフェクターを多用していました。
シューゲイザーのプロトタイプとなった偉大なる2組
次に、そんなシューゲイザーの〈ルーツ〉と言われるバンドを紹介していきましょう。
最大のルーツといえば、ジーザス&メリー・チェインとコクトー・ツインズが挙げられるでしょう。ジムとウィリアムのリード兄弟により、80年代にスコットランドはグラスゴーにて結成されたジザメリは、〈フィードバック・ノイズ+ビーチ・ボーイズ〉という、コロンブスの卵のような発想で生まれたサウンドを鳴らし、当時のギター・バンドたちに多大なる影響を与えました。
ロビン・ガスリー※とエリザベス・フレイザーを中心に、スコットランドはグランジマスにて結成されたコクトー・ツインズは、上で述べたように揺らし系のエフェクターを用いた耽美なギター・サウンドと、この世のものとは思えぬエリザベスの美しい歌声が特徴です。ジザメリとコクトー・ツインズは共に、シューゲイザーが登場した80年代後半~90年代前半は現役で活躍しており、お互いに影響を与え合いながら新たなサウンドを確立していきました。また、コクトー・ツインズにも影響を与えた、キュアーやエコー&ザ・バニーメンなどポスト・パンク~ネオ・サイケのサウンドも、シューゲイザーのルーツと言えるでしょう。
※ラッシュの初期作やチャプターハウス“Pearl”(スロウダイヴのレイチェル・ゴスウェルが参加)などのプロデュース、ライドのマーク・ガードナーとはコラボ作『Universal Road』(2015年)を発表するなど、シューゲイザー人脈との繋がりも強い
メロディーとアンサンブル、美意識にヒントを与えた先人たち
マイブラに特に影響を与えたのは、ソニック・ユースやダイナソーJrらUSのオルタナティヴ・ロック。実は、ケヴィンは揺らし系のエフェクターをあまり使わず、ドライなギター・サウンドを好んで用いているのですが、これはサーストン・ムーアやJ・マスキスの影響だと言われています。
それをさらに遡ると、60年代に登場したヴェルヴェット・アンダーグラウンドに辿り着きます。フィードバック・ノイズを多用したサウンドに、ポップなメロディーを溶けこませたスタイル、ポップ・アートの旗手ことアンディ・ウォーホルのプロデュースによる、女優/ファッション・モデルのニコを前面にフィーチャーしたイメージ戦略、強烈なストロボとスライド・ショーを駆使したステージングのいずれも、マイブラや他のシューゲイザー・バンドに計り知れないほどの影響を与えました。
70年代半ば、シンプルなコード進行とキャッチーなメロディーで、NYのパンク・シーンを牽引したラモーンズもシューゲイザー史における先人と言えるでしょう。ケヴィン・シールズは、ラモーンズのジョニー・ラモーンとザ・フーのピート・タウンゼントを自身のギター・ヒーローとして挙げています。コード・カッティングやリフ中心のギター・アンサンブルと、シンプルでわかりやすいメロディーの組み合わせは、パステルズ※やヴァセリンズなど〈アノラック〉と呼ばれたバンドを経由し、初期のマイブラやライドらに受け継がれていったのです。
※パステルズが97年作『Illumination』の翌年に発表した同作のリミックス集『Illuminati』で、マイブラは“Magic Nights”と“Cycle”の2曲を提供
そう、ポップなメロディーも、シューゲイザー・サウンドの重要な要素です。特に60年代ロック/ポップスからの影響は大きく、例えばライドやリヴォルヴァー、チャプターハウスといったバンドが持つ美しいメロディー&コーラス・ワークは、ビートルズやバーズを彷彿とさせるものでした。
さらに、ギターを幾重にもレイヤーさせた〈音の壁〉のようなシューゲイズ・サウンドは、60~70年代に活躍したプロデューサー、フィル・スペクターによる〈ウォール・オブ・サウンド〉と比較されることがしばしばあります。複数のドラムやギター、ピアノをスタジオに集め、一度に演奏させることで生み出されるウォール・オブ・サウンドは、ビーチ・ボーイズ『Pet Sounds』(66年)や、大瀧詠一『A LONG VACATION』(81年)といった名盤への影響でも知られますが、ケヴィン・シールズも大いにインスパイアされたそうです。
このようなルーツを持ったシューゲイザーのバンドたちは、その後の音楽シーンにどのような影響を与えてきたのでしょうか? 次回は〈シューゲイザーの遺伝子が後世にもたらしたもの〉を紹介していきます。
今回のシューゲイザー講座をまとめてチェック
音楽的ルーツと名カヴァーをプレイリストで復習しよう!