シンガー・ソングライターという表現と改めて向き合った新作。ピアノと歌から始まったシネマティックな音世界は、時代も世代もたおやかにすり抜ける普遍的な〈歌の力〉を宿していて——

 今年で結成から25周年を迎えるEGO-WRAPPIN'にあって、圧倒的存在感を放ち続けている中納良恵。90年代のクラブ・カルチャーに育まれた折衷性のもと、ジャズや歌謡曲、レゲエにカンタベリー・ロック、エレクトロニカなど、多彩な音楽性をシネマティックな作品世界へと昇華してきた彼女の豊潤な表現力は、2007年のファースト・ソロ・アルバム『ソレイユ』を皮切りに、寡黙ながらも溢れ、こぼれるようにパーソナルな音楽世界を描いてきた。

 「過去のソロ作は気恥ずかしさもあって、長らく聴いていなかったんです。でも今回、新作リリースのタイミングでアナログ化するということで改めて聴き返してみたら、今のテンションに近いセカンド・アルバム『窓景』(2015年)はもちろん、当時はいろんな人とやらせてもらったこともあって、どこか散漫な印象を抱いていたファースト・アルバム『ソレイユ』も我ながらすごくいいなって。作品を俯瞰して見た時、シンプルに考えられるようになっていく過程がよくわかるし、私は、自分で作った曲を自分で歌うシンガー・ソングライターという表現形態が好きやなって改めて思いました。私は飽きっぽいから、その時々で即興だったり、やりたいことはいろいろあるんですけど、『ソレイユ』をきっかけに〈曲の良さを追求したい〉という気持ちが生まれたし、今もその気持ちは変わっていないんですよね」。

中納良恵 『あまい』 NOFRAMES/トイズファクトリー(2021)

 前作から6年ぶりとなるサード・アルバム『あまい』は、コロナ禍によって対外的な活動が封じられた昨年の奇妙な空白期間に、EGO-WRAPPIN'でもプレイするドラマーの菅沼雄太、エンジニアの中村督(POTATO STUDIO)というミニマムな体制を軸に制作が始まったという。

 「コロナ禍であまりに世界の変化が大きくて、その変化に気持ちがついていかなくて。派手めなテンションになれへんかったし、大勢の人とコミュニケーションを取る気にもならなくて、やれることと言えば、ピアノと歌……というより、むしろ、ピアノと歌でやれることがスゴいことやって改めて思えて。そこからシンプルに自分と向き合っていったような気がするし、ピアノを違う楽器に置き換えなかったのは、ここから作ったという初期衝動を最後まで大事にしたかったから」。

 自身の声を幾重にも重ねたアカペラ“オムライス”で幕開ける本作は、一音一音、一言一言の余韻を噛み締めるような中納のピアノの弾き語りと、そこに寄り添う菅沼の繊細なサウンド・トリートメントが日常から穏やかに広がる夢想的な風景を美しく投影。そこにYOSSY LITTLE NOISE WEAVERのicchieやトロンボーン奏者の滝本尚史、ベーシストの伊賀航、SOIL&"PIMP"SESSIONSの秋田ゴールドマンが加わり、ニューミュージックのマナーを踏襲した紛うことなき名曲“あなたを”やプログレッシヴな展開を見せる“真ん中”、みずからGarageBandでエレクトロニックなアフロビートを組んだ“ポリフォニー”やシンセパッドやシンセベースを交えた“SA SO U”など、それぞれの楽曲からも感じられる中納良恵らしい伸びやかなクリエイティヴィティーは、シンガー・ソングライターの折坂悠太を迎えた“待ち空”において、世代を超えた普遍的な歌の力を生み出している。

 「折坂悠太くんは歌詞の世界観も好きやし、歌もすごくいいし、才能が抜きん出ているというか。初めて観た彼のライヴは弾き語りやったんですけど、ギターと歌だけですごい破壊力だったから、山や海を挟んだこっちと向こうでお互いを待っているイメージで作った曲を渡して、こちらから声をかけさせていただきました。彼は、私がCampanellaくんとやった“Think Free”を褒めてくれたり、いろんな音楽を聴いている感覚も合うような気がするし、歌声も懐かしいような新しいような、時代感が不思議なんですよね。私も先輩の吾妻光良(& The Swinging Boppers)さんに誘っていただいたり、今回、年下の折坂くんと歌ったり、時代や世代がわからへんというか、凝り固まらず、水のようにどこでもすり抜けていけるような音楽のほうが楽しいし、変わらずにそうあり続けたいなって思うんですよね」。

左から、中納良恵の2007年作『ソレイユ』、同じく2015年作『窓景』、EGO-WRAPPIN’の2019年作『Dream Baby Dream』(すべてNOFRAMES /トイズファクトリー)、折坂悠太の2021年作『朝顔』(ORISAKAYUTA/Less+ Project.)