Boris with Merzbowのニュー・アルバム『現象 -Gensho-』は、2015年にDommune/BOILER ROOMで行われたBorisとMerzbowの合体編成によるライヴが着想点になっているという。Disc1にBoris、Disc2にはMerzbowの楽曲がそれぞれ独立して入っており、その2枚を同時に再生することで完成するという作品だ。
今回ドラムレス編成を取ったBorisは、映画「告白」のサントラでも使われた“決別”や、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのカヴァー“Sometimes”などを、ドローン色を強めたアプローチで演奏。片やMerzbowはいつも通り強烈なハーシュ・ノイズを巻き起こしながらも、Borisの音に呼応するように、不思議な包容力を感じさせる音を鳴らしている。それぞれのディスクを個別で楽しむこともできるが、実際に2枚同時に聴いてみると、例えばBorisの“虹がはじまるとき”や“雨”などで聴ける透き通った歌がアブストラクトな音像の中に浮かび上がってきたりなど、極めて刺激的なリスニング体験を得られるので、ぜひ試してみてほしい。さらに日本盤には〈Expanded Edition〉として、2015年11月に東京・新代田FEVERで行われた最新のライヴ共演時の音源を収録したディスク2枚もセットに。こちらでは早くも新曲が披露されるなど、両者のコラボレーションがさらに前進している様子を併せて確認できる。
また、Borisはアニメ作品「ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン」への提供曲を12インチ・アナログ盤に収録した『Mr. Shortkill』も同時リリース。知る人ぞ知るブリティッシュ・ロック・バンド、マンのカヴァーを組み込んだ長尺版となった怒涛のハード・ロック“キルミスター”に、一転して重く美しいドローン・バラード“Memento Mori”、そして1分45秒で駆け抜けるスピード感満点の“Aurashi no Ken”と、それぞれに個性を輝かせる3曲が、改めて中村宗一郎の手でモノラル・ミックスを施されて、その存在感をいっそう際立たせている。
今回、これらの作品が生まれた経緯について、BorisのAtsuo(ドラムス/ヴォーカル/パーカッション/エレクトロニクス)に話してもらった。
音楽を作っている時のおもしろさ、
音楽の聴き方を伝えるのもアーティストの仕事
――Borisと、Merzbowの秋田昌美さんとの共演の歴史は、もうかなり長くなりますよね?
「僕らが『ABSOLUTEGO』(96年)という、60分で1曲の最初の単独作品をリリースした後に、その曲をMerzbowとライヴで一緒にプレイしたのが、最初のコラボレーションでした。97年1月25日の高円寺・20000Vでの自主イヴェントです。それから、音源でもコラボレーションできたらおもしろいんじゃないかと思って作ったのが、『Megatone』(2002年)ですね。あの作品は、秋田さんの家でミックスして深夜に帰宅したのですが、その車の中でちょうど〈9.11〉のテロ事件がラジオで報道されていたのを覚えています」
――秋田さんとの初対面はいつになりますか?
「確かライヴで共演した当日だと思います。そのイヴェントでは、関西勢はCorruptedとSolmaniaが合体、東京勢として僕らとMerzbowが合体するというアイデアが出まして。それで秋田さんに〈一緒に演奏していただけないでしょうか〉と連絡をしたんです。もともとMerzbowが好きだったし、面識はなかったんですけど、お願いしたら快諾していただけて」
――じゃあ、その初共演の前に〈こういうふうにやりましょう〉みたいな打ち合わせはほとんどしていないかったのでしょうか?
「そうですね、音源を送って〈この曲を演ります〉くらいだったと思います。ライヴでの共演は、そのスタイルでずっと続いていますね。事前にセットリストをお渡ししておいて、あとは当日のフィーリングでインプロヴィゼーションで演奏しました」
――Atsuoさんにとって、秋田さんはどういう人ですか?
「昔から口数が少ない方で、音楽とのギャップがすごいですよね。サウンドは饒舌以上で、〈全員黙らせる〉ぐらいの音を出しているのに自身は寡黙、そういう人柄に惹かれるところもあるし、もともとインタヴューなどを読んでいて、リスペクトしていました。お会いして話をしていくと、音楽、特にロックはリアルタイムでずっと経験されているので、僕らが知らない当時の話をたくさん聞かせていただいています。秋田さんのレコード・ライブラリーが膨大で、遊びに行くといつもアナログ盤をたくさん聴かせてもらってました。本当に僕の〈ロックの先生〉みたいなところがあって、そういう関係のなかでコラボレーションも続いている感じですね」
――話題は音楽のことが中心なのですか?
「そうですね。あと、秋田さんがヴィーガンになって、その後を追うように僕もヴィーガンになったので、そういう食生活の話もします。僕はいつでも気持ち良く音楽をやりたいし、コラボレーションをするうえでなるべく風通しが良いようにと思っています。自分がヴィーガンであることでいろんな方とスムーズに一緒に音を出したり、共同作業をすることが可能になる。僕はまず音楽のためにヴィーガンになったところが大きいのですが、秋田さんはアニマルライツの活動の一環として始められていて、もちろんそういう部分もリスペクトしているし、共感する部分はありますね」
――共にヴィーガンになったことで、コラボレーションも深みが増したりとか?
「まあ、出入り、行き来、アクセスとか、そういうものを気兼ねなくできるようになるというか。こちらがヘンに気を遣って話しづらくなってしまうようなこともなくなる。いろいろなことがシンプルになる感じです」
――なるほど。さて、今回のアルバム『現象 -Gensho-』についてなのですが、これは2014年にDommune/BOILER ROOMでMerzbowとの合体編成でライヴを行ったことがきっかけだったんですよね?
「そうですね。ただ、Dommune以前に、アメリカの大都市で2デイズのセットをやるツアーがあって、その2日目ではスロウな曲や長い曲のセットリストを組んでいました。僕がドラムを叩かないパワー・アンビエント寄りな曲を演奏する機会が増えていったんですね。その流れもありつつ、Dommuneの会場規模も考えると、ドラムレスでやることが現実的だった。で、BorisだけではDommuneの配信時間全体を構成することが難しかったので、まずBorisが演奏して、次にMerzbow単体でゲスト演奏していただき、最後に合奏という構成にしたんです。直接的にはそこが始まりですね。そのライヴが良かったので、Dommuneを収録した3日後には自分たちのセットを録音していました。それからレーベルとも相談しながら、どういう形態でリリースしたらおもしろいかなあ?と考えている時に、DommuneではMerzbowとの合奏は数曲のみでしたが、全編コラボレーション音源にしてみては?という方向性が出てきました。昔2枚のディスクを同時再生するコンセプトの『dronevil』(2005年、boris名義で発表)という作品を出しているので、そのアイデアも加えて、別々のアーティストの作品が同時に再生され、ひとつの音響体験が生まれるような形にしたいと。それを秋田さんに提案して作業が進んでいった感じです」
――かなりの部分でリスナーに聴き方を委ねる形になるわけですが、この種の作品に取り組むにあたって、特に気をつけたことは?
「尺を合わせるくらいですかね。僕らはリリースする作品の最終段階をイメージする時、CDの(1枚に収録できる)70分という尺だと、ちょっとイメージしづらいんです。レコード2枚分=20分4面というのを、いつもメイン・フォーマットとして考えているんですね。で、20分×4の音源をBorisが先行して制作し、それをお渡ししました。そして秋田さんには、それと並走するようなMerzbow作品を作っていただきました。だから今回はそれぞれ単体の作品としても聴けるし、それを同時再生するとまた別の〈現象〉が出現するような、偶発性も込みで着地させていったんです。もともと、音楽制作の現場はかなりブラック・ボックス的な部分が多いと思うんですよ。例えばエンジニアやプロデューサーといった人たちが何をやっているかは、一般の人はあまり知らなかったりね。制作者サイドではあたりまえの過程になっていますが、レコーディングではマルチ・トラックで録った複数の楽器をミックスして、ステレオ・フォーマットに落とし込んでいく。ひとつの音の音量を調整する〈フェーダー〉というものが上げ下げされるだけで、音楽全体の表情が劇的に違ってくる。そういう基本的なことさえも知られていないと思うんです。なので、音量の違いだけで音楽がこんなにも表情を変えるんだということを、リスナーにも能動的に体感してもらえると良いなと。僕らは、音楽の良さ、曲の良さを伝えるだけでなく、音楽を作っている時のおもしろさや、音楽の聴き方自体も伝えていくこともアーティストの仕事だと考えています。そういう意味で、リスナーに2つのディスクのバランスを決めてもらうのは、おもしろいんじゃないかなと」
――そこまで聴き手に委ねてしまうというのは、結構勇気がいることなのではないかとも思うのですが。
「いえ、本来音楽は、リスナーも参加して完成するものだと思っていますので。聴き手の文化的経験や、その人の人生そのものが音楽と出会って一人一人のなかで構築されるもの。今回は、再生するディスクが2枚あることによって、音量バランス、音の混ざり具合をリスナー自身がコントロールしていく。そのように音楽に参加していく姿が顕著に表れる作品になっているので、リスナーも普段から音楽を作ってるんだという意識、それを楽しんでもらえたら素晴らしい」
――Atsuoさん自身は、どのような形で聴いてほしいですか?
「できれば別々のプレイヤー、別々のスピーカーで鳴らしてもらうと本当は良いんです。一方のスピーカーが作った波と、もう一方のスピーカーが作った波が眼前の空気上で干渉し合う〈現象〉を体感してもらいたいですね、デスクトップやライン信号上でミックスしてしまうよりも。さらに言えば、自分の立つ位置や聴く環境によっても、体感が全然変わってくる。
目の前で起こることは音の表情の連続という〈現象〉
――わかりました。複数ディスクを同時再生して成立する作品といえば、個人的に思い出すのはフレーミング・リップスの『Zaireeka』(97年)という4枚組のアルバムですが、Atsuoさんは以前からこういう形態の表現に興味を持っていたのでしょうか?
「そうですね、現代音楽もヘヴィー・ロックと同時に聴いていたし、現代美術のアーティストがアームが3つ付いているレコード・プレイヤーを作っていたりするのを見て、どんな音が聴けるんだろう?と思ったり。そういうふうに、ロックだけでなく現代アートの流れからも、(複数ディスクの)同時再生というコンセプトは自然にアイデアとして浮かぶものでしたね。現代音楽でも、アナログ盤の溝がループになっていて、そのループひとつに1アーティスト、それが何本もカッティングしてあるレコードがあったりとか。日本人だったらコーネリアスさんも同時再生の作品を出していましたよね※。それは、ひとつの曲を分離して、いわゆるポップスを同時再生するような形だったので、2枚を鳴らすタイミングはかなりシビアだったと記憶しています。同時再生作品にも、そういう振り幅みたいなものがあって、そのなかでも『現象 -Gensho-』はかなり緩い感じ。タイミングがズレててもいいや、みたいな(笑)。別の曲と組み替えて(トラックリスト通りでなく)再生してもらっても、おもしろい〈現象〉が生まれるかもしれないし。もっと言えば、Merzbowのディスクに自分の好きなアーティストのディスクを同時再生してもいいかもしれない。そういう拡張性や揺らぎのある作品になっていますね」
※コーネリアスの97年のシングル“STAR FRUITS SURF RIDER”。CDでは“STAR FRUITS SURF RIDER”としてリリースされているが、12インチ・レコードでは“STAR FRUITS”と“SURF RIDER”がそれぞれ発表され、その2枚を同時再生することで“STAR FRUITS SURF RIDER”という曲になるというコンセプト
――そして、昨年11月に行われた共演ライヴの音源を収録したCDもセットになっていますが、これについては?
「〈もう1回やる〉とか〈再構築〉という言葉がとにかく大嫌いで、そんなことは起こり得ないと思っていて。音楽を作るうえでは、とにかく先に進んでいきたい気持ちが強い。なので、この『現象 -Gensho-』を作ってから(時間が経って)、また秋田さんとの関係性のなかでおもしろいことができるんじゃないかと思ったんです。レコーディングした時とはもう別のところにまで歩を進めていますし、新しい曲もいろいろあった。それで、Boris with Merzbowの〈ワンマン〉という形でライヴをやりました。そこですごく良い音源が録れたので、これを日本盤に付けたらいいんじゃないか?と、そこからまたコンセプトが拡張していって、4枚組仕様に着地した感じです。海外盤は(ライヴ音源はなしの)2枚組で、アナログではBorisとMerzbowそれぞれの音源2枚組が2つの4枚組になります。だから僕は、今回ジャケットを4種類作りました(笑)! 壮大なブーメランが自分に返ってきましたね(笑)」
――ハハハ(笑)。アナログだと、先ほど話していただいた4面のイメージが掴みやすいし、A面同士の組み合わせだけじゃなくて、たまにはこちらのAに合わせて、こっちはBだとかCにするということもできますね。
「簡単なパズルの組み合わせのようで、実際に目の前で起こることは音の表情の連続という〈現象〉。ひたすら現れては消えていく、その音の表情に身を委ねてもらえたらと思います。毎回(再生する)タイミングもズレるだろうし、音量バランスも違えば、二度と同じ音楽は再生されない。その一期一会な感じが音楽本来の有り様だと思うので」
――わかりました。さて、同時リリースになる『Mr. Shortkill』についても聞かせてください。ここに収録された3曲は「ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン」に提供したナンバーになりますが、まずは、このアニメ用に曲を書くことになった経緯から教えていただけますか?
「もともと原作者のお2人(ブラッドレー・ボンド、フィリップ・ニンジャ・モーゼズ)と、その翻訳チームの方々(本兌有、杉ライカ)が、Borisのことを気に入ってくれていたみたいで、アニメ化にあたってエンディング曲を提供してもらえないかという話をいただきました。僕はコミカライズの担当をされている田畑由秋先生と余湖裕輝先生のファンだったので漫画は読んでいましたし、嬉しかったですね。この、カタカナで文字化けしたような文体であったり世界観であったりというのは、Borisの見られ方とも共通している部分があると思いますし。それで、勢いに乗って1か月で3曲を作りました」
――今回その3曲をそのままアナログで出す、というわけではないんですよね。
「ここがまた、説明が面倒臭くてですね(笑)、〈ニンジャスレイヤー〉の1枚目のコンピレーション『忍』(2015年)には“キルミスター”と“Aurashi no Ken”が、2枚目の『殺』(2015年)には挿入歌として“Memento Mori”がボーナス・トラックとして収録されてました。 楽曲っていうのはライヴで演奏しながら成長していく部分がある。“キルミスター”をリリースした後、ライヴ・アレンジがどんどん拡張されていったんです。その流れのなかで僕が大好きなUKのマンというバンドの“Many Are Called, But Few Get Up”が合体するイメージが湧いてきて……ちなみに、そのバンドも秋田さんの家で教えていただいたんですが。そうして、“キルミスター”のロング・ヴァージョンが出来て、これも音源として残したいということになりました。そこから〈ニンジャスレイヤー〉に提供した3曲だけでアナログ盤を作ろうというアイデアが生まれました。その“キルミスター”のロング・ヴァージョンを軸に12インチとして構成。B面の“Memento Mori”も新しく録音しています。で、“Aurashi no Ken”だけは同じテイクですけどミックスが違うっていう」
――すべてモノラル・ミックスになっていますが、そうした理由は?
「今回ライヴで“キルミスター”が変化していった流れから、バンド感をさらに大事にしたいなと思って。なるべくオーヴァーダブは少なくしつつ、3ピースのバンド感と音源作品を同時に成立させるために、モノ・ミックスというアイデアが出てきました。ステレオでリリースする際、録音時にステレオの空間を埋めるために、同じギターのバッキングを逆サイドに録音しがちだと思うんです。そういう非音楽的で退屈なアレンジもモノ・ミックスなら回避できる。〈ニンジャスレイヤー〉本編も配信リリースの際は全部モノラルなので、そういう影響があったかもしれないですね」
――マスターにはハイレゾ音源を使用したそうですね。
「せっかくアナログでリリースさせてもらってますし、マスターもハイレゾを使用しました。それをアナログにカッティングしていて。いま現在の音楽制作システムのなかでも高音質なものを提供できたらいいなと。もともとアナログ盤を出すだけでもコストがかかるし、贅沢をさせてもらっているので、だったら値段に見合う、こだわった内容にしたかった。通常のCDでは44.1k/16bitのところを、今回は48k/24bitマスターを採用しています。さらにアナログ・カッティングもラウド・カッティングにしたので、音溝間の幅が広く、深く切って音圧を稼ぐことができる。アナログ・レコードの弱点は、レコード針が音溝に接触するので、その際にサーッていう走行ノイズが出ちゃうところなんですね。そこでなるべく音量を大きくカッティングすると、その走行ノイズが聴こえにくくなる。サウンドとノイズのバランス、いわゆる〈S/N比〉ってやつですね。ラウド・カッティングによって音が鮮明になり、歪みも抑えることができます」
――なるほど。ちなみに、昨年モーターヘッドのレミー・キルミスターがお亡くなりになったことと、タイトルの“キルミスター”には関連があるのでしょうか。
「曲作りをしていくなか、〈ニンジャスレイヤー〉のニンジャがレミーだったらカッコイイなあというイメージが湧いたりね。仮のメロディーを乗せている時に〈キルミスター〉っていう言葉が聴こえてきたり、曲が教えてくれるような部分もありました。もちろん〈ニンジャスレイヤー〉の世界観から影響を受けて、その言葉を無意識で引き出してきた部分もあったと思います。そういった流れで出来た曲です。この12インチに関しては、レミーへのトリビュートの気持ちも込めて白黒ジャケットにしました。自分たちも本当に影響を受けているのでね。ご冥福を祈ります。受け継いでいかないと!」
Boris with Merzbow
現象 –Gensho Gensho -: reference one リリース・パーティー
日程:5月15日(日)18:00 open/19:00 start
場所:東京・新大久保Earthdom
前売:3,500円(ドリンク代別)
問い合わせ:Earthdom 03-3205 -4469