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Photo by Jaqueline Badeaux
 

身体ごと感覚を潤すような作品づくり

――『“LφVE” & “EVφL”』の〈LOVE〉を逆から読むとそのまま〈EVOL〉になりますが、これは〈Evolution(進化)〉を意味する〈EVOL〉でしょうか。

「それもありますし、スラッシュを縦に入れることで〈EVIL(悪)〉にも見えるニュアンスも。揺らぎのある表記が選ばれてます」

――斎藤マミさんが手がけたアートワークもポップさと毒々しさが共存していて可愛らしいですし、グッズを含め手に入れたくなる魅力があります。

「僕、割礼のデザインとかレコーディングを手伝ったりしてるんですが、以前マミちゃんに割礼のグッズをデザインしてもらったらすごく素敵で、僕らのもやってほしいなあって声をかけたんです。彼女とは20年以上の付き合いなんですけど、ここ最近グッとスタイルが洗練された印象ですよね。他には少年ナイフとも仕事してたり」

――順番的には、『tears e.p』よりも先に完成していたとか?

「そうなんですが『tears e.p』の収録曲も2010~2011年頃には出来ていた曲もあるんで、リリースの時系列的には結構めちゃくちゃですね」

――そういう意味では、欧州ツアーのセットリストも面白いことになりそうですね。ポップ・サイドとヘヴィー・サイドをどう融合していくのか……。

「COALTAR OF THE DEEPERSのカヴァー曲“To the Beach”とかは『“LφVE” & “EVφL”』の楽曲とも相性がいいです。夏のアメリカ・ツアーはアルバムのリリース前だったので、新曲を少しと古い曲もアラカルトな感じでセットを作りました。ちょうどサード・マンから『あくまのうた』(2003年)と『boris at last -feedbacker-』(2003年)も再発してもらったタイミングでしたので」

――先ほどのレーベルの話だけじゃなく、音楽的な振り幅の大きさもBorisの魅力じゃないですか。そういう冒険ができるバンドって良いなって思います。

「そうですね、何にも縛られたくないですから。自分たちがどういう音楽を作りたいかっていうよりは、その曲がどう生まれたいか?っていうことを優先するので、それが『tears e.p』や『“LφVE” & “EVφL”』のように作品としてまとまっていくんですね。特に今回のアルバムは自分たちでもよく分かってなくて、なんで2枚組になったのかも謎。収録時間で言ったらギリギリCD1枚に収まったとは思うんですけど、2枚に分けることによって意味合いが変わってきたり、行間によって作品の表情も変わります。パッケージ/プレゼンテーション込みで2枚組にする必然性があったというか……。自分達でもまだ理由は分からないんですよね」

――歌詞もすごく詩的というか、削ぎ落とされた言葉になっていますね。

「あくまで曲が見せてくれる風景から出てきた言葉なんで、いわゆる作詞のプロセスとは違うかもしれませんね。いまの自分たちの活動を曲が肯定してくれたりとか、後押ししてくれたりとか、あるいは曲自体が導いてくれるというか……。ツアーを進める中で今回は特にそれを強く感じました」

――過去のインタヴューでも、「Borisは制作が終わるまで、その曲がインストになるか歌詞が載るかわからないままゆらゆら進行する」と語っていましたね。制作中にインスピレーションを受けた物事や作品って何かありましたか?

「『DEAR』(2017年)に“Memento Mori”って曲があるんですけど、今作の“終曲 -Shadow of Skull-”とその曲はどちらも常に〈死〉が隣り合わせになっている感覚。そこを過ぎて〈希望〉が見え始めている。そんな空気感でこのアルバムは着地した感じがしています。『DEAR』のときはそういう〈終末感〉というのがすごく強い作品だったのでかなりHeavyでした。今回はもっとその先の光が見えるような作品になっていると感じます」

――16分を超える”EVOL”の終盤では、何らかの〈声明〉とも言える叫びやラジオのような声が収録されています。

「あれは僕とTakeshi(ヴォーカル/ギター/ベース)の声をコラージュしています。歌詞カードには載せてないんですけど、空っぽなアジテーションというか、歌詞の内容を声明文としてデザインした感じです。ライヴだとどうなるんでしょうねえ。〈ジーク・ジオン!〉みたいにならないようにしたい(笑)。ENDONのえっくん(那倉悦生)には、バックで流れているテクスチャーを作ってもらいました」

――Atsuoさんは、インタヴューでも一貫して「音楽はリスナーも参加して完成するものだ」とおっしゃっていますよね。それが確信に変わるようなきっかけとなった作品があったのでしょうか?

「僕はアンドレイ・タルコフスキー作品の影響がすごく大きいんですね。作品からメッセージを受け取ったり説明されたりするのって〈実感〉が伴わないじゃないですか? 頭で理解できてもしょうがないなと思っていて。作品を経験しながら、自分で気づいて、発見して、そして行動に繋がっていくようなそういう作品が望ましいと思っています」

――なるほど。

「だからもう、『ジョーカー』が本当につまらなかった……。」

――日本でもかなりヒットしましたよね(笑)。

「もっとこう、アメコミとかを逸脱して〈映画〉になってるのかなってすごく期待していたんですね。そしたらジョーカーの生い立ちから何から全部順番に説明されちゃって。何の不穏さも、謎も無くなった。なんでここまで絶賛されてるのかまったく分からない」

――マーベルとかアメコミ系の大作映画も良くご覧になるんですか?

「観ます、観ます。一個前の負けたやつ(『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』)は、すごくショックだった。うわ! 負けた! 終了?って(笑)。映画という枠組みを超えて、世の中の出来事としてああいうメジャーな映画が敗北で終わったのは、すごく衝撃的で経験した事のない読後感だった。次の『エンドゲーム』は見ないままにしておけば良かったな(笑)」

――そっか、飛行機での移動が必須だから映画を鑑賞する機会は多いんですね。いちリスナーとしてはいかがですか? 最近はストリーミング・サーヴィスの普及もあって、音楽そのものの消費サイクルが早まっている傾向があります。

「自分たち自身の〈聴き方〉っていうのも増やしたいなとは思ってるんですよ。それがどういう感覚を生んで、どういう物語を生むのか。アナログ・レコードのように不便だからこその味わいっていうのはあるんですけど、手軽であったり気軽であったり、日常に寄り添うシステムっていうのも必要だとは思うんです。でも、いまってスマホで全部できるでしょ? ゲームも、音楽も、メールも。で、結局〈音楽だけ〉を聴くわけじゃなくって、何か他のことをしながら音楽を聴く。他の情報を遮断して、レコードに針を落としてじっくり聴く体験はもちろん素晴らしいとは思うんですけど、いまは人が何か情報を受け取る時、一度に大量に、受けてはすぐ流れていくことが増えている。新しい感じ方は、新しい感受性を生むだろうし、そこから何が生まれていくのか?っていうのを身を持って体験したいとも思ってます。生きていく中で正解はないし、一箇所に留まらないで、境界線を越えながら自分達の感覚をアップデートしていきたいですね」

――そういう意味では、『“LφVE” & “EVφL”』は〈ながら聴き〉とは対極にある作品とも言えそうです。

「日本の音楽は特にヘッドホンで聴く用にチューニングされているというか、ミックスされている感じがして。やっぱり〈耳で分かる音楽〉になっちゃってる。身体で感じる音楽の作り方ってほとんどされなくなっているんですよね。僕はここ数年、ヘッドホンで聴くのをやめるようにしていて。アルバムのミックス段階では特にスピーカーで空気を鳴らしたり、クルマの中では大きな音で聴いたりとか、とにかく身体全体で聴いて最終的なミックスを決め込むようにしています」

――いわゆるボディ・ミュージックというか。Borisのライヴでは洋服の裾がビリビリと震えるような爆音が味わえますけど、ああいうのもYouTubeとかの映像じゃ伝わらないですよね。

「そう、そこをライターさんにちゃんと翻訳して伝えてほしいんですよ(笑)。なんかこう、世界中の人の身体が枯渇しているというか、身体が受ける刺激が少なすぎて、みんな壊れちゃってるのかなって感じます。だからBorisでは、身体ごと感覚を潤すような作品、経験を作りだしていきたい」

――ここ数年で、盟友のMONOやenvyでさえメンバー・チェンジがありました。でも、Borisは3人のコア・メンバーがひとりも欠けることなく、もうすぐ結成30周年に手が届こうとしていますが、ここまで続けてこられた理由はどこにあるとお考えですか?

「2人が僕のワガママにずっと付き合ってきてくれたからこそですかね。長く続けてくるとメンバー自身というよりも、メンバーの家族の問題とかも出てくるじゃないですか。『DEAR』のときに〈これ続けられるかな?〉っていう厳しい状況もあったんですけど、それを乗り越えていまはツアーにどんどん出られるようになった。決して仲がいいだけではないですね。ロードは辛いんで、当然ストレスもある。もうロックの歴史に巻き込まれてるので、その流れに抗えない部分もある」

――Borisってスプリットも含めるとめちゃくちゃ多作ですが、その飽くなき創作意欲はどこから湧いてくるのでしょうか。

「先程の話ではないですが、自分たちの日常のほうがよっぽど映画のような非日常の連続。その日常の中で経験すること、〈ツアー〉ってインプットなんですね、自分達にとって。世界中を回っていろんな刺激を身体で感じる、インスピレーションは受けまくってるわけです。そして日本に帰ってスタジオで音を出す。あとはその音がどういう音楽になろうとしているかを聴くだけなんで、曲はいくらでも出来るんです。ツアーで外に出て、また戻ってきて……っていう繰り返し。そうやって自分たちなりの〈遠近法〉や〈距離感〉が定まってくるといいますか。そういう動きの中で音楽を作っていくタイプのアーティストなのかなってちょっと前に気付きました」

――音楽を作ることは、もう完全に生活の一部なんですね。

「そうですね、音楽で世界巡礼というか。その生活や音楽自体が自分たちにとっての〈祈り〉みたいな感じになってきていますよね。この祈りがいろんな人の魂とか、美意識とか、感覚とかに触れて何かを生んでいくような。自分達は政治的な発言をしません。こちらから答えを言いたくはないし、促したくないし、道標を置きたいわけじゃなくって、もっと人の、世界の根源的な部分に関わる表現でありたいと思っていますね」


LIVE INFORMATION
Boris「“LφVE” & “EVφL” Japan Tour 2020」

2020年2月6日(木)福岡・INSA
出演:Boris、ド・ロドロシテル、and More(TBA)
開場/開演:18:00/19:00
チケット:前売4,000円/当日4,500円(+ドリンク代)

2020年2月7日(金)広島・クラブクアトロ
出演:Boris、ド・ロドロシテル、and More(TBA)
開場/開演:18:00/19:00
チケット:前売4,000円/当日4,500円(+ドリンク代)

2020年2月8日(土)大阪・CONPASS
出演:Boris、ド・ロドロシテル
開場/開演:18:00/19:00
チケット:前売4,000円/当日4,500円(+ドリンク代)

2020年2月9日(日)愛知・名古屋クラブクアトロ “お年玉GIG 2020”
出演:the 原爆オナニーズ、GASTUNK、Boris
開場/開演:16:00/17:00
チケット:前売4,000円/当日4,500円(+ドリンク代)

2020年2月16日(日)東京・代官山 UNIT
出演:Boris、ド・ロドロシテル
開場/開演:18:00/19:00
チケット:前売4,000円/当日4,500円(+ドリンク代)