メニューイン初来日時のコンサート・プログラムを再現~当時への想いを込めて

 戦後間もない1951年、初めて日本を訪れたユーディ・メニューインが靴磨きの少年にヴァイオリンを贈った――当時、新聞にも取り上げられた実話をもとに作られた『少年とバイオリン』という物語がある。

 博多の駅前で靴磨きをしながら、母とふたりで暮らす少年。戦争で父を、病気で弟を亡くし、自身も病気の後遺症で背骨が曲がってしまったが、小学校の先生に教えてもらったヴァイオリンの音色を思い出し、心の中の音楽を支えに日々を生きている。そんなある日、楽器屋に貼ってあるポスターでメニューインの演奏会があることを知った少年は、毎日こつこつと靴磨きで稼いだお金を貯め、ついに入場券を手に入れる。夢のようなひとときを過ごして家に帰った少年にさらなる奇跡が――という感動の物語である。

 じつはこの物語は、長いこと作者自らが吹き込んだ朗読テープという形で長野県の小さな村に眠っていた。それがさまざまな縁を経て出版関係者の手に渡り、文字に書き起こされ、2011年に書籍として刊行されて陽の目を見たという経緯がある。そしてメニューインの没後20年を迎えた今年、ワーナークラシックスからリリースされる2枚組のCDという形で、ふたたびこの物語に光が当てられることとなった。

YEHUDI MENUHIN 「少年とバイオリン」 少年とメニューインを結んだ物語とバイオリン名曲集 Warner Classics(2019)

 CDの1枚目には、少年が実際に聴いたであろう1951年の佐世保公演のプログラムに合わせた楽曲が収録されている。メニューインが旧EMIに遺した録音の中から選ばれ、最新のマスタリングを施された音源である。2枚目には作者の滝一平による朗読がそのままの形で収録されている。芸能関係の経験があり、音楽にも造詣の深かった滝が、当時の新聞や資料をもとに物語を書き、自室に籠って朗読し、BGMとともに録音した音源には古色蒼然とした趣がある。

 長崎への原爆投下から6年後の佐世保で、当時30代なかばの全盛期にあったメニューインはどんな演奏をしたのか。それを人々はどんな気持ちで聴いたのか。想像を巡らせながら耳を傾けてほしい。