世界的なコロナ禍においては、さまざまな音楽が人々を癒し、力づけ、時にはチャリティーの媒介として音楽の影響力が活かされ、またアーティストが新しい音楽を生み出す動機付けにもなった。そのなかで、隔離生活そのものをテーマにラヴソングの様式で聴かせたのが“Six Feet Apart”だ。その送り手はアレック・ベンジャミン。全米が隔離生活に入った3月21日に彼は自宅バスルームからアコースティック・ライヴを配信し、月末にはYouTubeに“Lock Me Up For Life(Quarantine Demo)”なるデモをアップした。そこから数日後に発表された弾き語り曲が件の“Six Feet Apart”だったわけだが、恋愛に置き換える格好で距離を描いた詞もさることながら、清らかな少年性を湛えた透明感のある歌声に惹き付けられたという人も多いのではないか。
昨年の〈サマソニ〉でそれを体感した人もいるはずのアレックは、アリゾナ州はフェニックス出身のシンガー・ソングライター。エミネムやポール・サイモン、ジョン・メイヤー、シチズン・コープらの影響を受けたそうで、10代の頃から自作曲をネット上で発表してファンベースを築き、最初のミックステープ『America』(2013年)に前後してコロムビアとメジャー契約を結んでもいた。その活動が実を結ばぬままやがて契約は解除されるのだが、そんな逆境にあって彼は独力で欧州ツアーを行い、コンスタントな楽曲発表を続けて支持を着実に広げていく。
ツアー後の彼はショーン・メンデスやトロイ・シヴァンのコンサート会場外で公演を待つ人たちに向け、駐車場や路上でのパフォーマンスを敢行する。半年で165回ものショウを行ったそうだが、そんな地道な努力が実ったのか2017年に“I Built A Friend”がSpotifyで約400万再生を記録。アトランティックと契約して仕上げた2018年のミックステープ『Narrated For You』はさらなる評判を呼び込み、そこからは“Water Fountain”や“Let Me Down Slowly”もヒットを記録。前者はビリー・アイリッシュにカヴァーされ(アレックも彼女の“Ocean Eyes”をライヴで歌っている)、アレッシア・カーラをフィーチャーしたヴァージョンもシングル・カットされた後者はMVの再生数は1億5千万を超えている。
ALEC BENJAMIN 『These Two Windows』 Atlantic/ワーナー(2020)
そんなアレックにとって初のオリジナル・アルバムこそ『These Two Windows』である。これは昨年から発表してきた“Jesus In LA”や“Must Have Been The Wind”などのヒットを中心とした作品で、シンプルな意匠を纏った透明感のある繊細な歌声が楽しめる、実に魅力的な楽曲集だ。多くの楽曲は実体験をベースにしたもので、例えばサイモン&ガーファンクル風の“The Book Of You & I”では別離の理由を告げぬまま去った恋人を想い、メランコリックな“Just Like You”では幼くて理解できなかった父親への現在の愛を語る。一方では自身を縛る自分の精神を監獄に喩えた“Mind In A Prison”、自分の中の悪魔を表現した“Demons”など、経験に触発されながら内面の暗い部分を掘り進めていった楽曲もあり、切り口もさまざまだ。
そのようにパーソナルながらも広く共感を誘う物語を進行していくのは、ラップやレゲエ風の歌い口も駆使したリズミックな歌唱表現で、さまざまな先達の影響をメロディアスに織り交ぜていく技量とセンスもアレックの美点だろう。モダンな快さに溢れた『These Two Windows』は、ここからさらに大きく羽ばたく彼の今後を保証する一枚となるかもしれない。なお、日本盤には冒頭で触れた“Six Feet Apart”もボーナス収録。まずは彼の楽曲との距離を縮め、その耳と心で味わってみてほしい。
アレック・ベンジャミン
94年生まれ、アリゾナ州フェニックス出身のシンガー・ソングライター。エミネム“Stan”をきっかけに曲作りに目覚め、音楽の道を志すようになる。18歳の時に大学進学のためLAに移り住んで音楽活動を開始。2014年にシングル“Paper Crown”をリリースする。コンスタントに楽曲をリリースしながら路上やコンサート会場でのパフォーマンスを行い、2017年には“I Built A Friend”がストリーム数を記録。2018年にミックステープ『Narrated For You』を発表する。そこからの“Let Me Down Slowly”が翌年にかけて大ヒットを記録し、〈サマソニ〉出演のため初来日も経験。このたび初のオリジナル・アルバム『These Two Windows』(Atlantic/ワーナー)をリリースしたばかり。