歌を通じて叶わなかった思いに祈りを捧げる――そうして歩んできた20年史と、いつになく赤裸々な言葉を綴った新曲が示す彼女の現在地、そして音楽観とは?
叶わなかった想いに捧げる祈り
鬼束ちひろがデビューから20周年を迎えた。2000年2月にファースト・シングル“シャイン”を発表。その後は“月光”“眩暈”などのヒット曲を次々と送り出し、瞬く間にブレイクを果たした彼女。壮大なドラマ性と震えるような繊細さを併せ持ったメロディー、心の奥底にある痛みや悲しみを映し出すリリック、そして、〈歌うことを運命づけられた〉と形容したくなる圧倒的な表現力を備えたヴォーカル――それらを軸にした彼女の音楽は、時代や流行を超越し、今も熱狂的な支持を集め続けている。20周年を記念したオールタイム・ベスト・アルバム『REQUIEM AND SILENCE』を聴けば、鬼束自身が全身全霊で楽曲を生み出し、魂を込めて歌ってきた軌跡をダイレクトに体感できるはずだ。
「20周年を迎えたことに対しては、すべてが走馬灯のようでもあるし、100年くらいかかってここまで来たような気もします。普段は自分の曲を聴き返すことはないですが、振り返ってみると〈自分の子どもがいっぱいいた〉というか。ひとつ言えるのは、ずっと感覚で動いてきたということ。色、温度、匂い、浮かんでくる情景などを頼りに、五感をフルに使いながら曲を作ってきたので」。
「アレンジや曲名、アルバムのタイトルなどの最終判断は、基本的にディレクターに任せています。私は作詞と作曲、歌をやらせてもらっているだけ」という彼女だが、『REQUIEM AND SILENCE』というタイトルは本人の発案。この言葉には、多くのリスナーの感情を激しく揺らし、癒し続ける鬼束ちひろの音楽の在り方、そして、彼女自身の音楽観がわかりやすく示されている。
「音楽で人は救えないと思っているんです。例えば、もう生きられないと思っている人、生活が苦しい人は、音楽を聴く余裕がないと思うから。ただ、報われなかった気持ちを浄化する手伝いはできるのかなって。以前、ファンの方に〈鬼束さんの歌を聴くと、婚約破棄した相手のことを思い出します〉と言われたことがあるんですよ。そういう〈叶わなかった思いに祈りを捧げる〉ということを言葉にすると、〈鎮魂歌(REQUIEM)〉になるのかなと。それは今の段階で辿り着いていることで、また変わっていくかもしれないですけど……。 〈SILENCE〉は単に私が好きな言葉です(笑)。響きがいいし、歌詞にもよく使ってますね」。