Page 3 / 3 1ページ目から読む

普通になり損ねた

 また、今回の『REQUIEM AND SILENCE』には、未発表の最新オリジナル曲“書きかけの手紙”も収録。「私は抽象的な歌詞が多いですが、この曲はすごくストレート。自分自身のことを初めて歌にしました」というバラード・ナンバーだ。

 「ベストに新曲を入れるなら、できるだけ赤裸々なものがいいと思ったし、だったら“書きかけの手紙”しかないなって。サビのフレーズ(〈まともじゃなくたって それでいいから〉〈ふつうじゃなくたって それでいいからね〉)は、実際に私が友人から言われた言葉なんです。私はずっと〈普通になり損ねた〉と思っていたし、そのことで怯えながら生きていて。そのときも感情が落ちていて、泣いていたんですけど、〈ちいちゃん(鬼束の愛称)はまともになる必要はないからね〉と言ってもらって、それがすごく嬉しくて。デビューからの20年で、いちばん嬉しい言葉でしたね。坂本さんの編曲も素晴らしいです。プロとしてのスキルも高いし、人柄が音に出ているんですよ。優しさだったり、几帳面なところだったり」。

 「普通だったら歌なんて書いてない。でも、私と同じように〈自分はどこか違う〉という思いを抱えて生きている人は多いはず」という彼女。みずからの心と身体を使って生み出された歌を通し、「リスナーを救いたい」という気持ちも年々強くなっているという。

 「私が死にそうだったとき、曲を書くよりも生きるほうが辛かったとき、ファンの皆さんに救ってもらったんです。曲を聴いてもらったり、CDを買ってもらえるって、本当にすごいことなので……。だから、今は私がノックしてあげる番だと思っていて。死にそうなくらい辛い人がいたら、私が心のドアをノックして、〈大丈夫、大丈夫〉と言ってあげたいです。“書きかけの手紙”もそう。この曲を聴いて〈私も同じだ〉と感じる人もいると思うので。ライヴに対する意識も変わりました。以前は好き勝手にやっていたけど、ここ数年は一人一人に語り掛けるように歌っていて。チケット代を2~3倍にして返したいし、聴き応えはあると思います」。

 今後の活動については、「20年やってきて少し(これまでのスタイルに)飽きているので、新しいこともやってみたい」と楽しそうに語る彼女。デビュー直後にブレイクし、華々しいスタートを切った鬼束ちひろの20年は、決して順風満帆ではなかった。それでも彼女は歌うことを止めることなく、不器用ながらも自分と向き合い、リスナーの心を揺さぶり、生きることを肯定する力を持った楽曲を生み出してきた。ベスト・アルバム『REQUIEM AND SILENCE』によって、彼女の普遍的な才能は改めて認知されることになるだろう。

 「20歳でデビューして、39歳になって。大嫌いだった学生時代よりも、(シンガー・ソングライターとしての活動のほうが)長くなってるんですよね。それは本当に幸せなことだなと実感してます」。

初出時、一部本文に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

 

鬼束ちひろの近作。

 

鬼束ちひろの参加作品を一部紹介。