シューゲイザーの魅力を改めて伝えるための短期集中連載〈黒田隆憲のシューゲイザー講座〉。ジャンルの成り立ちと90年代の代表的バンドを紹介した第1回、音楽的ルーツを掘り下げた第2回に引き続き、この第3回ではシューゲイザーの遺伝子が21世紀以降のシーンに与えた影響を検証していく。2010年の名著「シューゲイザー・ディスク・ガイド」の帯に、ART-SCHOOL の木下理樹が〈“シューゲイザー”はジャンルや世代を超えた。〉という秀逸な推薦コメントを寄せてから早7年。ここでは百花繚乱の次世代バンドを約2,500字の読みやすいヴォリュームで総括しつつ、恒例のプレイリストでは全45曲211分もの人気ナンバーをセレクト。ジャンルの拡張ぶりと鳴り止まないフィードバック・ノイズを、自分の目と耳で体感してほしい。
ちなみに、今回のキーパーソンの一組であるスロウダイヴの22年ぶりとなる新作『Slowdive』がいよいよ5月5日(金・祝)にリリースされる。この連載を愛読されている方なら、問答無用でマストの一枚。ゴールデンウィークのお供にもぜひ! *Mikiki編集部
欧米に広がったシューゲイザーの求心力、エレクトロニカ~IDMへの影響
90年代のオリジナル・シューゲイザーは92年頃から急激に失速し、イギリスではオアシスやブラーらブリットポップ勢が台頭すると、〈シューゲイザー〉という言葉自体がほとんど死語と化してしまいます。ただ、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインと彼らの2作目『Loveless』だけは、ときどき思い出したように名前が浮上していました。〈マイブラ本体の再始動〉というガセネタもそうですが、CDショップへ行くと〈マイブラ直系のフィードバック・ノイズ〉とか、〈『Loveless』の浮遊感を持つサウンド〉といったフレーズが、たびたび店頭POPの上を漂っていました。そう、マイブラの放った唯一無二のサウンドを、再び求める中毒者たちが後を絶たなかったのです。
それは作り手側も同じで、マイブラのサウンドを研究し、自分たちのオリジナルなサウンドとして鳴らすバンドが、少しずつですが確実に水面下で誕生していました。例えばアメリカからは、オール・ナチュラル・レモン&ライム・フレイヴァーズやアストロブライト、スワイリーズといったバンドが90年代前半に登場し、しばしばマイブラと比較されるサウンドを鳴らしていましたし、ドイツでは、90年代の終わりにマロリーやモノランドが産声を上げ、〈ドイツからのマイブラへの回答〉などと囁かれました。本国イギリスよりもむしろ、それ以外の国のほうがシューゲイザーへの幻想を抱きやすかったのでしょう。
ドイツといえば、エレクトロニカ〜IDM系レーベル、モール・ミュージックの功績を忘れるわけにはいきません。2002年にリリースされた『Blue Skied An' Clear A Morr Music Compilation』は、スロウダイヴの楽曲をウルリッヒ・シュナウスやマニュアル、ギター、ラリ・プナ、ムームらがカヴァーした愛情あふれるトリビュート作品。ギターを幾重にもレイヤーしていくシューゲイザー・サウンドと、エレクトロニカ~IDMの音響設計との親和性の高さを証明してみせた本作が、シューゲイザー再評価の流れに拍車をかけたのは間違いないでしょう。
ロック・シーンで辛酸を舐めている間にも、エレクトロニカ~IDMシーンにおいて〈手法としてのシューゲイザー〉はさらに拡散していきます。ボーズ・オブ・カナダが97年にリリースした『Music Has The Right To Children』を初めて聴いた時は、〈これってマイブラの“Instrumental No 2”※みたいじゃん!〉と激しく興奮したのを覚えていますし、プレフューズ73~サヴァス&サヴァラスのスコット・ヘレンが、「僕のコーラス・ワークはシューゲイザーからの影響も大きい」と発言しているのを見かけ、思わず膝を打ったこともありました。
※88年作『Isn't Anything』リリース時に少数プレスされた7インチ『Instrumental』が初出。パブリック・エネミーの“Security Of the First World”をサンプリングしたナンバーで、後の名曲“Soon”に連なるマイブラ的ダンス・ミュージック志向が顕著な一曲。現在は2012年の編集盤『EP's 1988–1991』で聴くことができる
以降も〈シューゲイズ・テクノ〉と呼ばれたフィールドや、ブレイクビーツとノイズ・ギターを融合させたイパ、アンドリュー・ウェザオールがプロデュースして話題となったファック・ボタンズ、フランスのアンソニー・ゴンザレスによるソロ・プロジェクトのM83など、〈エレクトロ・シューゲイズ〉とも言えるサウンドを鳴らすバンド/ユニットが、次々とシーンを騒がせました。
美しい轟音がポスト・ロックやブラックメタルに与えたヒント
エレクトロニカ~IDMとは違った角度からシューゲイザーに光を当てたのは、〈ポスト・ロック〉と呼ばれたバンドたちです。代表格はもちろん、グラスゴー出身のモグワイ。美しい静寂と凄まじい轟音を行き来するダイナミックな演奏を2003年の〈フジロック〉で初めて苗場で浴びた時は、〈マイブラのノイズを超えるバンドがついに現れた!〉と心の中で絶叫しました。他にも、65デイズオブスタティックやサクソン・ショア、エクスプロージョン・イン・ザ・スカイ、ゴッドスピード・ユー!ブラック・エンペラーなど、インストゥルメンタルを主体とした彼らの楽曲には、シューゲイザー(とりわけマイブラ)の影響を感じます。
モグワイがファースト・アルバム『Young Team』をリリースした97年には、アイスランドの首都レイキャヴィクにてシガー・ロスも『Von』でアルバム・デビューを飾っています。ヨンシーのハイトーン・ヴォイスと、ホープランド語なる言語で歌われる不思議なメロディー、そしてボウイング奏法による美しくも荘厳なギター。それらが混じり合い、天から降り注いでくるようなサウンドスケープは、シューゲイザーのそれとどこかしら共鳴するものがあります。また、北欧からは他に、上述したムームやスウェーデン出身のレディオ・デプト、ノルウェー出身のセレナ・マニッシュなど、そのサウンドに「シューゲイザーの遺伝子」を宿したバンドを多く輩出しています。
一方、シューゲイザーやポスト・ロックの要素とブラックメタルを組み合わせることで、〈ブラックゲイズ〉などと呼ばれるバンドも2000年当時に出てきました。フランス出身のアルセスト、ノルウェー出身のウルヴェル、アメリカのアガロクなどがその代表格。この流れでは、最近だと2010年に結成されたデフヘヴンも大きな注目を集めています。
USインディー・ロックを盛り立て、世界中で花開いたシューゲイザーの新世代
さて、2000年代後半になってくると、USインディー・ロック界からもシューゲイザーに影響を受けたバンドが次々と台頭してきました。フリーティング・ジョイズやリンゴ・デススター、ペインズ・オブ・ビーイング・ピュア・アット・ハートのような正統派に、スクール・オブ・セヴン・ベルズやアソビ・セクス、ブロンド・レッドヘッドのような耽美系、あるいはディアハンターやア・プレイス・トゥ・ベリー・ストレンジャーズ、ダイヴらサイケ寄りのバンドにも〈シューゲイザーの遺伝子〉を感じます。
以上、駆け足で紹介してきました。いっときは落ち着きを見せていた新世代シューゲイザーですが、最近また盛り上がりつつあるようです。アメリカ勢はハイ・ヴァイオレッツやジャパニーズ・ブレックファスト、その名もスターゲイザー・リリーズあたりが注目株で、他にもロシア出身のピンクシャイニーウルトラブラスト、スペイン出身のリンダ・ギララ、ドイツ出身のシーサーファーなどもオススメ。もはや一ジャンルではなく〈概念〉となったシューゲイザーは、今後もますます増え続けていくことでしょう。
今回のシューゲイザー講座をまとめてチェック
ジャンル/世代を超えて拡散した遺伝子をプレイリストで復習しよう!