(左から)土屋望、羽毛田丈史

20世紀から21世紀へ移り変わろうとする節目の年、鬼束ちひろという不思議な響きを持った名前のシンガーソングライターがシーンに登場した。その名にふさわしく彼女が歌う曲はどれも聴き手を深くて広い不思議な場所へと誘う力を宿していて、当時多くのリスナーたちに鮮烈な印象を残したものだった。

そんな彼女の初期作品をまとめたボックスセット『UN AMNESIAC GIRL~First Code (2000 - 2003)~』がこのたびリリースされた。1st『インソムニア』(2001年)、2nd『This Armor』(2002年)、3rd『Sugar High』(2002年)というオリジナルアルバムに加えて、オーディションの際に録音された音源やチューリップの“青春の影”など未発表カバーを含むレアトラック集などトータル5枚のディスク(1枚は映像盤)と、お宝音源が聴けるカセットテープなどがセットとなったファン垂涎の逸品なのだが、これを機に初めて鬼束ワールドに足を踏み入れるという向きにもかけがえのない貴重体験を味わわせてくれる内容となっていることを保証しよう。

そんなボックスセットのリリースを記念して、土屋望、羽毛田丈史という初期の鬼束音楽を語るうえで欠かせない両名にインタビューすることができた。前者は鬼束を発掘したチーフプロデューサーであり彼女の事務所の代表、後者はサウンドプロデューサーとして彼女を支えたピアニスト/アレンジャーだ。

彼女の独特なキャラクターや稀有な音世界をわかりやすく伝えてもらうのにこれほどの適任もいないだろうが、最近まで当時の思い出にガッチリ鍵をかけてしまっていた土屋氏に関しては、こちらの質問に答えるようにしてゆっくりと記憶を紐解いていくようなトークになったことをまず記しておきたい。はたしてどんな話ができるだろう?と少し不安げな表情を浮かべる彼に対して、羽毛田氏が「(ボックスセットのパッケージやブックレットの)色校が届くたびに、あの頃と向き合わなきゃいけなかったわけだ」とニヤっとしている。

鬼束ちひろ 『UN AMNESIAC GIRL 〜First Code (2000 - 2003)~』 ユニバーサル(2024)

 

どんな音なら鬼束の歌を活かせるか、そればかり考えていた

――土屋さんは制作当時の記憶を封印していたのですか?

土屋望「そうそう(苦笑)。去年、音源を約20年ぶりに聴き返したんですけど、緊張しましたよ」

――ひさびさに封を開いてみて、最初に去来したものは?

土屋「純粋に彼女の楽曲と向き合うのは当時の現場以来だったのですが、すごく良かったんですよね。1枚目の1曲目から彼女の世界観にハマっている自分がいた。楽曲を前にしたら、いちリスナーになれた。で、〈すごく良いじゃないか〉ってスタッフにも伝えた。それは羽毛田さんの作ったサウンドの影響も大きい」

――改めて聴き直すと、普遍性の高いサウンドに感じられました。そこら辺は制作時から意識されていたのかな?って。

羽毛田丈史「嬉しいですね。僕としては、ものすごい情熱を感じる。作品に携わったみんなが生み出した情熱。どこか仕事じゃない感じで向き合っていたところがありましたから。どんなサウンドを響かせれば、鬼束の歌を活かせるか。そればかり考えてました。

土屋さんのすごいところは、楽曲やアルバムの大まかな方向性だけを提示して、あとは僕の思うがままにやらせてくれたこと。どんな仕事にも制約があり、〈このアーティストだったらこういう傾向を取り入れた方がいいだろう〉って忖度するし、そこでは職人としての使命感が働くんだけど、土屋さんの場合は、それが要らない。だから自由に羽ばたけた。どんなサウンドがカッコいいかさまざまに試しながら、時間をかけて作ることができた。

土屋さんは環境を整えるのが上手なんです。土屋さんが作ったスタジオでレコーディングしていたんだけど、好きなだけやれるわけ。ピアノだって何回も録り直しできるし。ミュージシャンを呼んで、ああでもないこうでもない、って言いながらやっていると、バンドをやっているような感じになっていくんです。主役の彼女はというと、なすがままの状態というか、あちらから要求されることは何にもない」

――無色透明であり続けようとしたんですかね。

羽毛田「だから僕の好きなようにできた。大変なのは大変だけど、楽しかった。エンジニアも含めて一丸となって自由に音を作り上げていけたからこそ、すごく情熱を感じるんですよ。僕なんか最初は土屋さんに連れてこられたバイトみたいな存在だったんだけど(笑)」

――どういうことですか?

羽毛田「ある人の紹介でスタジオミュージャンとして呼ばれて、ピアノを弾きに行ったんですよ。そしたら土屋さんから、〈今度事務所に来てくれ〉って言われて、事務所で延々、鬼束の話を語られて(笑)。いっしょにやりたいんだと。一回しか会っていないのに(笑)。たしかにアレンジの仕事はやってましたけど、前の作品を聴いてもらっていたこともなく、すでに決まっていたという」

――何かピンとくるものがあったんですね。

土屋「こんな言い方をすると何ですけど、僕は鬼束と羽毛田さんの〈才能の管理〉をやっていた気がする。羽毛田さんは、演奏者や歌い手の個性が強かったり、毒を持っていたりするほうが素晴らしさを発揮するんですよ。

あとね、鬼束のケースに限らず、僕はある人をデビューさせる際には、制作陣やスタッフなどもなるべく新しい人たちとやりたいっていうタイプなんです。ベテランの売れっ子と新人、みたいな構図にはあまり興味が持てず、新しいものを生み出す場合は、すべて新しいほうがいい、って考え方をしちゃう。昔の海外レーベルに憧れを抱いていたせいでしょうね」

 

17、18歳で人生の真実を歌っちゃってる

――土屋さんと彼女の出会いは、オーディションなんですよね?

土屋「僕のレーベル(Virgin Tokyo)のオーディションで初めて出会ったわけですけど、応募してきたカセットにカントリー系の若い女性シンガー、ジュエルのカバーが入っていたんです。そのとき、なんで宮崎の17歳の女子高生がジュエルを歌ってるんだろう?って、謎も含めて惹かれました。ジュエルって日本でそんなに流行っていたわけでもなく、みんなが話題にしているわけでもなかったですから。

白人の女性シンガーソングライターのなかでも、ローラ・ニーロなどに近いのかなとか、本人と接しながら少しずつ紐解いていったというか。この子の正体をきちっと見極めないと、という気持ちでした。その頃、本人はまだオリジナル曲を提示してこなかったので。恥ずかしいからって理由で」

――当時は、J-POPシーンに新しいタイプの女性シンガーソングライターが台頭し始めていました。差別化に関しては意識されました?

土屋「差別化する必要がなかったというか……」

羽毛田「ポテンシャルが違ってたからね」

土屋「初めてオリジナル曲を聴いたとき、17、18歳で人生の真実を歌っちゃってる、って思った。こんな奴に出会っちゃったら、迷うことなんてないですよね。非常に類いまれというか、ジャンルとしても他にないし、とにかく生きづらいんだと(笑)。

世紀の変わり目の世の中に向けて、こういう歌をうたっている少女がいるんだってことを伝えなきゃいけない、その使命をまっとうすることだけに集中していました。そういった意味でのプレッシャーはありましたね。ちゃんと伝えるためには曲を発表する順番を間違えないようにしないといけない。間違えるとすべてが台無しになってしまうので慎重になっていました。

あとデビュー前のデモ作りのときにいろいろ試して、ピアノの音色と彼女の歌声のマッチングがいいのではと気づいたので、そこにはこだわろうと。だから最初のセッションに来ていただいたピアニストには注目していたんですよね」

――羽毛田さんのことですね。

土屋「彼女って音楽の教育を受けて、音楽的に完成度の高いものをアウトプットしよう、といった意識が端からなかったと思う。生きるために、呼吸するように曲を書いていた人だったから、彼女の世界を音楽的な枠にはめ込んでいく作業を羽毛田さんが担ってくれたと思います」

羽毛田「2枚目(『This Armor』)以降は何度か僕のスタジオでいっしょに曲作りしたりしましたね。コードを弾いて、じゃあここサビ作ってみ、って言うと、やっぱすごいよね、すぐに歌えちゃうんです。で、歌詞をピヤーッと書いて、あっという間に1曲できてしまう。あれはすごかったな」

――そんな人あまりいないのでは?

羽毛田「いないですね、彼女以外に」

土屋「〈1曲書いてきて〉って言うと一気に4曲ぐらい出てくるような多作の人でした。僕が担当していた時代の終盤には羽毛田さんに曲作りをサポートしてもらうこともありましたが、基本は詞先。ワンコーラスだけ作ってある、というケースはほとんどなくて、全曲フルコーラスで仕上がっている」

羽毛田「1番と2番で長さが違うこともよくありましたね。構成とか関係なくトータルでひとつの曲ができている感じ。“月光”がまさにそうじゃないですか。2番がちょっと違うんですよ。A(メロ)行って、B行って、Cに行く、という進行は重要じゃない。だからヘンでしょ」

土屋「生きてる証拠に曲を作ってる、みたいな感じだったから、吐き出すように言葉を綴り歌うだけ。整合性には興味がない」

 

世紀の変わり目に使命を背負って現れた少女

――聴き直して意識させられたのは、なんて洋楽テイストの濃い音楽なんだろう、ってことだったんですけど。

土屋「それは最初から意識していたことです。通常のJ-POPのスタイルでは表現しきれない。この要望に応えられるアレンジャーって実は少ないんですよ。だから、そういう人と出会えたことが何より幸運だった。

というか、普通にやっていたら洋楽のようになってしまうんですよ、羽毛田さんは。ピアノもそうだし、ハーモニーなんかも日本人離れしているし。弦のアレンジもアンサンブルが鳴った瞬間、〈わっ、これ洋画のサントラだ〉っていうね」

――いずれも時代の空気感を含みながら普遍的な響きを獲得したサウンドになっている。

土屋「洋楽的なものを意識したと言いましたが、どちらかと言えば、どこか遠い星から降りて来たサウンド、って感じかな、僕のなかでは。ちょうど世紀の変わり目に何かの使命を背負って突然現れた少女、って勝手にイメージしていたんですよ。だから実を言えば、日本的なカラーがどうとかはあまり念頭に置いていなかった」

――未知との遭遇だったんですね。

羽毛田「でもいちばん印象に残っているのは、スタジオのソファーでペラペラ雑誌めくりながら、どの子が可愛い、とか言ってた彼女の姿かな」

――(笑)。

羽毛田「で、いざ歌入れとなれば、裸足になって、ワーッと歌い切って、さっと帰っていく。クルクル豹変する感じ。テープが回ると一瞬で全力になるわけ。もう一回やらせてください、とかは一切ない。歌っているときは鬼気迫る様子だったのに。ブースから出てきたときはケロッとしていて、ナニ食べる~?って言ってる」

――羽毛田さんが当時心がけていたことでいま思い出すことがあれば教えてください。

羽毛田「当時、サラ・マクラクランとかリサ・ローブといった女性シンガーソングライターがアメリカの音楽シーンに台頭してきたんですね。彼女たちはフォーキーなスタイルを標榜していて、ジョニ・ミッチェルの流れを汲む音楽をやっていた。現在のテイラー・スウィフトに連なる系譜ですね。そしてそれまで主流だったエレクトリック系から潮目が変わった。少しあとになると、ノラ・ジョーンズが登場してフォーキーな音楽がもっと注目されるようになるんだけどね。

で、僕は、これだな、これでいくしかないなと思った。〈ナチュラルウーマン〉というかね。ピアノがメインで、生ギターや生ストリングスが入ってくるサウンドが合うんじゃないかって、土屋さんから〈ハイこれね〉って渡される曲を聴いて感じていた。ちなみに僕は、選曲には一切かかわっていない」

――曲が届く際、次はこういう感じで、という要望が添えられていたりしなかったんですね。

羽毛田「細かいオーダーは一切なかった。ただポンと渡されるだけ。お互い見ている方向はいっしょだって意識を持っていたから」

土屋「冗談っぽく洋楽アーティストの名前を出して説明するようなことはありましたけどね。ただ話すとしても、あくまでさっくりとしたイメージ。都会の生活の座り慣れたソファーに座っている感じ、とか。何とも言えない会話をするだけ」

羽毛田「土屋さんってピアノを弾かれるんですよ。だから僕のピアノ録りは彼がやる。そのとき僕は一介のスタジオミュージシャンになるんです」

土屋「サウンドプロデューサーなのにね(笑)」

羽毛田「〈もう一回、Aメロの3小節もらえますか?〉って指示されて、ハイってこちらはそれに従う。え、また弾くの?とか思いながら。どこが駄目なのかわからない。ピアノは何回も弾かされました。でも言うとおりに弾こうって(笑)。編集は全部土屋さんがやってくれるんです。だから一切かかわってないですよ」

 

創作と歌うこと以外に興味がない稀有な才能

――レコーディングは羽毛田さん、土屋さんがいろいろと試行錯誤しながら進めていくのが通常運行だったと。ちなみに作業をスタートさせるにあたって、このことを心がけていた、といったものなどがあったら教えていただきたいのですが。

土屋「彼女の曲は、当初はポップス的な要素が欠けているわけです。〈生きるか死ぬか〉みたいな、通常のポップスとは異質な世界から生まれた曲ですから。でも羽毛田さんの手にかかると、見事にポップミュージックになってしまう。究極のイージーリスニングみたいなものを得意とする人なので、むしろ歌や演奏がアベレージ的だったりするとうまくいかないんじゃないかな? 〈イージーリスニング〉って日本ではあまり良い意味で使わないこともあるけど、世界的にとても評価を得ているサウンドなんです。

いま思い出したけど、ミックスで羽毛田さんがサウンドをチェックして、僕が歌のチェックをし終えたときに鬼束がいたことは一度もなかったね(笑)。楽曲の創作と歌うこと以外に興味がない。そこを委ねてしまえるところが特別な才能なんですけど、意図的に任せているということもなく、単に関心がない」

羽毛田「この仕事をやり始めてからこういう人と会ったのははじめてですよ」

――その辺りはDVDでも見受けられましたね(2003年にNHKでオンエアされたドキュメンタリー「神が舞い降りる瞬間~鬼束ちひろ・22歳の素顔~」を収録したDVDがボックスセットに同梱されている)。

土屋「そこに助けられたところも大きいんです。シンガーソングライターにとって曲は自分が産んだ子供だし、仕上がりがどうなるかまで追っかけていくのが普通なんですけど。鬼束は曲を書き終えたら、歌う人に切り替わっているんでしょうね。歌うときにはそれに夢中になって、曲を作ったことすら忘れている。稀有な例だと思うんです」

羽毛田「もう一回歌って、って言ったら文句言わずに何回でも歌うし」

――そういったやりとりを続けながら歌い方を調整していったんでしょうか?

羽毛田「調整とかもないんです。普通は〈サビに行くのに感情が入れにくいからAメロは全部歌わせて〉とかありますよ。でもこっちが〈この一言だけちょうだい〉って言ったら、ハイってやってくれる。〈頭からもう一回くれる?〉って指示しても大丈夫。かといって、この人たちに任せているから、って信頼が感じとれるわけでもない。何のこだわりもない。だけど曲のタイトルとかに関しては異常なまでのこだわりを持っていたりする」

 

“GODS CHILD”から“聖痕”、そして“月光”へ

――“月光”がもともと“GODS CHILD”というタイトルだったってことを今回、本人が弾き語りで録音したデビュー前の音源を収めているカセットテープを聴いて知りました。

土屋「カセットが届いたときにそういうタイトルでした。ドラマ(テレビ朝日系金曜ナイトドラマ『トリック』)のテーマ曲に抜擢された影響で変わっていったっていう経緯なんですけどね。そういった場合、番組サイドからの〈こうしてほしい〉という要望があるじゃないですか、歌詞にこういうフレーズを入れられないか、とか。そういうのに対応できないタイプだとわかっているから、僕のところである程度調整しましたけどね。

そうそう、〈先方は日本語のタイトルを希望してる〉って彼女に伝えたら〈聖痕(せいこん)〉って案が返ってきた。これは〈読みにくいし難しい〉って言われるだろうな、と思ったらやっぱりそうなって(笑)。少しだけ不機嫌そうに出してきたタイトルが〈月光〉でした」

――ハハハ。

土屋「そのセカンドシングル(“月光”)がすごく売れてしまったわけですけど、代表作が早く出てしまうってことに対するリスクというか、なるべくそうさせたくないというプロデューシングマインドが働いて、〈彼女はこの曲だけじゃないよ〉ってアピールすることを意識するようになっていくわけです」

羽毛田「そこはすごく話しましたね」

土屋「デビューアルバム(『インソムニア』)は素晴らしい内容になったけど、これも売れてしまったんで、セカンドアルバム(『This Armor』)は意図的にいろんな方向に振ったというか、バリエーションを広げたんですよ」

――躍動感のあるアップチューン“everything, in my hands”やスケールの大きなオーケストレーションに彩られたバラード“infection”、ゴスペルチックな世界観を持った“CROW”などバラエティーに富んだ作品になっていますね。

羽毛田「裸足になって歌ったりするし、エキセントリックな感じに受け止められていたところもあったと思うんですけど、僕は国民的な歌手になれる逸材だと信じていた。彼女には普遍的な魅力のあるシンガーソングライターになってもらいたいと、ただそれだけを願っていました」

――しっかりと彼女の歌にフォーカスした作りになっている3作目『Sugar High』などには、そういった思いが滲んでいる気がするんです。

羽毛田「そうです。例えばマライア・キャリーのような、ジャンルと関係ない歌うたいになってもらいたいってことはいつも相談していましたね」

 

世紀末も現在も響く〈生きづらさ〉や〈居場所のなさ〉

――今回のボックスセットにまとめられた3枚は2年足らずでリリースされていますね。続けて聴くと高密度に凝縮されたエネルギーに呑まれそうになるんですが、純度の高い鬼束ちひろの表現世界と対面できるし、随所に散りばめられたさまざまな可能性を発見することもできる。ところで、当時は曲のストックってかなりあったんですか?

土屋「ありました。とにかく呼吸をするように書いていたんで山ほどあったんですけど、あまり手を付けないように決めてました。それらはこの先長いキャリアの中で少しずつ出ていけばいいと。なので彼女にはことあるごとに、新曲を書け、って言い続けていました」

――そういう意図は伝わっていたんでしょうか?

土屋「う~ん、説明するのが難しいな。伝えたところでわかってもらえない、とかじゃなく、意図ってものに興味がない。だから、〈なんで?〉って反応にはならない」

――相手が話すことの真意が掴めなかったら、普通ならストレスを感じてイライラしちゃうと思うんですけど、彼女の場合はそうはならなかったと?

土屋「〈ストック曲を使ってよ〉とは思ってたけど、新曲を書くことがストレスになっていたとは思わない。命じられることが嫌いではないというか……。ホント申し訳ないんだけど……僕が申し訳なく思う必要もないんだけど、僕と羽毛田さんはその〈動物〉と出会った経験があって、それを会ったことのない人に説明しようとしてもやっぱり限界がある」

――いずれにせよ、おふたりのディレクションを素直に受け止めていらっしゃったことはわかりました。

土屋「不機嫌なときも多かったですよ。機嫌がよくないのはデフォルトでしたから。初めて会ったときから目が据わっている子だった。でも普通に可愛らしい少女だったりもするんです。で、彼女が真剣になればなるほど、そのギャップが目立ちはじめる。そこは僕らの関係が続いた最後のときまで変わらなかった」

羽毛田「まずね、土屋さんはお父さんみたいな役割。で、僕はお兄ちゃん。そんなこともあって、彼女とはよくふたりでご飯を食べに行ってました。その席で僕が説教すると、ちゃんと聞くんです。でもあくる日には、またいつものように暴れていたりする。だから、ダメじゃないかって説教して……っていう繰り返し」

――なるほど。おふたりの話にたびたび登場する〈少女〉ってワードですが、このボックスセットに映し出される鬼束ちひろ像とピッタリと重なり合うなぁ、って思いました。

土屋「あの頃大ヒットした宮崎駿監督の『もののけ姫』、その映画のコピー〈生きろ。〉、 この言葉が彼女に初めて会ったときから僕の中にずっと響いていました。だから、この少女は何かの使命を持って世の中に登場してきた、ってことを考えずにはいられなかった。それから、送られてくる何十ものオリジナル曲を聴くと、おしなべて〈生きづらさ〉がテーマになっていることに気付くわけです。ハッキリ言葉にしているわけではないんだけども。

当時たまたま観た、不登校の子がフリースクールに通うテレビのドキュメンタリーがあって。ちょうどそういう子が増えているのが社会問題になっていたんですけど、彼女の曲はそういう子たちには響くだろうなと。で、僕はメジャーシーンにこういう歌をうたう子がひとりぐらいいてもいいんじゃないか?って思うようになった」

羽毛田「Coccoさんとかとはまた違うキャラクターだよね」

土屋「Coccoさんは大自然のなかを駆けまわっている感じ。鬼束は陽の当たらない都会のアパートのなかでずっと座っているイメージがある」

羽毛田「土屋さんに一度話したことあったけど、鬼束は、宮崎の日南海岸でUFOに一度攫われているんじゃないかと思うわけ。そこで何か力を授かって、ガーッと曲を書き出したんじゃないかって。そうじゃなきゃ説明できないことがいろいろあるんだよ」

土屋「そのとおりですよ」

――それにしても『インソムニア』のジャケットに映る彼女の可愛らしさったらないですね。このオーガニックな雰囲気とアルバムタイトルのギャップがまたすごいんですけど。

土屋「アルバムタイトルはすべて本人が考えています」

――鬼束さんのこと、またこの大ヒットアルバムのことを知らない若い子が手に取って中身を知ったらどんな反応を示すのか。実に興味があります。

土屋「彼女はただそこにいるだけで人とは違う雰囲気を放っていたんです。だからテレビに出て、他の出演者と並んでいるだけで、異物感を醸し出していた。どの時代でも生きづらい、居場所がない、いろいろなものに適応できない人はいるでしょう。時代、年齢を問わず、そんな人にぜひ聴いてほしい」

 

抜群の表現力を持った歌い手との奇跡のアンサンブル

――さてレア音源もたっぷり楽しめるこのボックスセットが世に問われる機会が到来したわけですけど、どう受け止めてもらえることを望みますか?

羽毛田「さっき普遍的な印象を受ける、と言っていただいたのが嬉しかったんだけど、リリース当時にまだ生まれてなかった人たちが聴いて、同じように思ってもらえたら成功だなと思う」

土屋「僕は、これらの作品は彼女と羽毛田さんが生み出した奇跡のアンサンブルだと思っている。羽毛田さんが醸し出す〈品〉と歌の持つ〈毒〉が溶け合い、ヒーリング的な効果も生み出すことに成功している。

僕はこれらの作品と向き合っていた頃、毎日彼女と対峙していたので、どうしても音楽とは違った次元での話が多くなっちゃう。でもいま思うと、ここで構築されていた関係は良くできたシステムだったなって。役割分担が明確だから、それぞれの領域を誰かが侵すこともない」

羽毛田「しっかり言っておきたいのは、鬼束はこれまで僕が出会ったなかでいちばん上手い歌手だってこと。曲のポテンシャルとか個性的な歌詞とかいろいろあるけど、抜群の表現力を出会ったときから感じていた」

土屋「テクニカルな部分ではないところのすごみ、みたいな」

羽毛田「だって土屋さんから〈こういうことをやりますので〉って説明されたとき、衝撃を受けたもん。歌を聴いて、30代か40代だと思ったぐらい堂々たるもんだった。で、本人と対面したら、金色のスカートにピンク色のTシャツっていういで立ちだったからなんかもう……。忘れられないよ、あの感じ」

土屋「策を弄する必要性が、僕にも羽毛田さんにもなかった。こちらがどんな作戦を立てようが、結局はうまくハマらない。そのわりにはいろいろと苦労しましたけどね(笑)」

羽毛田「上質なオケを手間暇かけて作りさえすれば、あとは彼女の歌声をポンと乗せるだけで良いものができあがる。丁寧に音楽を作らせてもらう経験ができたんです」

――3者の汗と地と涙の結晶であるのだとよくわかりました。本日はありがとうございました。

 


RELEASE INFORMATION

鬼束ちひろ 『UN AMNESIAC GIRL 〜First Code (2000 - 2003)~』 ユニバーサル(2024)

リリース日:2024年3月27日(水)

■完全生産限定盤(4SHM-CD+DVD+MC)
品番:UPCY-90247
価格:13,200円(税込)

TRACKLIST
Disc 1【インソムニア】Remastered 2023 CD
1. 月光
2. イノセンス
3. BACK DOOR(album version)
4. edge
5. We can go
6. call
7. シャイン(album version)
8. Cage
9. 螺旋
10. 眩暈
11. 月光(album version)

Disc 2【This Armor】Remastered 2023 CD
1. ROLLIN’
2. 茨の海
3. シャドウ
4. everything, in my hands
5. Our Song
6. 流星群
7. LITTLE BEAT RIFLE(album ver.)
8. Arrow of Pain
9. infection
10. CROW

Disc 3【Sugar High】Remastered 2023 CD
1. NOT YOUR GOD
2. 声
3. Rebel Luck
4. Tiger in my Love
5. Castle・imitation(album version)
6. 漂流の羽根
7. 砂の盾
8. King of Solitude
9. BORDERLINE

Disc 4【スペシャル・トラック集】CD
1. Who Will Save Your Soul[Live@Virgin Tokyo Audition in 1998](未発表音源)
2. BACK DOOR
3. Beautiful Fighter
4. LITTLE BEAT RIFLE
5. 嵐が丘
6. ダイニングチキン
7. Fly to me
8. Sign
9. Ash on this road
10. Castle・imitation
11. 私とワルツを
12. いい日旅立ち・西へ
13. 青春の影(未発表音源)
14. 守ってあげたい
15. 月光(from ULTIMATE CRASH ’02 LIVE AT BUDOKAN)
16. Foolish Game[Live@弾き語り](未発表音源)
17. シャイン

Disc 5【アーティスト・ドキュメント『神が舞い降りる瞬間〜鬼束ちひろ・22歳の素顔〜』】DVD

Cassette Tape【Demo Tape】
Side A
1. GOD’S CHILD(“月光” 1st demo)
2. Infection(1st demo)

Side B
1. Cage(1st demo)

 

■通常盤(4SHM-CD)
品番:UPCY-7931/4
価格:8,800円(税込)

Disc 1【インソムニア】Remastered 2023 CD
1. 月光
2. イノセンス
3. BACK DOOR(album version)
4. edge
5. We can go
6. call
7. シャイン(album version)
8. Cage
9. 螺旋
10. 眩暈
11. 月光(album version)

Disc 2【This Armor】Remastered 2023 CD
1. ROLLIN’
2. 茨の海
3. シャドウ
4. everything, in my hands
5. Our Song
6. 流星群
7. LITTLE BEAT RIFLE(album ver.)
8. Arrow of Pain
9. infection
10.CROW

Disc 3【Sugar High】Remastered 2023 CD
1. NOT YOUR GOD
2. 声
3. Rebel Luck
4. Tiger in my Love
5. Castle・imitation(album version)
6. 漂流の羽根
7. 砂の盾
8. King of Solitude
9. BORDERLINE

Disc 4【スペシャル・トラック集】CD
1. Who Will Save Your Soul[Live@Virgin Tokyo Audition in 1998](未発表音源)
2. BACK DOOR
3. Beautiful Fighter
4. LITTLE BEAT RIFLE
5. 嵐が丘 
6. ダイニングチキン
7. Fly to me
8. Sign
9. Ash on this road
10. Castle・imitation
11. 私とワルツを
12. いい日旅立ち・西へ
13. 青春の影(未発表音源)
14. 守ってあげたい
15. 月光(from ULTIMATE CRASH ’02 LIVE AT BUDOKAN)
16. Foolish Game[Live@弾き語り](未発表音源)
17. シャイン

 


PROFILE: 鬼束ちひろ
2000年2月、CDシングル“シャイン”でデビュー。同年リリースの“月光”がロングヒットを記録。ファーストアルバム『インソムニア』がオリコンチャートで初登場第1位、ミリオンセールスを記録、その後、日本ゴールドディスク大賞のロック・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。2001年、CDシングル“眩暈”で第43回日本レコード大賞の作詞賞を受賞。2016年に至るまで22作のシングル(配信のみ1曲)、6作のオリジナルアルバムを制作し(ベスト盤・カバー盤を除く)、テレビドラマ・劇場版「TRICK」の主題歌をはじめ映画・ゲーム・ドラマ・CMなど多方面に楽曲が起用される。バンド名義の活動を挟み、2015年には初の楽曲提供をおこない、花岡なつみへ“夏の罪”(ドラマ「エイジハラスメント」の主題歌)を楽曲提供した。2016年11月、メジャーリリースとしては約5年ぶりとなるシングル“good bye my love”を、さらに2017年2月には6年ぶりとなるアルバム『シンドローム』をリリース。同年6月には初のライブアルバム『Tiny Screams』、10月にはライブDVD/Blu-ray「ENDLESS LESSON」をリリース。2018年、約15年ぶりとなるドラマ主題歌として“Twilight Dreams”がFODオリジナルドラマ「ポルノグラファー」の主題歌に決定した。2019年2月にはシリーズの続編となる「ポルノグラファー~インディゴの気分~」へ“End of the world”を書き下ろし、2曲連続でドラマ主題歌へ抜擢された。2020年2月9日にデビュー20周年を迎え、オールタイムベスト『REQUIEM AND SILENCE』を2月20日にリリース。11月25日には3年ぶり、8作目となるオリジナルアルバム『HYSTERIA』をリリース。2021年2月24日に映画「劇場版 ポルノグラファー~プレイバック~」の主題歌“スロウダンス”を収録したシングル“スロウダンス”をリリース。2021年5月には2020年11月に開催された20周年コンサートツアーの模様を完全収録したライブ映像作品「LIVING WITH A GHOST」をリリース。
オフィシャルサイト:https://www.onitsuka-chihiro.jp/