数多くのロック・レジェンドたちを撮影してきたカメラマンにして、ウェブページ〈久保憲司のロック・エンサイクロペディア〉を運営するなど音楽ライターとしても活躍しているクボケンこと久保憲司さん。Mikikiにもたびたび原稿を提供いただいております。そんなクボケンさんによる連載が、こちら〈久保憲司の音楽ライターもうやめます〉。動画配信サーヴィス全盛の現代、クボケンさんも音楽そっちのけで観まくっているというNetflixやHuluなどの作品を中心に、視聴することで浮き上がってくる〈いま〉を考えます。

今回は、現代を代表するポップ・スター、テイラー・スウィフトの最新ドキュメンタリー映画「ミス・アメリカーナ」(2020年)。カントリー・シンガーという出自を持ちながらポップ・シーンで大成した彼女ですが、さまざまな局面でバッシングも受けてきました。そんなテイラーがいまの思いを赤裸々に明かしている本作を、クボケンさんはどう受けとめたのか? アメリカ文化におけるカントリー・ミュージックの意義から、テイラー・スウィフトの物語を考えています。 *Mikiki編集部

★連載〈久保憲司の音楽ライターもうやめます〉記事一覧はこちら

 

Netflix映画「ミス・アメリカーナ」独占配信中
 

 

Netflixのドキュメンタリーはガチすぎて怖い

テイラー・スウィフトのようなキリッとした顔立ちが大好きな久保憲司です。

ということは、アヴィーチーの顔も好きということになりますが、アヴィーチーの顔はそんなに好きではありません。〈アヴィーチーと私、似てるわよね。私が赤ちゃんのときにスウェーデンにいるアヴィーチーの家族から私を誘拐したかを両親にズバリ訊いたわ。もちろん、彼らは否定したけどね〉なんてInstagramにコメントしていたような能天気な話は、この映画「ミス・アメリカーナ」には一切出てきません。胸が締め付けられる切羽詰まったドキュメンタリーです。

※編集部注:2014年に投稿。現在は削除されている
 

Netflixのドキュメンタリーはガチすぎて、ちょっと観るのためらいますよね。

レディー・ガガのドキュメンタリー「レディー・ガガ:Five Foot Two」(2017年)は痛かった。あの頃のガガ様は、エイミー・ワインハウスみたいになろうとして、〈素の私でいくのよ〉と言いながら、ファンの前に出るのに、どのサングラスを着けていこうかと1分間悩んだりして、思わず〈エイミーはそんなの悩まんぞ〉とツッコミを入れたくなりました。監督のクリス・モーカーベルも僕と同じ目線で、ガガ様の行動を冷めた目線で追っていくのです。

「Five Foot Two」はガガ様にはマイナスだったと思います。でも、お蔵入りさせないところがガガ様のすごいところなのか、Netflixの契約がすごいのか、謎です。

スティーヴ・アオキのドキュメンタリー「スティーヴ・アオキ:I'll sleep when I'm dead」(2016年)も怖かった。最後はアルバムを完成、そしてアルバムを引っさげてDJとして初のマディソン・スクエア・ガーデンでのパーティーを開催!という大団円で終わるはずだったのですが、アルバムの完成が遅れて、マディソン・スクエア・ガーデンでライブができなくなるのです。日にちもズラせず(半年後だったらいくらなんでも取れるんじゃないの、いや1年後だと確実に取れるでしょうと思ったんですけど)、路上パーティーを急遽行うというとんでもないオチになってしまっていて、〈マディソン・スクエア・ガーデンのチケット、売れてなかったんじゃないの!〉と叫んでしまいました。こんな見切り発車でよく撮影オッケーしたなと思いました。

あと、これはNetflix制作じゃないですが、ストーン・ローゼズの復活ドキュメタリー「ザ・ストーン・ローゼズ:メイド・オブ・ストーン」(2013年)もすごかったですね。メイン・イベントのヒートン・パーク公演の頃には撮影拒否! 何があったか、謎のままですけど、だからまた解散しちゃったんでしょうね。〈仲悪くなりそうだったら、ドキュメンタリーの撮影とか許可出すなよ〉です。

 

カントリー・ミュージックが語るものは?

で、テイラー・スウィフトの「ミス・アメリカーナ」、恐る恐る観たんですけど、よかったです。オチを言ってしまいますが、最後は感動するのでご安心を。テイラー・スウィフトはやっぱりカントリー・シンガーだなというのがよくわかって嬉しかった。

演歌も一緒なんですけど、ロックを取り入れようが、ヒップホップを取り入れようが、カントリーはカントリーなんです。アメリカの血なんです。昔ボブ・ディランやニール・ヤングがカントリー・シンガーのジョニー・キャッシュのTV番組に嬉しそうに出たというのは、それがアメリカの音楽の基本だからです。アメリカでカントリーとはそれくらい大きな存在なのです。

そんなカントリーがどういう音楽かというと、物語を語るものなのです。アメリカでカントリーが大事にされるのは、新しい国なので自分たちの物語がないから。ゆえにカントリーや聖書に自分たちの物語を語らそうとするんだと思います。そして、テイラー・スウィフトはそんな世界に新しく登場したスターなのです。

いまの女の子たちがあいみょんを聴いてギターを持つように、テイラー・スウィフトはカントリー・シンガーになるためにアメリカ音楽の聖地ナッシュヴィルに移り住みました。女性たちが独身最後のパーティーをナッシュヴィルですることが、いまアメリカで流行っているんですが、これはテイラー・スウィフトからの影響なのです。そんな彼女なのに1年間シーンから消えなければならないほどバッシングされたのは酷いなと思います。〈セレブと遊ぶな〉〈男を取っ替え引っ替えするな〉〈ミス・アメリカーナでいろ〉ということだったんですかね。

 

何度でも立ち直るテイラーに惚れた

「ミス・アメリカーナ」では彼女に起きたいろいろなことについても、包み隠さず語られています。摂食障害のこともそうですが、観ていていちばんハラハラしたのはカントリー・シンガーとしては致命的な、反共和党/反トランプになることについてのスタッフ会議ですかね。〈今度のツアーは動員半分で組み直さなあかんな〉〈移動は装甲車やな〉などと言うスタッフの話は寒気がしました。日本の歌手でここまで自分の意志を貫こうとした人はいるんでしょうか? 

でもやっぱりいちばん酷かったのはMTVのVideo Music Awards(2009年)で、カニエ・ウエストに〈お前はこの賞にふさわしくない、本当の受賞者はビヨンセだ〉と言われたときでしょうね。あの彼女の顔が忘れられません。客席はカニエに対するブーイングに包まれたんですけど、彼女はそれが自分へのブーイングだと思ってしまった。心が折れそうな場面の連続です。いや、折れているでしょう。でも彼女は何度も立ち直ってくるのです。

どうやって立ち直ったかというと、やっぱり物語を作ることだったんだろうなと思います。テイラー・スウィフトもこのドキュメンタリーで何度も〈物語〉と発してましたが、彼女はちゃんと自分の物語を語ろうとしているのです。テイラー・スウィフトはそこがブレていない。デビュー前から書いていた日記に刻まれた出来事を物語にすることによって、彼女は踏ん張ってきたのです。

今回のドキュメンタリーを観て、本当に惚れてしまいました。