Page 2 / 2 1ページ目から読む
Eklekto-RyojiIkeda-Batie2016©RaphaëlleMueller

 ライヒ同様に非西欧音楽への関心を80年代に深めた作曲家にジェルジ・リゲティがいる。スタンリー・キューブリックの映画「2001年宇宙の旅」や「シャイニング」に彼の作品が使用されている。リゲティは最晩年(1923 - 2006)に“Piano Études”(1985 - 2001)を書いている。当初2巻で各6曲合計12曲で完成予定だったこの作品は結局、4巻にまでその構想が膨れ上がったが、1、2巻と3巻のために書いた4曲で絶筆となった(全曲を録音したCDはKei Takumi『Ligeti: Complete Études』Sheva Collection, 2018 Feb.を参照 )。このピアノ作品にはリゲティが80年代に知見を得たいくつかのアフリカ音楽の研究成果が盛り込まれている (この分析の詳細は以下を参照、Martin Scherzinger「György Ligeti And The Aka Pygmies Project」 Contemporary Music Review Vol. 25 No. 3, June 2006, pp. 227-262)。特にポリリズムについてはSimha Arom著「African Polyphony And Polyrhythm - Music Structure And Methodology」(仏1985刊/英1991刊)における採譜とその分析に多くを負っているという。この本で示されるのはアフリカ音楽のポリリズムの構造は、非対称性(周期全体拍の半分=n:n-1 / n+1、例えば全体を8とすれば前半が3拍、そして後半は5拍)のリズムを軸にしたいくつかの周期の異なるリズムのレイヤーによって示される。そしてアフリカ音楽は最終的にポリリズム、あるいはポリフォニー全体がアンサブルすることでそこには存在しないパターンを幻覚的に発生させるという。リゲティはこうした非対称性のリズム・パターンをエチュードのためのスケッチに大量に書き残していた。リズムのスケッチからピアノの鍵盤へとその楽想を定着させるプロセスを経て、エチュードにアフリカ音楽を構造として仕込む。だがリゲティもこのエチュードが、フォークロアでも〈異なる様式要素からなる折衷的な混合物〉でもない、〈思考の構造的なモード〉として受け止められることへの希望を明らかにしている。

 ライヒは自身もアフリカに赴き直接、その音楽に触れて自身が採譜したガーナのEWE族の音楽の一つを発表している(S. Riech「Writings On Music」2002)。そして同時期に彼が参照した本としてA.M. Jones「Studies In African Music」(1959)を挙げている。ライヒ、リゲティの作曲家のイマジネーションを伴奏した音楽学の知見は、2000年代にコンピュータ・サイエンスの介入によってさらに進化する。Godfried Toussaint「The Euclidean Algorithm Generates Traditional Musical Rhythms」(2004)である。リズムは音程や音高とは異なり音の有無強弱で表記が可能だから、なるほど二進法を使ってシーケンスにリズムを落として分類するあるいは生成するのは最も容易い。この論文はその作法と実際にアルゴリズムを使い伝統音楽やポップスなどのリズムの類型をまとめた最初期のものの一つ。核物理学にも応用されているというこのアルゴリズムの比較音楽学への転用をライヒやリゲティ以上に音やノイズの組成や音響や音楽の構造について敏感な池田亮司が知らないはずがない。しかしこれは現代音楽好きのフィクションに過ぎないだろう。

 さて、紙面も尽きてきたところで、“Body Music[for fuo], op.4 - I”について。スコアもないのでせっせとその録音を頼りに雑な分析を試みる。数えるとおそらく全体は168拍。そして偶然ライナーの写真に謎めいた数式を見つける。その中に(7+5)× 14=168を発見。なるほど多分これが基本的なこの曲の組成なのだろう。(7+5)はつまり12拍周期の非対称的 (6+1 / 6-1)パターンを意味しているのだろうか。南米か、いやアフリカか? 注意深く聴くと左右に分かれた奏者の叩く同じパターンのアクセントが時折逆になっていて鏡像的な対象を形成している。ウエーベルン? そしてなんとかして(7+5)のパターンを見つけてみる……。聴こえないものが見えてくるのを待つように。こうしてこの思いがけないネイキッドな音楽の骨をむしゃぶるように何度も聴いてみる。そして何故か、“op.”と“music for percussion”を聴きながら、リゲティの“Atmosphere”(1961)の凍りついたようなオーケストラの持続と点描のような細かいドットの、しかし緻密で厳密な音楽とを結びつけていた。それも度が過ぎた現代音楽好きの妄想でしかないけれど。

 


池田亮司(Ryoji Ikeda)
パリ、京都を拠点に活動。電子音楽作曲家/アーティストとして、音そのものの持つ本質的な特性とその視覚化を、数学的精度と徹底した美学で追及し、その活動は世界中から注目されている。2016年には、スイスのパーカッション集団Eklektoと共に電子音源や映像を用いないアコースティック楽器の曲を作曲した新たな音楽プロジェクトmusic for percussionを手がけた。2019年9月にはパリ・オペラ座で杉本博司が演出を手がける「At the Hawk’s Well/鷹の井戸」に音楽・空間演出として参加。

 


寄稿者プロフィール
高見一樹(Kazuki Takami)

音楽関係ではなく音楽の仕事をしています。2019年に配った名刺は6枚。コロナショックでもあまり変わらない日常。ヴェランダに咲いた桜、ヴェランダで実を結びそうなさくらんぼ。人の動きが緩慢になって、いつもより空気が冴え星空が映える。本を読んだり、音楽聴いたり不安ですが充実の毎日。ゆっくり動く事の美しさを味わえる人になりたい。