
波多野裕文が吉田ヨウヘイに教えた、〈向上心があるのにやらない〉という手
――いまの話でいうと、『ar』はYYGがバンドのロマンを取り戻していく過程が詰まっているようにも感じられたんですよね。
吉田「今回は最初、とにかくいろいろ試したんですよ。ドラマーも(脱退して)いなくなってしまったので、サポートの人に譜面を渡して叩いてもらうのか、もしくは打ち込みを使うのか、どうしようねと話していて。それで今年の冬に、自分たちでトラックを作れるようになろうと、2人でシェア・スペースみたいなところに行って、PCを並べながら8時間くらい打ち込みするのを、週2で2か月続けてみたんですよ。それで、〈これは結構いいのができたぞ〉と思ったんですけど、TAMTAMが6月に出したミックステープ(『EASYTRAVELERS mixtape』)を聴いたら、音がもう全然違うんですよ」
――TAMTAMはレコーディングのセンスに関して、最近ちょっと別格になりつつありますよね。
吉田「日本でもこんな音が録れるんだなって。それに比べると、俺たちの音は超ショボくて(苦笑)。打ち込みとかを、作品に正面から取り入れるくらい本格的にはやったことがなかったので、何もわかってなかったんですよね。そこから迷いだしたんですけど、6月の頭くらいに、波多野さんからマリア・シュナイダー・オーケストラのライヴに誘ってもらったんです」
小西「うわ、いいなー」
吉田「そのライヴを観終わったあと、2人で呑みに行って。そこで言われたのが、ピープルは弦や管楽器を一切入れないようにしている、ということ。自分で弾けるものしか入れないようにしているから、キーボードもようやく最近になって使うようになったとか。その話を聞いて思ったんですよ。いろいろ音楽的な新しい刺激を受けても、それをそのままは取り入れない、向上心があるのにやらないという手もあるんだなって」
――というと?
吉田「ずっと音楽的に成長したいと思ってきたから、自分がシンセや弦をカッコイイと思ったら、何が何でもやらなくちゃいけないと思い込んでいたんです。でも、普段はギターやバンドの演奏についてばかり考えているのに、そこまでの執念を注いでこなかったものにいきなり挑もうとするなんて、そもそもおかしな話じゃないですか。だから、冷静に考え直したんです。もっと普段、自分たちががんばっていることに目を向けて、それを軸に組み立てていこうと」
――波多野さんがそんなヒントを与えていたんですね。
波多野「確かに、そういう話はしましたね。ピープルの場合は、メンバーの3人以外の音はアルバムのなかで鳴らさないようにしているんです。というのは、頭のなかでは弦や管、ほかにもいろんな音が鳴っているんだけど、それを使わない代わりに、自分たちの使えるカードのなかでどうするのか苦心する過程がとても重要なんですよね。だからあえて、そういう……」
小西「縛りを設けているんですよね。そういう制限って、何かものを作るときには必要な気がします。全部アリにしちゃうと、キリがなくなっちゃって。さっきヨウヘイさんが言ってたような沼に入りがちじゃないですか」

小田「以前、ピープルのライヴを観させていただいたときに、たった3人とは思えないサウンドを奏でていたから驚いたんですよね。それができるのも、常にバックグラウンドで何かを感じながら演奏しているからだろうなと。私が一緒に演奏している津軽三味線の高橋竹山さんは、今までずっとピンで全国を回ってこられたんですけど、〈自分の後ろに聴こえている何かを、お客さんに感じさせられるのが大事だ〉と話していて。ピープルが3人だけで豊かなサウンドを奏でられるのも、そういう話と関係しているのかなと」
波多野「今の話、本当に嬉しいですね。作品を重ねるごとにダビングがどんどん増えていて、実際にアルバムの音をライヴで再現するのは、もう物理的に絶対不可能なんですよ。でも案外、自分がアレンジしているぶん、根幹と奥行きを知っているから、エレキ・ギター1本に置き換えても今のところ苦情はきてないですね(笑)」
小西「きっと芯が見えているんですよね、一番重要なところが」
聴いて一日経ったあとの残像に泣いてしまう作品
――『ar』はそんなピープルの美学とも共振しつつ、いい意味でサウンドが軽くなったというか、開かれたものになった印象です。
吉田「今回は、自分で録音やミックスするのをやめたんですよ。なんとなくこれまでは、ジム・オルークやスティーヴ・アルビニみたいに、奥行きや迫力のあるドラムが好きだったけど、もっとドラムが近くで鳴っていて、それとベースやギターだけで成り立つような音像にすれば、ライヴと同じような質感で、なおかつ今っぽい音になる気がして」
――前作の“ユー・エフ・オー”におけるアルビニっぽいドラムと、『ar』のリード曲である“トーラス”を比べると一目瞭然ですよね。後者は音色もモダンで引き締まっている。
吉田「そうなんですよ。このフィーリングは打ち込みじゃなきゃ無理かなと思ったんですけど、やってみたら全然そんなことなかった」
小西「特にアルバムの前半戦は、今っぽいサウンドですよね」
吉田「今回のエンジニアは向啓介くんなんですけど、小西くんと向が一緒にライヴをしたときに、西田くんがゲストで誘われて、俺も観に行ったんですよ。そのときは彼がレコーディング・エンジニアだとは知らなかったんですよね。話していくうちに仲良くなって、それが今回お願いするきっかけになったんです」
小西「僕とは、バークリー時代の同期なんですよ。さっき話に出た人懐っこいサウンドというのには、彼の人間性も反映されているんだと思います。親身に付き合ってくれる、いいヤツだから」
――そんな小西くんは、『ar』でどの曲が好きでした?
小西「クロちゃんが歌ってる曲(“フォーチュン”)かな。僕はTAMTAMやYYGとここ1年で一気に仲良くなってきたから、アルバムの写真を眺めているような気持ちになるので。あとはインタールード系の曲(“piece 1”と“piece 2”)がたまらなく好きですね。脈絡があるようでない感じも含めて」
小田「そうそう。ストーリーのようで、そうじゃない感じ」
小西「だから、どの曲というよりもアルバムの流れが好きですね。後半戦に向かうに従って、俺の知っているYYGが戻ってきた感じもするし。どこかホームに還っていくような感じがサウンドスケープとしてもあって、アルバム全体でヘビロテしています」
西田「その感想はいちばん嬉しいですね。吉田さんも一緒だと思うけど、今回はアルバム全体に自信があるので」
小田「それに、『ar』には〈残像〉を感じるんですよね。感動して泣くというエモい感じではなくて、どこか距離を置いた感じがして、それが浮遊感になっているというか。それでアルバムを聴いてから1日経ったあとに、残像が訪れてちょっと泣いちゃうみたいな。自分のなかにふわっと残るものが、いろんな曲にある気がします」

吉田「波多野さんがメールで送ってくれた感想とも近いですね」
波多野「最初は、玄関から先に入れてくれない感じがしたんですよ。〈感動しろ〉みたいな意図が透けて見えるわけでもないし、かといって突き放されているわけでもないし。そこから次第に、その謎が楽しくなってきて。そうやって何度も聴くうちに好きになっちゃう」
〈情熱〉で繋がる3組
――以前、クラクラのインタヴューのなかで、ライターの松永良平さんがYYGや森は生きているについて、〈(以前だと)本当に彼らがやりたいことはロックのフィールドではあまり理解されていない感じもあって、ちょっと孤独にも見えていたんですよね〉と書いていたじゃないですか。今回こうやって話していると、ジャンルや世代を超えた、これまでと少し違う連帯の形ができつつあるのかなという気がして。
西田「うん、そう思いますよ」
――それって、どの部分で繋がっているんですかね?
波多野「〈情熱〉じゃないですか」
一同「(深く頷く)」
西田「孤独に見えていたとしたら、それは結局僕らの力不足だったと思うんですよ。でも、今は岡田(拓郎)にせよ、俺たちにせよ新しい仲間もできているし、その繋がりは拡がっていて。何かすごくワクワクするものをみんなで温めているような感覚がある。あと思うのは、SpotifyやApple Musicで好きな音楽から辿って数珠繋ぎしていくリスナーは多いと思うんですけど、YYGで検索しても、ピープルやクラクラはオススメに出てこないんじゃないかなって」
波多野「そうそう、それはすごく思う(笑)」
西田「だからきっと、可視化できないもので繋がっている気がするんですよね。さっき波多野さんが言ってくれたように、〈情熱〉を共有しているグループが集まっているんだと思う」
波多野「ピープルはこのなかでいうと短くないキャリアを積んできたと思うんですけど、その都度自分が何をしたいのかを突き詰めていくことが、ドンドン楽しくなってきているんですよね。もっとそういうシンプルで根源的なところに原点回帰している感じがピープルではしていて。そこがこの2組とクロスしたんじゃないかな」
吉田「ピープルが来年1月に出す新作も聴かせてもらったんですけど、これがまた凄いですよ(笑)。まったく枯れてない」
――今日のお話を聞くかぎり、12月20日はとんでもない対バンになりそうですね。
小西「きっと、3バンドがみんな殺しにかかるからね」
西田「俺たちもそうだけど、波多野さんも絶対にそう思っているよね。何度もピープルのライヴを観てきたけど、あんなにすさまじい演奏をする人たちがただ朗らかに飛び込んでくるはずがないだろうし」
波多野「まあ僕は、ある側面では音楽って勝ち負けかなと思っていますよ(笑)」

Live Information
〈吉田ヨウヘイgroup 4th Album 『ar』Release Event〉
2017年12月20日(水)東京・渋谷WWW X
出演:吉田ヨウヘイgroup/CRCK/LCKS /People In The Box
開場/開演 18:00/19:00
前売り/当日 ¥3,300/¥3,800(いずれもドリンク代別)
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