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ショスタコーヴィチと坂本龍一のピアノ三重奏曲集を同時に聴くことができる喜び

 ここ半世紀近く、アルディッティ弦楽四重奏団やクロノス・クァルテットが現代作曲家への積極的な委嘱活動を展開したおかげで、我々は弦楽四重奏曲の新曲に恵まれた音楽生活を送っている。それに対して、ピアノ・トリオの新曲は? ショスタコーヴィチが2曲のピアノ・トリオを書いた後は、お世辞にも新作が量産されているとは言えない。なぜだろう? 現代の作曲家たちが、ロシア音楽の伝統にのっとり、葬送音楽としてのピアノ・トリオを書く機会がないから? 作曲家たちが、ピアノ・トリオに相応しいメロディを書くのが苦手だから? それとも、新作に本気で取り組もうという演奏団体に恵まれないから?

 ちょっと待った、坂本龍一が『1996』と『Three』のトリオ・ツアーで使った譜面があるじゃないか! 『戦場のメリークリスマス』や『ラストエンペラー』は言うに及ばず、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督が映画『バベル』で使った《美貌の青空》まで、全部教授自身が手掛けたアレンジが残されている。それに『シェルタリング・スカイ』は、ロシアの作曲家たちの追悼音楽に勝るとも劣らないほど、死の悲しみを美しく昇華させた作品だ。それらの譜面を教授から借りて演奏すれば、どんなにピアノ・トリオというジャンルが豊かになることか。

川久保賜紀,遠藤真理,三浦友理枝トリオ ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第1番、第2番 avex-CLASSICS(2019)

川久保賜紀,遠藤真理,三浦友理枝トリオ ピアノ三重奏 坂本龍一曲集 avex-CLASSICS(2019)

 だから今回、川久保賜紀 遠藤真理 三浦友理枝トリオがショスタコーヴィチと教授のトリオの新録音を同時リリースし、両者を一晩で演奏するのは(12月25日@紀尾井ホール)、きわめて象徴的な出来事だと言えるだろう。彼女たちは、ショスタコーヴィチを折り目正しく、かつ高い純度で演奏するのと全く同じ態度で、教授の譜面に向き合っている。そこには、映画音楽やクラシックやテクノといった区別すら存在しない。一例を挙げると、3匹のネコの諍いを教授が曲にした《M.A.Y. in the Backyard》を、彼女たちは姦しい“キャットファイト”として演奏しない。あくまでもサン・サーンスの《動物の謝肉祭》を演奏するような純音楽的アプローチを貫くことで、80年代の教授のミニマルの凄さを最大限に引き出すことに成功している。

 と同時に、逆説的かもしれないが、彼女たちの演奏はモーツァルトやハイドンの時代に映画というメディアが存在しなかった不幸を、改めて我々に気付かせてくれるのだ。大島渚とベルナルド・ベルトルッチがいなければ、教授がこれらの名曲を書くこともなかったし、こんなにも美しいピアノ・トリオのアレンジを手掛けることもなかったのだから。21世紀の現代に生まれるべくして生まれたトリオ、それが彼女たちの『ピアノ三重奏  坂本龍一曲集』である。

 


LIVE INFORMATION

結成10周年記念コンサート 坂本龍一×ショスタコーヴィチ
○12/25(水)18:30開場/19:00開演 紀尾井ホール
【曲目】坂本龍一:ラストエンペラー/レイン/美貌の青空/シェルタリング・スカイ/M.A.Y. in The Backyard/メリークリスマス・ミスター・ローレンス
ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第1番 ハ短調 Op.8/ ピアノ三重奏曲第2番 ホ短調 Op.67
avex.jp/classics/kawakubo-endo-miura2019-2020/