2018年にこの世を去った樹木希林がまだ「悠木千帆」と名乗っていた1976年に『婦人公論』誌上で12人の男性と対談した連載が書籍化。渥美清、萩本欽一、田淵幸一、つかこうへい、中村勘九郎から、社会主義者の荒畑寒村までという当時の大物もしくは俊英の“男女の話”。当時33歳の樹木はまだ相手に晩年ほどの危険球を投げることは少ないが、それでも対談内容の過激性をさらりと底上げする投球には感嘆するほかない。(樹木の) 「聞き方がうまいんですよ。あたりまえのことを言ってもあたしは聞かんぞという顔をしているから」とは、いかりや長介の弁だ。