2016年の結成20周年を経て、EGO-WRAPPIN'から久しぶりに届けられる通算9枚目のアルバム『Dream Baby Dream』は、不思議な作品だ。真っ暗闇のようでいて、昼下がりのひと時のようでもある。古き良き時代も感じさせるし、最先端の音楽でもある。EGO-WRAPPIN'らしさは多分に含まれているのに、どこにもない音楽が成立している。
森雅樹(ギター)いわく、要は〈いろんなものをミックスさせるおもしろさ〉なのだと言う。そんな〈混じり合いの妙〉から生まれたEGO-WRAPPIN'の最新形について、森と中納良恵(ヴォーカル)に話を訊いた。 *Mikiki編集部
〈裏切ってやろう〉ではなく〈おもしろいでしょ?〉
――前作(『steal a person's heart』)から6年も経っていたとはちょっとビックリです。
中納良恵「そうやったんです」
――ベスト・アルバム(『ROUTE 20 HIT THE ROAD』)やシングル(『BRIGHT TIME』)があったのでブランクは感じませんでしたが。今作の印象は、前作を聴いたときにも感じたことだけど、中納さんの歌がど真ん中にドンと据えられている作品だなと。
中納「あんまり音数を増やさないように心がけた気がする。そんな重ねることはしなかったというか。そんなこともない?」
森雅樹「一発で行きたいのもあったし、曲によりけりやったかな。よっちゃんはわりかし重ねたい派やったと思うんですよ。僕はどっちかというとひとつのサウンドで世界を作っていきたい派で。で、いろいろ試したりしたんですけど、結局シンプルな形に戻ったりして。化粧はしてもいいけど、やっぱり重ねたくはない、みたいな」
――そういう紆余曲折のプロセスってこれまでと比べて多かったほうですか? 少なかったほう?
森「いままでは一発でムードが作れるような曲が多かったと思うんです。ロック・ステディな風味でいってみようとか、ちょっとキャバレーっぽい雰囲気でやってみようとか。そこで大事になってくるのは、カッコいい空気感をしっかり封じ込めること。そういう録音が好きなんです。ただ、よっちゃんが聴いている音楽って、ハーモニーなども含めて音を積んでいくように構築されたものが多いのかな」
――エキゾティックな“Arab no Yuki”やめっぽうポップな“oh boy, oh girl”など曲調はヴァラエティーに富んでいて、曲ごとに色合いがガラリと変化する感じはいままで以上に特徴的で。なんでもありだぞ、といったEGO-WRAPPIN'の強みを感じます。
森「それが理想ですね。それが味になって聴こえたらいいなと思ってますね」
――そういうのって、よく〈聴き手の予想を裏切る〉って言われがちじゃないですか。そういった意識って少しはあったりします?
森「裏切ってやろうというのはなくて、おもしろいでしょ?って感じかな。このリズムにこのギターが入ってくるのっておもしろいなぁ、とか。音の混じり方のおもしろさが伝わればいいなと思ってますね。そもそも僕自身がそういう聴き方をするタイプなので。まぁ、あと世界は広いで、っていうことは伝えたいかな」
――(笑)。
森「痛感することがよくありますよ。いまだにレコードを聴いて、こんな世界があったんや!って驚いてますもん」
――なるほど。もともと好きな世界とまったく違った未知な世界をくっつけて新しいサウンドを作る喜びを感じながらレコーディングが進んでいったと。
森「そういう部分は趣味と仕事がごっちゃになってますね。普段はブルースとかロック・ステディとかムードのある音楽ばっかり聴いてるんですけど、趣味の部分をなるだけ仕事のほうに持っていったらあかん、とは考えますけどね。ジャンルを感じさせないオリジナリティーのある音楽を作るのが理想というか、定義づけされやすい音楽はあまり作りたくないので。今回もそういう意識が働いていたかもしれませんね」
「それでもやっぱりEGO-WRAPPIN'に頼みたい、って思ってくれたのだから、やろうと」
――“CAPTURE”は、アニメ「歌舞伎町シャーロック」(2019年10月放送開始)のオープニング・テーマに使われるんですね。(吉村愛)監督からじきじきにオファーがあったそうで。どういう注文内容だったんですか?
森「特にこれっていうのはなかったけど、もう探偵モノはかなり慣れてるから(笑)」
――ハハハ。お手のものだと。
森「考えてみると、頼む側も頼みづらいんちゃうかな、と思うんですよ。制作会議で誰に主題歌を頼むかって話のときに、EGO-WRAPPIN'って案が出たとして、ベタやなって言われる可能性が高いやないですか。それでもやっぱりEGO-WRAPPIN'に頼みたい、って思ってくれたのだから、やろうと」
――アニメの舞台である新宿歌舞伎町っていう街の雰囲気を描いてもらうにはやっぱりEGO-WRAPPIN'しかないだろうということだったんでしょうね。
中納「全然新宿感ないんですけどね(笑)」
森「そういう世界は楽しんで作れるんで、こういう仕事好きなんです。そのなかで今回はちょっとひねくれてやろうと考えたりして、ホーンの混じり具合を妖しくしてみたりだとか。サン・ラーがやるようなスタンダード・ジャズの感じとか、ああいう妖しさをめざしましたね」
――エキゾティックで、スぺイシーな感じってことですか。つまり、EGO-WRAPPIN'の代名詞的なサウンドを鳴らしつつも、マイナー・チェンジすることを楽しみながらやってたわけですね。
森「求められているものを感じつつも、秘かな楽しみも入れて」
――プロフェッショナルな部分もしっかりアピールしていると(笑)。そして、アルバムは後半に進んでいくと、内省的な手触りの曲が顔を出しはじめますよね。
森「なんていうか、今回は派手にしようとか、あまり大袈裟なことはしなかった気がしますね。歌もあまりライヴ感を重視する感じの曲じゃないから、録ったものを聴いて判断していくというか。感情に任せて歌うような、〈よっしゃ、行ったれ~〉みたいな曲が少なかったような気がします」
中納「確かにそれは心がけていたことで、わりと考えながら歌っていたところはありました。とにかく音に合った歌い方をしたということですね。自分の歌を客観的に捉えながら歌うというか、そういう作業が多かったような気がしますね」
森「録ったものを聴きながら判断していく形だったから、もうちょっと突っ込んだ歌い方でも大丈夫だとか、解決の糸口が簡単に見つかることもありましたね。そういうのはこういう方法ならではのことやったかなと思う」
中納「歌がまずありき、というよりは、音といっしょに歌も引き出していく作業が多くて、音に合わせて付けた歌詞もあった。自分の考えていたことを音に擦り合わせていくようにして歌詞を書くというか」
――へぇ~、なるほど。
中納「とにかく歌って聴いて、歌って聴いて、って作業の繰り返し。押し引きのバランスも念頭に置きながら。ニュアンスを伝えるのが難しいんですけど」
森「馴染ませ方を大事にしたってことやな」
中納「うん、馴染ませ方」
――苦労は比較的多かったんですか?
中納「そうですね、ときどき人の曲を歌っているように感じたこともあったし。“L'amant”とかそうだったかな。バンドで合わせてたときには馴染んでたのに、レコーディングになると自分の歌が浮いているというか、音と分離しているように聴こえてしまって。馴染ませるのに時間がかかりましたね」
――ビートリッシュなフォーク・ロック・チューン“L'amant”はアルバムのなかでもとびきり軽快な曲ですよね。
中納「だから自分の持ち味とはまた違う歌い方というか、曲の世界に合った歌い方を求めたので、なるべく感情を抑え気味にするように心がけました」
要素の交わり具合で曲のおもしろさが引き立つような音楽
――先ほど森さんが大袈裟なことはしないよう心がけた、というのは何か理由があってのことですか?
森「自分がそういう聴き方を求めていたところがあったんですよね。シャキシャキした感じの音楽じゃないほうがいい、って気持ちにはなってたかな。ま、そもそもシャキシャキなんてできへんのやけど(笑)、自然体といえばそう言えなくもなかったかなと思う」
――その結果、いい意味で掴みどころのない、不思議な色合いの作品が出来上がってしまったというのもいいですよね。
森「ま、そういう作品があってもいいじゃないですか(笑)」
――中納さんは曲作りにおいてはどんな意識が強くありました?
中納「ポップに聴かせられたらいいな、というのがありましたね。歌詞もメロディーも歌も。でも、冷静だったわけでもなくて、感情の揺れはあったほうがいいなと思っていました。“timeless tree”や“on this bridge”とかそういう気持ちが働いていたと思う」
――とにかくリズムも多彩ですからね。作る上で難しかったのは?
森「“oh boy, oh girl”ですかね。曲の構成として、一度はみ出して、また元に戻るのが難しい曲なんで。ちょっと違う世界に入っていく展開があるんですよ。逆回転のギターが出てきて、サイケというか、ちょっとなんかXTCみたいな……」
――ひねくれポップ的な世界?
森「そうそう、そういう感じを出すのが難しかった。それから“timeless tree”にも大きな場面展開があるんですが、プログレとまではいかないけど、そういう耳でも捉えられるような曲にできたらいいなとイメージしてましたね。ある人からもそう言われて、やっぱそう感じるんや、と思った」
中納「展開好きやもんな(笑)。展開好きな人間がワン・グルーヴをめざす、みたいな」
――ひねくれてるなあ(笑)。
中納「展開したいところをグッと我慢して、ワン・グルーヴで押しとおす。そんなんちゃう?」
森「うん、あるところもあるな」
中納「あるところもあるんです」
――(笑)。昔よりも、もっといろんな要素を入れ込みたい、もっと多彩な世界を描きたい、というような野心が働いたりしませんか?
森「そもそも多彩なことができないんですけど、昔はもっとたくさん憧れの世界があって、例えばドゥワップやスウィングなどのようなスタイルを真似してみたいって考えが強かったんですが、近年はそれが無くなっている。あとバンドも、スカを熟知している人を集めたオールスター・チームを作りたい、みたいな考えはまったくなくて、それよりも知らん人と演奏したほうが楽しくなってきた。いまはイアン・デューリー&ザ・ブロックヘッズとかジョナサン・リッチマンとモダン・ラヴァーズみたいなロック・バンドを聴いているほうがおもしろい発見がけっこうある。そういう聴こえ方をする音楽を作りたいんですよ」
――多彩な要素が混じり合った雑味のある音楽。
森「うん。要素の交わり具合で曲のおもしろさが引き立つような。あんまりディープな専門分野の音楽になることを避けたいんですよ。でも深く聴き込めば、スカとかスウィングとかのルーツが見えてきて、新しい発見ができる。そういう聴かれ方が理想ですよね」
自分という惑星を爆発させることをなによりもいちばんに考えてる
――いまもEGO-WRAPPIN'を入り口として過去への扉を開いているリスナーって多いですよね。
森「ミュゼットの曲や、ルイ・ジョーダンの曲を聴いたり、あるいはニューウェイヴの頃のスティッフ・レーベルのミュージシャンを知ったりだとか。そういう世界の入り口になれる音楽をめざしてますね。やっぱミックスですよ。僕らの世代はミクスチャーって重要なコンセプトだったりするので」
――いまやEGO-WRAPPIN'というと間口が広すぎて、イメージも人それぞれ、世代によってもさまざまに違ってきていますよね。ダンス・ミュージック好きやルーツ・ミュージック好きなど幅広い層に支持されていて、カテゴライズするのがとにかく困難。たぶん今回のアルバムも多様な受け止められ方をするだろうと想像します。中納さんは曲作りの面で、いまでもいろんな音楽から影響を受けたりします?
中納「昔に比べたら、こういう曲作りたい、みたいなことは考えなくなりましたね。ただライヴ前に、気分をアゲるためにイアン・デューリーやスリッツのライヴを観たりすることはありますけど」
森「自分を鼓舞するためにね」
中納「いまはもう音楽の面においては、自分のことを信じようと思う。やっぱりここまで培ってきたものがあるし、いろんな人とセッションしてさまざまな音楽を作ってきたという自負もあるし、内面に湧き上がってきたものを信じよう、って思ってますね。だから外にアンテナを立てるよりも、内側のアンテナを働かせることが大事。それにみんなそれぞれ違って当たり前やし、自分にしかできないことってあるから。自分という惑星を爆発させることをなによりもいちばんに考えてる」
――おお、カッコいいですね。
中納「ライヴ前にいつも思い浮かべるイメージがあって、自分は星なんです。そしてお客さんも星なんです。そして、みんなそれぞれが宇宙のなかで同じ時間に光り合う。人と自分は違う、と認識しながらも、誰とでも光り合うことができる。そう考えていると、なんか気分が高揚してくるんです」
――音楽はいつどのタイミングで完成し、目的地に着陸するかわからないものですからね。
中納「そうなんですよね、終わり方なんですよね……。留め方というか、それはもうセンスの問題ですよ。理想としては、何か引っかかる音楽であってほしいなって思いますね。なんかようわからん、という受け止め方でもいいから」
――モヤモヤさせるものであってもいい。
中納「うん。なんか雰囲気モノっていうのがいちばんおもしろくない。邪魔しない音楽っていうのも時と場合によってはいいと思うんですけどね。でも願わくば、ちょっとでも感情が揺れてもらえるものでありたい。そっちのほうが人間らしくておもしろいから。〈お、こう来たか!〉〈それってイイの?〉みたいになってしまう音楽。下手くそでもなんでもいい。それは肌触りとか声質とか、カッコいいと思えるものは共通してますね」
――音楽に求めるものとして〈刺激〉って大きな比重を占めている?
中納「刺激と、安らぎですね」
――真逆ですけどね、そのふたつは(笑)。
中納「確かに真逆ですね(笑)」
――両方を兼ね備えているほうがいい?
中納「いい音楽は兼ね備えている気がしますね。夜、部屋を暗くして、モロッコのギターと歌だけの音楽を聴いていると、すごく安らかさを感じるんですけど、安らぎだけかというと、ちょっとワクワクしている自分もいたりして」
――未知の世界に引っ張り込まれていくようなワクワク感?
中納「そうそう。旅をしているような、どこかに連れ立って行ってもらっているような気持ちになれる」
――では森さんが音楽に求めるものって?
森「う~ん……自分にないものを見せてくれることかな。こないだ、じゃがたらのライヴを観たんですけど、いまめっちゃハマってるんですよ。メッセージ・ソングなんですけど、みんなで拳を振り上げてサビを歌うみたいなのがカッコいいんです」
――そういう部分って自分にはもともとないものだと。
森「あんまないんですよね。でもデタミネーションズを観たときにも共通するものを感じたな。自分のなかにはないけど、揺り動かされることはよくある。ムチャクチャ純粋なんですよ、僕。〈感動しい〉やし」
――(笑)。
森「そういうものを求めてしまうことがあるかな。そう、パッションですよ」
――おふたりの音楽にもけっこうパッションを感じてるんですけどね、こちら側としては。
森「よっちゃんはバーンと出せるもんな」
中納「そうですね、ドーンと出せますね」
――ま、そのふたりのコントラストというか、絶妙なバランスがおもしろいわけでね。では最後に、新作を作り上げたことで得た手ごたえをお聞かせ願えますか。
中納「そうですねえ。個人的には、次はもっとスカスカなアルバムを作りたいなって思ってますね」
――スカスカ?
中納「そうそう、スカスカな音楽作りたい」
――それはつまりもっとシンプルで、余白がたっぷりな音楽をめざすってことですか?
中納「一音一音が際立つというか。やるとなればもちろんピシッと建設的な作業を行うだろうし、ダルっとした音楽にはならないと思う。いまの気持ちだから、実際そうなるかはわからないですよ」
――今回の作品が密度の高いギュッと詰まった内容になったことへの反動じゃなくって?
中納「そういうことでもないですね。今回のアルバムから、そういうこともできそうな予感をもらったんですよ。最近、音圧でナンボみたいな、波形がずっとピークみたいな音楽って聴けないんですよね」
――そういうのが届けられたら、ちょっと嬉しいかも。森さんの手ごたえは?
森「音楽ってつくづく〈混じり合い〉やな、って思った。リズムがどんなに緩くても、混じり合いがうまくいってたらええんちゃうか、って思えるっていうか。高い技術を持っている人にやってもらえばいいわけではなくて、自分で思い描いた音だったらどんな演奏でもいい混じり方をするんです。自由にやっているけどいい混じり合いをしている、そういう音楽が好きなんやなとつくづく感じましたね。今回のアルバムはそこのところを聴いてもらいたいなと」
――確かに今回の混じり合いぶりには自由度があって、誤解でもなんでもいいからいろんなものを大胆にミックスさせてみようというおもしろさが際立ってますね。それが魅力的ないかがわしさを生み出していて素晴らしいと思います。最後に、タイトル『Dream Baby Dream』の命名理由を教えてください。
森「ジャケット写真から連想した言葉ですね。写真でひと言じゃないですけど、そこから導き出したものです。そしたらスタッフみんなが〈いいねぇ〉〈似合ってる〉って言ってくれて。たぶんポップやったんでしょう。あと、スーサイドの曲を思い出しますよね」
――はい、パッと思い浮かべたのはやっぱりスーサイドでした。
森「〈うわっ、Dreamって2回言うてる! かっこええ!〉って以前から思っていて。そういえば、スーサイドってバンドのサウンドもスカスカですよね。彼らはオーラで音楽やってますやん」
――あのふたりの人間力には何人も敵わないところがある。
森「ロックンロールやし。あれは理想っすね、うん」