最初から〈オトナ〉だった男の〈円熟〉

オリジナル・ラブの一貫した〈オトナっぽさ〉……それは、アンファンテリブルと青年期特有のモラトリアムを隠すことのなかったフリッパーズ・ギター、ピチカート・ファイヴなどの他の渋谷系バンド/ミュージシャンとの比較なしにも、概ね共感される所だろう。初めから〈ずっと歌い継がれてきた名曲〉として“接吻”を聴く若いファン――それがリリースされた93年にはまだ生まれていないような――にとっては、もはや前提とすら言えるかも知れない。

しかし“接吻”を書いた時に27才(!)だった田島貴男のこれまでの二十余年。そこには若隠居の安定感はなく、常に新たなチャレンジを続けてきた足跡がある。

UKアシッド~クラブ・ジャズの影響色濃い『LOVE! LOVE! & LOVE!』(91年作)、『結晶』(92年作)。それをより骨太に昇華した結果ロック・バンドとしてのダイナミズムを会得した『EYES』(93年作)、『風の歌を聴け』(94年作)。ラテン、ワールド・ミュージックを取り入れた『RAINBOW RACE』(95年作)、『Desire』(96年作)。この辺りがオリジナル・ラブの一般的なイメージにいちばん近いかも知れない。

バンドからソロ・プロジェクト化した時期の『ELEVEN GRAFFITI』(97年作)、『L』(98年作)、『ビッグクランチ!』(2000年作)は、打ち込みを取り入れ、ノイジーなミクスチャー・ロックからエイフェックス・ツインばりのブレイクビーツまで飛び出す、雑食性の高いアレンジが特色だ。田島貴男のパンク/ニューウェイヴ世代ぶりを感じさせる一筋縄ではいかないポップ・センス。内省的な歌詞も含め、この時期は〈激動の青春/青年期の総決算〉を感じさせる独特なシーズンとなっている。

そして再びバンド~アコースティックに回帰した『ムーンストーン』(2002年作)、『踊る太陽』(2003年作)、『街男 街女』(2004年作)。原点であるロック/ポップスに正面から立ち返った『キングスロード』、『東京 飛行』(ともに2006年作)。そしてアルバムとしてはしばらくの時間を置いて、この辺りから現在に至る〈オトナ〉というよりは〈円熟〉という言葉の似合うモードへ。

盟友スチャダラパーとの共演作を含むエネルギッシュでありながらどこか余裕を感じさせる『白熱』(2011年作)、ふたたび打ち込みを大幅にアレンジに導入しながらも『L』の時よりもぐっと開放的な『エレクトリックセクシー』(2013年作)、Negiccoへの提供曲や“ウィスキーが、お好きでしょ”など、ポップス職人/シンガーとしての余裕、軽みを感じさせる『LOVER MAN』(2015年作)……。そして今回リリースされるのが18枚目のアルバム『bless You!』だ。

オリジナル・ラブ bless You! Victor Entertainment(2019)

オープニング“アクロバットたちよ”はTレックスを彷彿とさせるブルース/ロック。アルバム1曲目ということで“ティラノサウルス”(『ELEVEN GRAFFITI』収録曲)を思い出させるが、あの曲ではサンプル・ソース的にカリカチュアライズされていたブルース要素(おそらくはベックの影響か)も、ここでは衒うことなく真正面から演じられている。

“アクロバットたちよ”のイントロ、6thコードを奏でるギターの乾いた音も印象的だが、今回のアルバムは、ここ数年の〈ギタリストとしての田島貴男〉の充実ぶりが全体にみなぎっている。2011年から行われている弾き語りのライヴ/ツアーの様子は、『ひとりソウルショウ』(2012年作)などいくつかのライヴ・アルバムでその一端を垣間見れるが、今作の表題曲“bless You!”や“逆行”などで聴かれるギターの疾走感はライヴ/ツアーで培ったものだろう。

“グッディガール”にはラッパーのPUNPEEが参加。かつて彼が組んでいたユニット・PSGの楽曲“愛してます”ではオリジナル・ラブの“I Wish”がサンプリングされていたが、“グッディガール”ではPUNPEE、田島ともにそれについて触れる遊び心ある一幕も。

ちなみに現行ジャパニーズ・ヒップホップとの邂逅としては、PUNPEEとのコラボ以外にも、先行配信となった収録曲“ゼロセット”のPVをSpikey Johnが手掛けていることも重要だ。Spikey JohnはYENTOWNはじめJP THE WAVY、MasionDe、ちゃんみななどフレッシュなラップ・シーンのビデオを一手に引き受けている弱冠22才の映像作家。“ゼロセット”のPVは“接吻”、“朝日の当たる道”など〈あの頃のオリジナル・ラブ〉のPVの質感を現代的にアップデートした内容となっており、こちらも是非チェックして欲しい。

また既に昨年発表されていた“ハッピーバースデイソング”はトロ・イ・モアの新作とも通じるようなシンセ・ブギー。続く“疑問符”とともに、この2曲では田島のファルセット・ヴォイスを堪能できる。一般的に、年齢を重ねるごとに高音の声は出にくくなるものだが、田島に関しては94年の全編ファルセットの楽曲“It's Wonderful World”と比較しても何ら遜色のない声の張りを保っているので、シンガーとしての地力と努力は並々ならぬものだろう(田島がTwitterでもたびたび報告している毎日のチョビジョグ=短距離ランニングはパフォーマーとしての体力作りにも良い影響を与えているのかも知れない)。

アルバムの終盤に配された“いつも手をふり”はギターとハーモニカの演奏のみで淡々と歌われるカントリー風の佳曲。過去の名曲“アポトーシス”、“ビッグサンキュー”などにも連なる〈遠くに行ってしまった大切な人〉に向けたと思われる歌詞は、田島貴男個人の人生観が色濃く反映されているが、それが〈歌〉というフォーマットを通して描かれることで、普遍的なフレームとして、誰もが自分自身の人生を投影できる〈ポップスの役割〉を、これ以上ないほど全うしていると言えよう。

〈いつの日よりも 今の君が一番いとおしい〉とは、オリジナル・ラブの名曲“朝日の当たる道”の印象的な歌詞だが、常に変化と前進を続けてきたオリジナル・ラブの、そこかしこに過去の歩みを感じさせながらも、フレッシュさを失わない円熟の新作『bless You!』。これまでのファン、そして、これから過去のディスコグラフィに触れる楽しみがある幸運な若いファンに向けて、田島貴男が送るエール(bless You!)のような一枚だ。

 

●タワーレコードが取り組む大人世代の方に向けた企画〈オトナタワー〉、2月度のプッシュアーティストはオリジナル・ラブ。詳細はコチラ