Borisが10月16日にリリースした2枚組のニュー・アルバム『“LφVE” & “EVφL”』は、このバンドが持つブレない精神性と、文字通りの〈Evolution(進化)〉が刻み込まれた作品だ。本作に先駆けてリリースされた『tears e.p』は、COALTAR OF THE DEEPERSやD-DAYのカヴァー曲も収録し、エクストリーム・ポップに振り切っていたのが印象的だったが、『“LφVE” & “EVφL”』では彼らの代名詞ともいえる壮絶なドゥーム/ストーナー・サウンドが大地を揺るがすかのごとく鳴り響いており、爆音で浴びれば五感のすべてが〈音〉で埋め尽くされていく――。
なぜ本作は2枚組でなくてはならなかったのか? ジャック・ホワイトが主宰する〈サード・マン・レコーズ〉と契約を交わしたきっかけは? そして、結成30周年を目前にしてファンクラブやチェキ会(!)といった新たな試みに挑戦し続けている理由は? 怒涛のアメリカ・ツアーから帰国したAtsuo(ヴォーカル/ドラムス)に、バンドの現在地を紐解いてもらった。
ファンクラブ発足、チェキ撮影など新しい試みの理由
――最近はファンクラブ〈heavy rock party〉を発足したり、Wata(ヴォーカル/ギター)さんとチェキ撮影ができたり、長年のファンが戸惑うような試みが続いていますね。これは、現在の日本での所属レーベルである〈TRASH-UP!! RECORDS〉さんのアイデアですか?
「そうですね、必然性があればやれるというか。TRASH-UP!!ならではの企画だからこそ、僕らも踏み込めますね」
――7月に東京・Zepp Diver Cityで開催された〈大TRASH-UP!!まつり2019 Aqbi Recといっしょ!〉でも、春野さ子やグーグールルといったアイドルと共演されていましたね。
「ここ3年ぐらいで音楽業界の古いシステムがどんどん淘汰されている感じもあって。自分たちも意識的に新しい動きをしたいなと思っていたんです。タイミングとしてはすごく良い刺激になるし、勉強になりますね」
――Wataさんってめちゃくちゃシャイな方だと思うんですが、よくチェキ会をOKしてくれたなと……。
「1回目のときは相当緊張していたみたいですが、お客さんがサポートしてくれましたので」
――10月に公開された“Shadow of Skull”のMVでも、ポラロイド写真が登場しますね。
「もともとポラとかのああいうダメージ感が好きで。TRASH-UP!!現場でWataのチェキ会を始めて、アメリカ・ツアーではポラで撮影したものを物販で並べたりとかしたんですよ。そうしたら向こうのファンにも喜んでもらえたんで、ホント色々広がりがあるなあって」
――では、このタイミングで自分たちのファンクラブを立ち上げた理由というのは?
「ファンクラブ自体は2年くらい前から考えていたんですね。自分たちのリスナーに音源を届けるような仕組みを見直したい、お互いにもっと秘密を分かち合うようなことをやりたいなと思っていて……。大きいレーベルになると自分たちでコントロールしきれないところも出てくるじゃないですか。流れに身を任せる部分と、自分たちの手が届く距離でやれる活動、その両軸があったらバンドとしても健全ですよね」
ジャック・ホワイト主宰、サード・マンと契約
――最新アルバム『“LφVE” & “EVφL”』は、海外ではジャック・ホワイトが主宰する〈サード・マン・レコーズ〉からのリリースです。2016年にはナッシュビルのサード・マンが併設したヴェニューで『Pink』(2006年)の10周年記念ライヴを行っていましたが(後にライヴ・アルバムも発表)、彼らとサインすることになったきっかけを教えてください。
「『Pink』10周年のアメリカ・ツアーの日程を組んでいたときに、サード・マンのほうから〈ウチでショーをやって、そのライヴ音源を出さないか?〉ってオファーをいただいたんです。僕も最初はよく分からなかったんですよ。〈なんでジャック・ホワイトのレーベルが!?〉って……」
――過去に共演とかもされてないですよね。
「そうなんですよね。でも実際現地に行ってみて、ジム・ジャームッシュがやってるスクワールとか、イギー・ポップの本(「TOTAL CHAOS: The Story of the Stooges / As Told」)も出していることを知ったり、文脈が繋がってるんだなあってことが分かったんです。決定的だったのは、メルヴィンズの再発(1993年作『Houdini』他)を手がけていたことですけど(笑)」
――さすがです(笑)。
「もともと、今回のアメリカ・ツアーはファンクラブを立ち上げていく一貫として、小さな会場限定で沢山本数をやろうと思っていたんです。『“LφVE” & “EVφL”』も自分たちでプレスして、手売りして回るような感覚。なんというか手紙みたいに届けられたらなあって。そうしたらサード・マンが〈アナログ限定のリリースでもいいからやろうよ〉って言ってくれて、あれよあれよとコントロール不能な、大掛かりな事態に……」
――先日のインストア・イベントでも、「アナログはレーベルにも在庫がない」って仰っていましたよね。ジャックとはどんなお話をされたのですか?
「実は、まだジャック本人には会ったことがないんですよね。スリープも『The Sciences』(2018年)をサード・マンから出していますけど、ウチのマネージャーがスリープとハイ・オン・ファイア(スリープのマット・パイク率いるドゥーム・メタル・バンド)も手伝ってるんです。まあメルヴィンズ→スリープ→Borisっていったら、ごく自然な流れですよね」
――以前、『New Album』(2011年)をavexからリリースしていますけど、avexともサード・マンともサインしたことのあるアーティストって、世界を見渡してもBorisだけなんじゃないですかね?
「ハハハ(笑)。そう言われるとおもしろいですね」
――レーベルを選ぶ上でのポイントって何かあるのでしょうか?
「やっぱり人の縁です。僕らのマネージャーは13年前のヨーロッパ・ツアーのときに出会ったチェコ人なんですけど、彼がBorisのUSツアーを手伝ってるうちに、アメリカへ移住して。そこから色々な縁が重なって彼がサード・マンとの交渉もまとめてくれた。avexのリリースは、25年くらい前に下北沢でイベントをやってた知人が現在 avex のディレクターで。そういう繋がりでリリースしてもらったりして。TRASH-UP!!も僕がイライザ・ロイヤル(レーベル代表のMayumi Shimadaが参加するパンク・バンド)のプロデュースさせてもらったのがきっかけですからね。ホント、すべて縁です」
――Borisもフィジカル・リリースには圧倒的なこだわりがありますが、ジャックもまたヴィンテージ機材しか使わなかったりと、アーティストとしての見せ方にも徹底した〈美学〉がありますよね。
「そうですね。インディ・レーベルでレコードのプレス工場を持ってるのって半端ないですよね。本当にDIY。最近アメリカだとレコードのプレス工場ってすごい稼働率だから、納品まで半年は待たないといけなくて。でも、サード・マンの場合は自社製品ですから、2週間から1ヶ月くらいで完成しましたからね。ラインの数とかも、日本で唯一のプレス工場である東洋化成と同じ規模。『Pink』のライヴ収録で訪れたときはビックリしました。スタジオの裏にカッティング・ルームがあって、ライヴしながらレコードをカットできるっていう」
――ストリーミングですぐに音は聴ける時代ですけど、フィジカルをそのスピードで作れるっていうのは驚異的ですね……。
「サード・マンからリリースしたライヴ盤は、本来はサード・マンのスタジオでミックスする進行だったんですが、僕らはいままで他の誰かにミックスを任せたことがないんですよ。どうしても自分自身でやらないとイヤで。それで〈ライヴのレコーディング音源送ってください〉ってお願いしたら、マルチ・トラックで録音した筈なのに8トラックしか送られてこなかった。現代では当たり前の20トラック以上、それぞれの楽器が個別に録音されてるようなデジタル録音ではなく、ドラムは1トラックのみ。そのライヴの収録はオープンリールの8トラックで録音されていました。〈ああ、そりゃそうだよね。録音もアナログでやるよね……〉みたいな(笑)。良い意味でのオールドスクール、背筋が伸びる思いでしたね。どんなに不便であろうと、美意識とか、価値観とか、〈アーティストとしての当たり前〉がちゃんとシェアできるレーベルというか」
――ボーナス・ディスクやデラックス・エディションではなく、オリジナル作品としての2枚組って、Merzbowとのコラボ・アルバム『現象 –Gensho-』(2016年)を除くと初めてですか?
「いろいろ好きにやらせてもらってますし、リリースも多いのでね、あんまり覚えていない(笑)」