ストリート・ローズらが南部バウンスを導入して進化した2000年代
90年代後半はノー・リミットやキャッシュ・マニーといったレーベルのブレイクにより、ルイジアナのバウンスが人気を集めていった。バウンス・ビートはアトランタを含む南部ヒップホップ全体に広まり、そしてイチバンなどアトランタのレーベルとも近しかったデトロイトのギャングスタ・ラップも、バウンスの影響を受けていった。
デトロイトのラップ・グループ、ストリート・ローズ(Street Lord’z)が99年にリリースしたアルバム『Rolees Don’t Tic Toc』もその一つだ。デトロイトの先人が作り上げた西海岸的な路線をベースに、808を高速で刻むバウンシーなドラムを取り入れたビート。そこには、現在のデトロイトに繋がるものが確認できる。
そのほかにもイーストサイド・チェダー・ボーイズ(Eastside Chedda Boyz)やアル・ヌークなどが、この新たなデトロイト・サウンドを纏った作品をリリース。
2005年にはグーン・スクワッドのメンバーのトリック・トリック(Trick Trick)が、エミネムのバックアップを受けアルバム『The People Vs.』でメジャー・デビューを果たした。同作はエミネム周辺人脈やメジャー作品らしい他エリアのヒットメイカーも参加しており、全体的にはその色はそこまで強くないが、それでも“Get Bread”や“Let’s Scrap”など数曲でデトロイト・スタイルのビートを聴くことができる。
そしてその翌年となる2006年、現行デトロイトを代表するコレクティヴ、ドウボーイズ・キャッシュアウト(Doughboyz Cashout)が結成される。2つのクルーが合わさって誕生したドウボーイズ・キャッシュアウトは、2009年にはコレクティヴでのミックステープ『We Run The City Vol. 1』を発表。同作はこれまでのデトロイト・サウンドを踏襲しつつも、より緊張感の漂う現在のデトロイト・サウンドの最初期の例と言えるサウンドを提示していた。
スタンダードを作ったドウボーイズ・キャッシュアウトと2010年代
ドウボーイズ・キャッシュアウトのようなサウンドはデトロイトのスタンダードとなり、多くのラッパーがこの殺伐としたサウンドで作品を発表した。
ドウボーイズ・キャッシュアウトは2013年にヤング・ジージー率いるレーベルのCTEと契約し、オーナーのヤング・ジージーとレーベルメイトのYGと共にミックステープ『Boss Yo Life Up Gang』を発表。緊張感は控えめながら通じるスタイルで頭角を現していたLAのDJマスタード(DJ Mustard)や、デトロイトのサウンドに影響を与えたニューオーリンズのマニー・フレッシュとも顔合わせを果たした。
同郷のビッグ・ショーンが同年にリリースしたアルバム『Hall Of Fame』にも、ヤング・ジージーと共にドウボーイ・キャッシュアウトからペイロール(現Payroll Giovanni)が参加。
そのほかソロで活動していたアイスウェア・ヴェゾ(Icewear Vezzo)なども一部で注目を集め、デトロイトのギャングスタ・ラップの熱気がメインストリームにじわじわと進出していった。
また、ベイエリアの大物ラッパー、E-40が2013年のアルバム『The Block Brochure: Welcome To The Soil 5』収録の“All My Niggaz”で、現行デトロイト・サウンドとも通じるようなビートでデトロイトのダニー・ブラウン(Danny Brown)をフィーチャー。ダニー・ブラウン自身の路線は異なるものの、現在共演の多いベイエリアとデトロイトの接点として見逃せない動きだった。
しかし、なかなかデトロイトのサウンドが大きくメインストリームに食い込んでいくことはなかった。2014年にはデージ・ローフ (Dej Loaf)がシングル“Try Me”をヒットさせたが、同曲は浮遊感のあるR&B系のサウンド。そのままの勢いで発表したミックステープ『Sell Sole』も同路線の曲やトラップが中心で、現行デトロイト・サウンドとは違ったサウンドだった。デージ・ローフも所属するレーベルのIBGMが2015年に発表したミックステープ『World Champions』では現行デトロイト・サウンドも聴けたが、大きな話題を集めることはなかった。