タワーレコードのフリーマガジン「bounce」から、〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに、音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴っていただく連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターは渡辺祐さんです。 *Mikiki編集部

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 オリジナル・ラブといえば「接吻 kiss」であります。いや、異論もあると思いますが、ひとつに絞るとすれば、です。田島貴男さん自身も2022年にOvallを招いてセルフ・カヴァーしていますし、やはりスペシャルな一曲。そう、絞る根拠には、カヴァーの多さもあげられますね。中島美嘉さんのラヴァーズ・ロック・カヴァーが有名ですが、その他にも数多あり、しかも、田島さんよりも年かさのシンガーが多いのも特徴。ざっとウィキってみても弘田三枝子、甲斐よしひろ、大友康平、鈴木雅之、わりと直近では横山剣(クレイジーケンバンド)。以上敬称略。それぞれ個性的な歌力(うたぢから)の持ち主。腕に覚えのある方々にとって歌い甲斐のあるナンバーなのでありましょう。

 個人的には、田島さんをはじめとする丙午生まれ同い年のメンバーが集ったライヴ「ROOTS 66 DON'T TRUST OVER 40」(2006年)で、田島さんがスガシカオさんとデュエットした「接吻」は、セクシーが過ぎまして、ワタシャ腰が砕けてソファによよと泣き崩れました。たしかZepp Tokyoでしたから実際にはソファはありませんでしたが。

 いずれにしても、すでに日本のソウル・クラシックスと呼んで過言ではございません。

 さて。こういうときの「クラシックス」というのは、どれぐらいの年月を経ていればいいのでしょうか。なにせ最近は、開店20〜30年ぐらいの町中華にも「老舗」とか書いちゃってたりするからなあ。字引にあたってみれば「代々続いて同じ商売をしている格式・信用のある店」というようなことは書いてあるだろ、キミィ。誰だか知らんが。「代々続いて」が枕詞なので、「老舗ロックバンド」というのは、ほぼあり得ないということになりますね。

 とりあえず一般論ではなく、各論で考えてみましょう。「接吻 kiss」がリリースされたのは1993年11月10日。8センチ・シングル。お懐かしや短冊。折ったことがないけど、二つ折りの。いちおうこの拙稿をヤング諸君も読んでいるとして、現在30歳の方を分水嶺に「生まれる前の曲です組」と「生まれてましたけど何か?組」に分かれることになります。おお、2023年の11月で30周年じゃないですか。おめでとうございます。

 その30年前。当時の個人的体験を綴ってみましょう。「接吻」発売直前の10月28日が「ドーハの悲劇」。とほほー。11月1日に野村スワローズが日本シリーズを制す。やっほー。胴上げ投手は髙津臣吾投手(現監督)。お仕事ではTV番組から派生した雑誌「asayan」の編集で大わらわ(創刊直前)。スペースシャワーTVの番組の構成(いっぱいやってた)、FM802の番組の選曲&構成、雑誌「ROCK ‘N’ ROLL NEWSMAKER」の連載執筆。あ、忘れてはいけません。この年の3月までテレビ東京系の深夜番組「モグラネグラ」で田島貴男&松浦俊夫の両氏がMCを担当していた火曜日の構成作家だった。

 どうです? 「スペースシャワーTV」や「FM802」などを除けば、知らないことだらけでありましょう。「生まれる前の曲です組」はもちろん「生まれてましたけど何か?組(の一部)」もです。忘れちゃってる人もいますね。音は世につれ、カルチャーも世につれ。

 その頃のことを知らない世代がはっきりくっきり存在するのに、「接吻」は、まるで年齢不詳のごとく生き続け、活き続け、息を続けている。そこらあたりが「クラシックス」の入り口なのではないかと睨むわけであります。次回は「名曲」というのは、いつどこで誰が決めるのかを考えたいと思います(次回があればですが)。

 


PROFILE: 渡辺 祐
1959年神奈川県出身。編集プロダクション、ドゥ・ザ・モンキーの代表も務めるエディター。自称「街の陽気な編集者」。1980年代に雑誌「宝島」編集部を経て独立。以来、音楽、カルチャー全般を中心に守備範囲の広い編集・執筆を続けている。現在はFM局J-WAVEの土曜午前の番組『Radio DONUTS』ではナヴィゲーターも担当中。

 

〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉は「bounce」にて連載中。次回は2023年7月25日(火)から全国のタワーレコードで配布開始される「bounce vol.476」に掲載。