作曲者直々の依頼でアレンジした「ラ・マンチャの男」に聴くピアニストとしての才能
ブラジル出身在NYの音楽家であるイリアーヌ・イリアスの新作は、その表題が示すように、著名ミュージカル「ラ・マンチャの男」を取り上げたパッションと優美さを兼ね備えたピアノ・アルバムだ。実は、同作の録音は95年。そのフレッシュな聞き味は優れた音楽家は自在の時間の旅人であるとも思わせる。
「『ラ・マンチャの男』の作曲者であるミッチ・リー(1928~2014年)からの依頼で録った。彼はブロードウェイ版のCDを渡してくれ、うち9曲を私がアレンジしたの。それを彼はとっても気にいってくれたんだけど、ただ当時は契約問題があって、出すことができなかった。私としては、自分の知識や感情を最大限に詰め込んだという手応えがあるので、今陽の目をみるのは本当にうれしい」
どうして、畑違いの大家であるミッチ・リーは彼女にコンタクトを取ってきたのだろう。
「私の(トム・ジョビン曲集の)『風はジョビンのように』(90年)がきっかけみたい。実はあれ、日本の東芝EMI(〈サムシング・エルス〉レーベル)のために作ったアルバムだったけど(米国ではブルーノートからリリースされた)、それを気に入り、〈君印〉の『ラ・マンチャの男』にしてくれということだった。ブラジルのリズムを応用するとともに、インタルードのような部分を加えたりとか、ポジティヴにいろんな事を加えていったわ」
録音には、2つのリズム隊が使われている。
「私の選択よ。マーク・ジョンソンとサトシ・タケイシとは当時ワーキング・トリオを組んでいたし、エディ・ゴメスとジャック・ディジョネットは『風はジョビンのように』で一緒だった。だから、気心の知れた両リズム・セクションを使うことにした。そして、その両方にマノロ・バドレナに加わってもらったわ」
グラミー賞も取ったコンコードからの近2作、『メイド・イン・ブラジル』と『ダンス・オブ・タイム』では歌ってもいて、現在彼女はシンガーとしての評価が高まってもいる。だが、本作を聴くとイリアスが何より秀でたピアニストであると実感できよう。
「歌は後からついてきたもの。私はピアノという楽器にやはり一番つながりを感じるわ。そして、今はそれらが自然に一つになっているという感じよね」
ピアニストというと、旦那さんのマーク・ジョンソンとの連名でECMから出している『Swept Away』(2012年)は忘れがたいアルバムだ。
「ええ、とっても好き! あのアルバムは私にとって特別な位置にある作品よね。あれは私の心からの音を綴り出したという内容よ」