Page 4 / 5 1ページ目から読む

〈人間賛歌〉の1枚になりましたね

――例えば“Boy”の歌詞ですが、〈人生はずっと転機の連続/おいで 私の小さな希望/きみはここで終わりじゃない〉や、〈一歩一歩離れたつもりが/遡っているように見える でも振り向いてごらん/どれだけ進んだか分かるから〉と言ったラインを読むと、まさに今の状況を歌っているようにも感じます。

Ryu「そうなんですよね。アルバム全体が今の状況を歌っているようにも思えてくるというか。逆境の中にあってこそ、何か新しいものが生まれるんじゃないかなと思うんですよ。ミュージシャンをやっている時点で、今回のこと以外にも常に逆境の中にいるようなものだし(笑)。

“Go Through, Grow Through”の歌詞の通り、〈人生はずっと山あり谷あり/だけれど予想もつかない事こそが/信じられる唯一の希望〉なのだなと。ずっとテッペンにいても面白くないし、どん底にあってこそ見えるものもあるというか。

やっぱり僕は人間が好きだし、その可能性を信じているんだなと改めて思いました。たとえ自分が苦境にあってさえ、他者を思いやるというか。〈今の状況を変えよう〉〈自分自身さえも変わるべきだ〉と考えている人たちを心から尊敬します。

そういう意味では〈人間賛歌〉の1枚になりましたね。以前自分が書いた歌詞と向き合う機会を与えてもらえたのも良かったです」

『Borderland』収録曲“Go Through, Grow Through”

Jackson「Ryuの英歌詞の和訳は僕が担当しているんですけど、主人公の性別や年齢などが割と曖昧で、誰がどう想像してもいい言葉選びになっているのが印象的でしたね。聖書に近いというか、物語を綴るというよりは、教訓や格言みたいな言葉が並んでいるなと。特定のシチュエーションを限定していないところがいいなと思っています」

Ryu「僕の歌詞って、中心にいつも教訓や格言みたいなものが一つあって、そのことが言いたくて色々回り道しているのかもしれないですね(笑)。

その中で今回、新たな挑戦をしたのが“Blackout”ですね。この曲はmabanuaさんが作曲なので、歌詞で何か新しいことをしようと思ったんです。突然、停電で部屋が真っ暗になり、床につまずいて宙に浮いてひっくり返るというだけのことを歌ってみようと。その一瞬の出来事を、スーパー・スロー映像のように描写しているんです。

例えば〈点と点は線になり(重なり)/線と線は円を描いた〉というところも、単に転んで宙に浮いてひっくり返る時の、その人を俯瞰で見た時の形状を歌っているんだけなんですよ。〈転んでひっくり返った〉と一言で済む一連の動作を、こうやって曖昧にすると色んな意味がくっついてくるかもしれないなって。〈『blackout』って、何か感情の比喩?〉みたいに」

『Borderland』収録曲“Blackout feat. mabanua”

――確かに。〈点と点は線になり〉と言われると、何か人生についてのメタファーなのかなと深読みしてしまいますね(笑)。意味のないことを意味ありげに歌ったコミック・ソングというか。

Ryu「そうそう、そう思ってもらったらいいなって。実際に停電があったからこそ浮かんだアイデアですね、転びはしなかったんですけど(笑)」

 

われ憎み、かつ愛す――相反するものが同時にあるからこそ本当の愛

――“愛して、愛され”は、曲名どおり愛について歌った歌詞です。

Ryu「愛についての歌は、今までどちらかというと避けて通ってきたというか……(笑)。恥ずかしい気持ちの方が先行していたのですけど、前作EP 『back & forth』(2019年)の時にテーマを〈恋と愛〉にしたことで、今回はすんなり歌えました。

元々“愛して、愛され”は、〈蝉の恋〉を描いたつもりだったのが、無意識のうちに自分自身の恋にも反映していたんじゃないかなと。蝉って夏の間中ずっと鳴いているじゃないですか。あれって求愛行動というか、きっと自分の名前を呼んで欲しくて鳴いているのだろうなと。自分自身が俺の名前を呼んで欲しい、それだけで嬉しいってことを叫びたかったのだと思います(笑)」

『Borderland』収録曲“愛して、愛され”

――この曲は、ゲスト・ヴォーカルの塩塚モエカさん(羊文学)の中性的な声が、Ryuさんのハイトーン・ヴォイスとブレンドされることで、男女が逆転したような効果も生み出していますよね。それこそジェンダーの〈Borderland〉というか。

Ryu「僕が高域で、モエカさんが低域でハモるっていう、珍しいパターンですよね。おかげでこの曲の持つポテンシャルを、モエカさんに広げてもらった気がします。

僕、ずっと好きな言葉で〈Odi et amo〉(〈われ憎み、かつ愛す〉。ローマの詩人カトゥルスによるもの)というのがあるんですよ。相反するものが同時にあるからこそ、本当の愛というか。歌詞の中で、〈愛して、愛され 憎まれ、憎んで〉って歌っていますけど、そういう感情が生まれないと、愛を確かめられないと思う。そういう思いを込められたのは良かったと思っています。自分でもすごく好きな歌詞ですね」

――“No. One”は〈ナンバー・ワン〉と読むそうですが、〈No One(ノー・ワン)にも見えますよね。つまり〈ナンバー・ワンなんて誰もいない〉みたいなダブル・ミーニングになっている。

Ryu「これ、元々は普通に〈Number One〉という表記だったんですけど、レコーディングの時にトランペットの吉澤達彦さん(Lowland Jazz)が譜面にこうやって書いてたのを見て。〈これだ!〉って。

ある意味、アルバムの中で最も皮肉の効いた歌詞になりましたね。〈今宵は 一番になるんだ〉という歌詞も、そう自分に言い聞かせているようにも取れるというか。ほんと吉澤さんに感謝ですね、彼には何も言ってないですけど(笑)」