米・シカゴ出身のシンガー・ソングライター、リッキー・リー・ジョーンズ。初作『浪漫(Rickie Lee Jones)』(79年)でのデビューから今年でちょうど40年を迎える彼女は、恋人であったトム・ウェイツのほか、ヴァン・ダイク・パークスドクター・ジョンドナルド・フェイゲンにウォルター・ベッカーら錚々たる面々を魅了したことでも知られる、アメリカを代表する伝説的なアーティストだ。

そんな彼女が、去る5月16日(木)、5月17日(金)に日本公演を開催。5月15日にはカヴァー・アルバム『Kicks』が日本先行でリリースされたばかりだ。ここでは、公演を控えたある日に東京の某所で収録されたリッキー・リーへのインタヴューの模様を、掲載済みのダイジェスト版の完全版としてお送りしよう。 *Mikiki編集部


 

人生というのは、その時々の状況でどんどん変わっていくものでしょ

――ジャズ・クラブのようなインティメイトな空間で公演するのとホールで公演するのとでは、意識は変わるものですか?

「いい質問ね。ええっと、やってみないとわからない。それが私の答えよ(笑)」

――やる前の気持ちとしては、どうですか?

「やっぱり大きな会場のほうが興奮するのは確か。出ていく前のワクワク感が違うというか。でも単純に大きさで比較するのは無理があるわね。それは過去の作品と新しい作品を比較することと同じくらい難しい。なぜならその時々の状況によるものだから。人生というのはそうやってその時々の状況でどんどん変わっていくものでしょ。だから会場の大きさだけで自分の意識や内容が変わるというものではないの」

――あなたはその日の会場の雰囲気だったり観客の反応だったりを見ながら、その場で演奏する曲を変えていくそうですね。

「ええ。まず初めの3曲はだいたい決めて臨むの。で、その3曲を演奏しながら、観客の反応や全体のフィーリングを感じて、それによって次にどんな曲をやるかを考える。例えば〈今夜のお客さんは前のめりな感じで座って聴いているのか、深く椅子に沈み込んで聴いているのか〉というのはなんとなくわかるわけで、それもひとつの判断材料になる。そこで、こっちの曲にするか、あっちの曲にするかを瞬時に決めるのよ」

――それって演奏者みんなの息が合ってないとできないことですよね。今回はトリオ編成だそうですが……。

「そう。ここ2~3年、トリオでやってるの」

――トリオでやることの利点は?

「マネー(笑)」

――わははは。なるほど。ほかには?

「ヴィブラフォン奏者のマイク・ディロンがマルチ・プレイヤーで、いろんな楽器を弾けるのね。なので私とマイクとギタリストの3人いれば、アルバムの曲をほぼほぼ再現できる。もちろん完全に録音ブツの通りではないけど、それを3人でどうやるかと試行錯誤するのがすごく楽しくて、その楽しさがまた観客にも伝わっていく。それがいいところね」

5月16日のNHK 大阪ホール公演の様子(©︎渡邉一生)

 

自分で書いていようが書いていまいが、曲は曲

――マイク・ディロンは、新作『Kicks』をあなたと共同でプロデュースしていますね。彼と出会ったきっかけは?  また、どういうところがあなたと合うのですか?

「ニューオーリンズで4年前に出会ったの。地元のジャズ・グループで、マイクはジェームス・シングルトン(ベース)とジョニー・ビダコヴィッチ(ドラムス)と一緒に美しいインプロヴィゼーションを含んだジャズを演奏していて、私はそれに魅せられた。でも声をかけるのは勇気が必要で、ちょっとだけ時間がかかったんだけど、一緒にやってもらえないかと思い切って声をかけてみたら、驚くくらい私に近い感覚を持っていたのね。一緒に演奏したら、すごく楽しかったわけ。だから今回、アルバムも一緒にやってくれないかと話して。彼は若々しさと可能性を今回のアルバムにもたらしてくれた。そういうアプローチを私にしてくる人は、彼ぐらいしかいないのよ」

RICKIE LEE JONES Kicks P-VINE/Other Side of Desire Music(2019)

――『Kicks』はカヴァー・アルバムとして5作目になりますね。なぜあなたはカヴァー・アルバムを作るのでしょう。そのモチベーションとは?

「私の考え方としては、曲は曲であって、オリジナルだからどうとかカヴァーだからどうとかっていうのは特にないの。自分で書いていようが書いていまいが、曲は曲。そこで区別をしていない。思うんだけど、リスナーのほうがそういうことを区別するんじゃないかしら。もっと言うなら、マーケティングする側の人にとって、そういう区別が必要なのかもしれないわね。そういう区別をすることで、お金のまわり方も変わってくるのでしょうから。

でもミュージシャンは、自分が書いた曲かどうか、そんなに気にしてない。少なくとも私はそう。大事なのはその曲が好きかどうかだけでね。例えば“My Funny Valentine”を好きで歌いたいと思ったら、自分で書いた曲じゃないからお金の入りが少なくなるかなとか、そんなことはまったく考えない。そこにあるのは、好きな曲を歌いたいという気持ちだけなの。そもそも私はそんなにたくさん曲作りをするタイプでもないしね。もっとしてたら、もっとお金も入ってくるのかもしれないけど、いいのよ、そんなことは(笑)。♪マネ~(ピンク・フロイドの“Money”を歌い出す)」

『Kicks』収録曲、アメリカのカヴァー“Lonely People”
 

――あなたが初めて発表したカヴァー・アルバムは83年の『Girl At Her Volcano』。2枚目の『Pop Pop』が91年。3枚目『It's Like This』が2000年。4枚目『The Devil You Know』が2012年。短い時で7年、長い時で12年ほど間があいたわけですが、カヴァー作を出したいという気持ちはどのようなタイミングで訪れるのでしょうか。

「何年おきってことを意識したことはなかったけど、もしも周期みたいなものがあるとしたら、それはその前後の自分のアルバムに関係しているんでしょうね。前に作ったアルバムを振り返りつつ、次のアルバムのこともなんとなく考えたりして、そこからひとつのサイクルが始まる。

今回の『Kicks』は今現在のサイクルの始まりの段階にある気がしているの。今はたくさん曲作りをしているんだけど、ハッピーな感じのものとか、少し過去を振り返って考えているものが多い。とりあえずこの数年の間では今が一番いい状態で曲作りができている。このサイクルが短くないことを祈ってるわ(笑)」

――〈ハッピーな感じ〉とおっしゃいましたけど、今作もわりと軽やかなタッチのカヴァーが多いですよね。米政権の混迷で不安定化が増す一方の世の中である故、重々しいトーンの曲も増えるかなと思いきや、そんなことはなく、風通しがいい。

「過去にはシリアスでヘヴィーな作品も出したけど、今回はあえて喜びの感じられる音楽にしようと思ったの。前向きで、希望を持ったもの。なぜなら自分が今、音楽的にそういうモードにあるから。普段考えていることや気持ちはそれとは別で、確かに今の時代は酷く不安定。でもそんな時代だからこそ、みんなは喜びの感じられるサウンドを求めているんじゃないかと思って。そこをちゃんとピックアップしてもらえて、嬉しいわ。イエ~イ(笑)!」

――選曲自体にもテーマ性はあったのですか?

「進めていく過程でこうなったの。楽しみながら歌いたい曲を1日に2~3曲ずつ録っていって、全部で15曲くらいレコーディングしたのね。でもこの10曲にまとまったのは偶然でしかなくて。唯一、初めから絶対にやろうと思っていたのが“Bad Company”。意識的に選んだのはこの曲だけで、あとは自然と曲が集まってきたという感じ」

※バッド・カンパニーのセルフタイトルの初作『Bad Company』(74年)収録

――軽やかなタッチの曲が多いとさっきおっしゃいましたけど、“Bad Company”は違いますね。なぜこの曲を意識的に入れようと?

「もともと大好きな曲だったんだけど、ライヴでは歌ったことがなかったのね。で、ある時やってみたら、観客たちみんなが〈なんでこの曲を?〉って明らかに戸惑っていて。見ていておもしろかったのよ。みんな、私がこういうジャンルの曲を歌うとは思ってないんだなと。で、そういうちょっとした混乱を与えると、聴き手も成長するのでいいんじゃないかなと思って」

――なるほど。僕は9曲目、スキータ・デイヴィスの名曲“The End Of The World”の歌唱にやられました。この曲って失恋の曲のようで、実際は作詞したシルヴィア・ディーが父親を亡くした際の悲しみから書かれたものだそうですね。

「スキータ・デイヴィスはもともとデュオで歌っていて、その(片割れである)親友を亡くした気持ちを込めて歌ったと聞いたことがあるわ。どうしてかはうまく言えないけど、悲しい曲って、聴くと胸がいっぱいになる。悲しいのになぜだか心が満たされたようになったりもするものよね。実は完成前にアルバムを友人に聴かせた時、〈“The End Of The World”は悲しすぎるから入れないほうがいいわよ〉って言われて、1か月くらいは入れるのをやめようって思っていたのだけど、でもやっぱりこの曲のホルンの使い方がとても美しいし、どうしても捨てきれないなと思って」

※高校で知り合ったベティ・ジャック・デイヴィスとのデュオ、デイヴィス・シスターズ

――入れてもらえて、本当によかったです。

「そうね」

 

脚光を浴びるのは、心底苦手

――ところで今作のジャケットのアートワークには驚きましたよ。あなたのアルバムのジャケットは写真にしてもイラストにしても毎回非常に印象に残るものばかりですが、ご自分でアイデアを出されているのですか?

「いつも曲が出揃ってレコーディングが終わった頃にイメージが湧いてくるの。ズバリ、こういう写真、こういうイラストというのではなく、あくまでも感覚的なものだけど。でも今回はこの絵を見た瞬間に、〈これこそ、この曲たちに入っていくための正しい扉だ!〉って思って。これしかないと。遊び心もあるし、予想外なところがいいでしょ?」

――まさに。では最後の質問です。今年でデビュー40周年だそうですが、40年の月日を振り返って、今どんな気持ちですか?

「時々は続けていくのを難しいと感じることがあった。一番きつかったのは、デビューしてすぐに脚光を浴びてしまった時。それはスーパー・スターダムと呼べるもので、もともと内気な私としてはものすごく居心地が悪かったわ。脚光を浴びるのが心底苦手なのよ。ひとりの人間としてもミュージシャンとしても、私は外側からアプローチをかけるほうが性に合っている。その時にクールとされている音楽のシーンの中心にいるみたいに見られるのは、とてつもなく気持ちが悪い。学生の頃からブラックシープ的なところがあって、そういう自分のまま作った曲であるほど、いいものになったりもするの。元来、変わり者なのよ。

で、そんな私が40年間やってこれたのは、たぶんメインストリームが好きじゃない人たちにとっての行き場所のひとつになれたからじゃないかしら。メインストリームとは異なる場所で女性としてキャリアを重ねることができたのが、私にとっての最大の成果だったと思っているわ」

※厄介者、鼻つまみ者