(左から)土屋望、羽毛田丈史

20世紀から21世紀へ移り変わろうとする節目の年、鬼束ちひろという不思議な響きを持った名前のシンガーソングライターがシーンに登場した。その名にふさわしく彼女が歌う曲はどれも聴き手を深くて広い不思議な場所へと誘う力を宿していて、当時多くのリスナーたちに鮮烈な印象を残したものだった。

そんな彼女の初期作品をまとめたボックスセット『UN AMNESIAC GIRL~First Code (2000 - 2003)~』がこのたびリリースされた。1st『インソムニア』(2001年)、2nd『This Armor』(2002年)、3rd『Sugar High』(2002年)というオリジナルアルバムに加えて、オーディションの際に録音された音源やチューリップの“青春の影”など未発表カバーを含むレアトラック集などトータル5枚のディスク(1枚は映像盤)と、お宝音源が聴けるカセットテープなどがセットとなったファン垂涎の逸品なのだが、これを機に初めて鬼束ワールドに足を踏み入れるという向きにもかけがえのない貴重体験を味わわせてくれる内容となっていることを保証しよう。

そんなボックスセットのリリースを記念して、土屋望、羽毛田丈史という初期の鬼束音楽を語るうえで欠かせない両名にインタビューすることができた。前者は鬼束を発掘したチーフプロデューサーであり彼女の事務所の代表、後者はサウンドプロデューサーとして彼女を支えたピアニスト/アレンジャーだ。

彼女の独特なキャラクターや稀有な音世界をわかりやすく伝えてもらうのにこれほどの適任もいないだろうが、最近まで当時の思い出にガッチリ鍵をかけてしまっていた土屋氏に関しては、こちらの質問に答えるようにしてゆっくりと記憶を紐解いていくようなトークになったことをまず記しておきたい。はたしてどんな話ができるだろう?と少し不安げな表情を浮かべる彼に対して、羽毛田氏が「(ボックスセットのパッケージやブックレットの)色校が届くたびに、あの頃と向き合わなきゃいけなかったわけだ」とニヤっとしている。

鬼束ちひろ 『UN AMNESIAC GIRL 〜First Code (2000 - 2003)~』 ユニバーサル(2024)

 

どんな音なら鬼束の歌を活かせるか、そればかり考えていた

――土屋さんは制作当時の記憶を封印していたのですか?

土屋望「そうそう(苦笑)。去年、音源を約20年ぶりに聴き返したんですけど、緊張しましたよ」

――ひさびさに封を開いてみて、最初に去来したものは?

土屋「純粋に彼女の楽曲と向き合うのは当時の現場以来だったのですが、すごく良かったんですよね。1枚目の1曲目から彼女の世界観にハマっている自分がいた。楽曲を前にしたら、いちリスナーになれた。で、〈すごく良いじゃないか〉ってスタッフにも伝えた。それは羽毛田さんの作ったサウンドの影響も大きい」

――改めて聴き直すと、普遍性の高いサウンドに感じられました。そこら辺は制作時から意識されていたのかな?って。

羽毛田丈史「嬉しいですね。僕としては、ものすごい情熱を感じる。作品に携わったみんなが生み出した情熱。どこか仕事じゃない感じで向き合っていたところがありましたから。どんなサウンドを響かせれば、鬼束の歌を活かせるか。そればかり考えてました。

土屋さんのすごいところは、楽曲やアルバムの大まかな方向性だけを提示して、あとは僕の思うがままにやらせてくれたこと。どんな仕事にも制約があり、〈このアーティストだったらこういう傾向を取り入れた方がいいだろう〉って忖度するし、そこでは職人としての使命感が働くんだけど、土屋さんの場合は、それが要らない。だから自由に羽ばたけた。どんなサウンドがカッコいいかさまざまに試しながら、時間をかけて作ることができた。

土屋さんは環境を整えるのが上手なんです。土屋さんが作ったスタジオでレコーディングしていたんだけど、好きなだけやれるわけ。ピアノだって何回も録り直しできるし。ミュージシャンを呼んで、ああでもないこうでもない、って言いながらやっていると、バンドをやっているような感じになっていくんです。主役の彼女はというと、なすがままの状態というか、あちらから要求されることは何にもない」

――無色透明であり続けようとしたんですかね。

羽毛田「だから僕の好きなようにできた。大変なのは大変だけど、楽しかった。エンジニアも含めて一丸となって自由に音を作り上げていけたからこそ、すごく情熱を感じるんですよ。僕なんか最初は土屋さんに連れてこられたバイトみたいな存在だったんだけど(笑)」

――どういうことですか?

羽毛田「ある人の紹介でスタジオミュージャンとして呼ばれて、ピアノを弾きに行ったんですよ。そしたら土屋さんから、〈今度事務所に来てくれ〉って言われて、事務所で延々、鬼束の話を語られて(笑)。いっしょにやりたいんだと。一回しか会っていないのに(笑)。たしかにアレンジの仕事はやってましたけど、前の作品を聴いてもらっていたこともなく、すでに決まっていたという」

――何かピンとくるものがあったんですね。

土屋「こんな言い方をすると何ですけど、僕は鬼束と羽毛田さんの〈才能の管理〉をやっていた気がする。羽毛田さんは、演奏者や歌い手の個性が強かったり、毒を持っていたりするほうが素晴らしさを発揮するんですよ。

あとね、鬼束のケースに限らず、僕はある人をデビューさせる際には、制作陣やスタッフなどもなるべく新しい人たちとやりたいっていうタイプなんです。ベテランの売れっ子と新人、みたいな構図にはあまり興味が持てず、新しいものを生み出す場合は、すべて新しいほうがいい、って考え方をしちゃう。昔の海外レーベルに憧れを抱いていたせいでしょうね」