“イタリアのカエターノ・ヴェローゾ”という異名を持つシンガー・ソングライター、ジョー・バルビエリがライヴを行うために2度目の来日を果たした。彼の最新作は、チェット・ベイカーの歌唱曲をカヴァーした『今もチェットがささやいて』。名作『Chet Baker Sings』のようにナイーヴな音世界作りをめざした本作は、彼のシルキーで繊細な歌声の心地良さがいっそう際立った素敵な陽だまり盤であり、聴くたびに、世界はもっとソフトな音色で溢れていたらいいのに…というようなジョーの呟きが聴こえてくるアルバムだったりする。「アルバムを作るにあたり、フルート奏者のニコラ・スティーロをはじめ、チェットとの演奏経験がある音楽家たちにいろいろ話を聞いたんだ。そこから見えてきたのは、ドラッグ問題などさまざまな苦難を背負った人生を送っている彼は、気難しくて付き合いづらい性格だったなんて語られがちだけど、実際は愛情深く大変ソフトな人物だったという事実。それを知るに至り、彼の人柄をできるだけ表現したいと考えるようになったんだ」
例えば名曲《Look For The Silver Lining》で聴かれるチェットの歌声。闇を照らす蝋燭の灯のようなやさしさとぬくもりに満ちたあの歌声こそひとつの理想形であると、『今もチェットがささやいて』は物語っている。
ところで、ジョーが常々モットーとしていることとは何だろう。「僕をつねに導いているのは、美しさへの探求心。音楽自体が持つ純粋な美しさを追求することがテーマであり、僕のスタイルだ。音楽以外からインスパイアを受けることも多いね。例えば料理や文学。そうそう、村上春樹の小説が好きで、いま『羊をめぐる冒険』を読んでいる途中さ」
これまで出会ったなかで完璧だと思えた曲は?という質問に、エンニオ・モリコーネの『ニュー・シネマ・パラダイス』のメインテーマを挙げた彼。「メインの旋律は4つか5つのシンプルな構成なのに、凄く多くを語ることができているんだ。完璧だよ」と話していたが、これこそ彼が曲作りにおいていちばん心がけていることだと彼の諸作を聴けば理解できるだろう。「インパイアってことで言うと、“旅”から得るものも大きいね。次作はその影響を形にしようと思っているんだ。レコーディング前なのでどんな作品なのか具体的に話すことは難しいけど、ギリシャの詩人カヴァフィスの『イタカ』を読んでもらえたら、内容について何らかの手がかりが得られるかもしれないね」
彼が生み出すソフトな音色で再び生活が満たされる日を思い描きながら、到着をゆっくり待ちたい。