ブラジルの国民的スターだったエリス・レジーナとアントニオ・カルロス・ジョビンによる名作『Elis & Tom』。同作を題材にしたドキュメンタリー映画「エリス&トム ―ボサノヴァ名盤誕生秘話―」の公開を記念し、エリスの名盤CD 7作がタワーレコード限定で再プレスされ、2026年3月10日(火)から販売される。今回は、今こそ手に入れたいアルバムの数々をディスクユニオンのワールドミュージックバイヤー/THINK! RECORDSディレクター江利川侑介に解説してもらった。 *Mikiki編集部
彼女のキャリアを辿ることはブラジル音楽史を知ることと同義
当時ブラジルを代表する歌手だったエリス・レジーナ(1945~1982年)。10代でデビューしてから36歳という若さでこの世を去るまで、類まれなる感性で、ブラジル音楽の黄金期を駆け抜けた彼女は、いまでもブラジル音楽史上最高の歌手と言われている。映画「エリス&トム ―ボサノヴァ名盤誕生秘話―」においてもエリスの生涯は重要なパートとして描かれるが、それは彼女のキャリアを辿ることが当時のブラジル音楽の歴史を知ることと同義と言えるからだろう。
ブラジルで確固たる地位を築き、これからヨーロッパへ進出しようという飛ぶ鳥を落とす勢いのエリスの魅力が凝縮されているのが、1968年リリース作『Elis Especial』だ。この時期のエリスはサンバジャズのトリオをバックに据えており、本作でも名匠エルロン・シャヴィスのアレンジで、バーデン・パウエルやエドゥ・ロボの楽曲を変幻自在の歌声で披露する圧巻のパフォーマンスを楽しめる。
ヨーロッパ進出の勢いをそのまま感じられるのが1969年にリリースされた『Como & Porque』。キャリア中期以降、エリスはミルトン・ナシメントの楽曲を多くレパートリーとするようになるが、本作でミルトンの“Vera Cruz”を取り上げている点にも注目だ。
同年にリリースされたもう一枚の作品『Elis Regina In London』は、初期エリスの最高傑作のひとつだ。その名の通りロンドンで録音された作品だが、冒頭の“Corrida De Jangada”からバンド全体を巻き込むような歌声がとにかく圧倒的! ちなみにブラジルではエリスの没後1982年に初めてリリースされたが、日本では1969年に帯付レコードでリリースされていて、いまではコレクター垂涎の一枚になっている。
ブラジルだけでなくヨーロッパでも成功を収めたエリスだったが、トレンドの変化を感じ取り、60年代後半からは新たなスタイルを模索していた。1970年にリリースされた『...Em Pleno Verão』では、トロピカリアの代表格カエターノ・ヴェローゾ“Não Tenha Medo”、ブラジリアンソウルの帝王とよばれたチン・マイアの英語詞曲“These Are The Songs”、若者に人気だったロックムーブメント=ジョーヴェン・グアルダの代表格ホベルト&エラスモ・カルロスの“As Curvas Da Estrada De Santos”などを収録しており、エリスの試行錯誤が垣間見える作品だ。
続く1971年作『Ela』も、エリスがこれまで培ってきたものを継承しつつ、ニューソウルムーブメントにも呼応した作品。イヴァン・リンスをいち早く見出し、本作で2曲取り上げている点は特筆で、とりわけ“Madalena”はエリスのキャリアにおける代表曲と言えるだろう。
短い生涯で挑戦を続けたエリス、その功績は計り知れない
名作だらけのエリスだが、今回再プレスされたタイトルのなかから、映画「エリス&トム ―ボサノヴァ名盤誕生秘話―」を見た人に向けて一枚だけ選べと言われたら、1972年作の『Elis (1972)』を挙げる。公私にわたるパートナーとなったセザル・カマルゴ・マリアーノとの共演が実現した作品であり、セザルのエレピだけでなくベースのルイザォン・マイア、ドラムのパウリーニョ・ブラガなど、70年代のエリスを支えた最高のバンドと録音された初めての作品でもある。洗練されたアンサンブルのなかでエリス本来の持ち味が存分に発揮され、グルーヴィーな曲から、当時駆け出しであったベルキオールやファギネルといった、ブラジル内陸部の詩情を表現した曲までを見事に歌い上げる。そしてなんといっても、ジョビンの当時の新曲“Águas De Março(三月の雨)”を取り上げたことが『Elis & Tom』へと繋がっていった。
1974年の『Elis & Tom』以降、ますます芸術性を高めっていったエリス。その作品はどれも革新的であり充実した内容のものであったが、当時のレーベル、フィリップスとのいざこざによりEMIオデオンへと移籍。そこで1980年にリリースしたのが、遺作となってしまった『Elis (1980)』だ。ディスコ以降の感覚を取り入れた“Sai Dessa”“Aprendendo A Jogar”のような名演から、ロー・ボルジェス&ホナルド・バストスによる“O Trem Azul”のようなミナス系の名曲まで、有名無名問わず気鋭の作家を取り上げる姿勢をキャリアの最後まで貫いた。
今回リイシューされたこれらのタイトルを時系列順で追ってみることで、エリスが国家や時代に翻弄されつつも、その渦中で常に挑戦を続け、音楽の可能性を広げていったことがわかるだろう。その生涯は短いものであったが、ブラジル、そして音楽史にエリスが残した功績は計り知れない。
RELEASE INFORMATION
ブラジル音楽の進化と深化を人生の最後に体現した名盤
1982年1月に36歳の若さでこの世を去った、ブラジル音楽史を象徴する歌姫エリス・レジーナ。彼女が人生の最後にEMIオデオンに残したラストレコーディングアルバムで、絶頂期のエリスを知ることができる名盤。“サイ・デッサ”“オ・トレン・アズール”をなどヒット曲を多数収録。1980年作品。
ブラジルが20世紀に生んだ最高の女性シンガーの圧倒的代表作
この笑顔に吸い込まれそう! 24歳のエリスがわずか2日間で録音、そのエネルギーが一気に弾けたパワフルな一枚。ソウルフルでグルーヴィな歌とリズムはクラブでも人気。6曲目“ザズエイラ”は今でも多数のアーティストがカバーするキラーチューン! 1969年作品。
ジョビンからサンバまでド迫力で熱唱する〈台風エリス〉に感涙
ヨーロッパ公演やロンドン録音などに乗り出す直前の、若き時代のエリスの魅力が凝縮された作品。アントニオ・カルロス・ジョビン、バーデン・パウエルらのボサノバナンバーからエドゥ・ロボやシコ・ブアルキら新世代の斬新な楽曲までを自在に歌い、ラストは感動的なサンバメドレーで締め括る見事な構成力に感涙! 1968年作品。
キュートなジャケがたまらない名盤中の名盤
ロンドン録音の『イン・ロンドン』が大成功! ブラジル帰国後に制作した最初の作品。久々に故郷に戻り、ファンキーさと躍動感が増強。歌声、輝きに圧倒される不朽の名作。バーデン・パウエル作曲の1曲目を筆頭に素晴らしい名曲揃い。キュートな笑顔のジャケそのままのエリスに出会えるファン必携盤。1970年作品。
『カフェ・アプレミディ』シリーズでお馴染みの“マダレーナ”を収録
1970年代初頭。ニューソウルムーブメントに呼応し、パワフルで陽気な大衆サンバ路線から、力強く、時に内省的に時代の空気を反映させるシンガーへと変貌を遂げた作品。しっとりと落ち着きのあるサンバナンバー、冒険心に溢れ、バラエティに富んだ歌声が胸に染みる非サンバナンバーはともに秀逸! 1971年作品。
満面の笑みを浮かべたジャケのイメージそのままの名作
『イン・ロンドン』と同じ年に、ロンドンで同じリズムセクションで録音された同時期の作品で、『イン・ロンドン』の姉妹編と言える。ボーナストラック4曲はピエール・バルーとのデュエット曲を筆頭に素晴らしい楽曲揃いで、内容はますますパワーアップ! 1969年作品。
のちにジョビンとデュエットした“三月の水”のソロバージョンを収録
セーザル・カマルゴ・マリアーノとのコラボレーションによる第1作。弾けるサンバで大衆を魅了した60sのエリスから公私にわたるパートナーとなるマリアーノとの運命的な出会いまでを記録。マリアーノが弾くエレクトリックな鍵盤の繊細な音に導かれ、エレガントさと深みを増し、妖艶なシンガーへと変貌を遂げた記念碑的作品。1972年作品。
20世紀の音楽史上最高の名盤のひとつ 一家に一枚
奇跡的に残されていたレコーディング風景を撮影したドキュメンタリーが、映画「エリス&トム ―ボサノヴァ名盤誕生秘話―」として公開される。家族や関係者メンバーの証言と様々なアーカイブ映像によって、天才2人の音楽性の違いや録音をめぐる葛藤がよみがえる。その対象となった圧倒的名作アルバムがこちら。1974年作品。







