コラム

デトロイトのギャングスタ・ラップはなぜ西海岸サウンドを取り入れた?

Dタウンのヒップホップ、その歴史を振り返る

デトロイトのギャングスタ・ラップはなぜ西海岸サウンドを取り入れた?

米ミシガン州デトロイトといえば、名門モータウンのR&B/ソウル、あるいはロックやテクノなど、さまざまなジャンルにおいて優れたアーティストたちを育んだ音楽都市だ。もちろん、ヒップホップについても、エミネムやJ・ディラ、ビッグ・ショーンらを輩出した重要地点である。

近年は、2010年代後半からティー・グリズリー(Tee Grizzley)を筆頭に、ギャングスタ・ラップが盛り上がりを見せている〈Dタウン〉。しかし、同じ五大湖沿岸のシカゴ・ドリルとも異なるそのスタイルは独特で、西海岸のGファンクを取り入れたサウンドが特徴的だ。

注目の〈デトロイトG〉は、どのようにしてGファンクやニューオーリンズ・バウンスを取り入れて発展していったのか? 今回はその歴史を、ブログ〈にんじゃりGang Bang〉で知られるアボかどが紐解いた。 *Mikiki編集部


 

今、デトロイトのヒップホップが面白い

今、デトロイトのヒップホップが面白い。ティー・グリズリーのブレイクに端を発し、サダ・ベイビー(Sada Baby)やティージェイエックス6(Teejayx6)など、注目のラッパーが次々と登場している。

ティー・グリズリーの2020年作『The Smartest』収録曲“Satish”

サダ・ベイビーの2020年作『Bartier Bounty 2』収録曲“Kourtside (Feat. Lil Yachty)”

デトロイトのヒップホップといえば、スラム・ヴィレッジやブラック・ミルクなどJ・ディラの周辺を思い浮かべる方が多いのではないだろうか。しかし、現在のデトロイトで主流のスタイルは全く違う。武骨でファンキーなベースや緊張感のあるピアノ、TR-808の連打などが特徴的な殺伐としたビート――YGやモジーなどの西海岸(特にベイエリア)のギャングスタ・ラップにも通じるこのハードなサウンドは、J・ディラ周辺とは全く異なるシーンから生まれたことが一聴してわかるものだ。

このサウンドは一体どこからやってきたものなのか。本稿では今まで見落としがちだったデトロイトの別の側面を掘り起こし、そのルーツを探っていく。

 

MCブリードやトニー・グリーン、西海岸との関係を深めた90年代

デトロイトを含むミシガン州で、最初に商業的成功を収めたラッパーと言われているのがMCブリード(MC Breed)だ。デトロイトの隣の市であるフリント出身のMCブリードは、ラップ・グループのDFCとの連名で91年にアルバム『MC Breed & DFC』をリリース。同作からのファースト・シングルとなった“Ain’t No Future In Yo’ Frontin’”は、オハイオ・プレイヤーズ“Funky Worm”(72年)ザップ“More Bounce To The Ounce”(80年)を組み合わせたGファンク・クラシックだ。同作の成功で高い人気を獲得したMCブリードは、以降も西海岸のギャングスタ・ラップと通じるサウンドで活動。トゥー・ショート(Too $hort)や2パックといったベイエリアのラッパーとも共演し、90年代のギャングスタ・ラップのシーンを彩った。

MCブリード&DFCの91年作『MC Breed & DFC』収録曲“Ain’t No Future In Yo’ Frontin’”

トゥー・ショートの95年作『Cocktails』収録曲“We Do This (Feat. 2Pac, MC Breed & Father Dom)”

MCブリードが登場した90年代前半のデトロイトに目を向けると、ベーシストのトニー“T・マネー”グリーン(Tony “T Money” Green)の活躍があった。デトロイト出身のトニー・グリーンは、甘茶ソウル系グループのドラマティックスのバンド・メンバーとして活躍した人物だ。78年頃にはジョージ・クリントンと組み、アイス・キューブや2パックなど多くのヒップホップ・アーティストがサンプリングしたパーラメントの“One Of Those Funky Thangs”(78年)にも携わっていた。ジョージ・クリントンはGファンクと非常に関わりの深いアーティストだったが、トニー・グリーンはジョージ・クリントン以上にGファンクの中心地に関わっていたミュージシャンだった。というのも、93年にデス・ロウ・レコードと契約していたのだ。

スヌープ“ドギー”ドッグの94年作『Doggystyle』収録曲“Gin And Juice”。ベースはトニー“T・マネー”グリーン

ドクター・ドレーの仕事を間近で見たトニー・グリーンは、その後ヒップホップのプロデューサーとしての活動を開始。95年にはデトロイトのラッパーを率いてコンピレーション『Organized Kaos Hour 1』を〈T. Green〉名義でリリースした。同作はドラマティックス譲りの甘茶ソウル風味が強いが、ドクター・ドレーからの影響を感じさせるGファンク系の曲も収録していた。

また、デトロイトのヒップホップ・シーンで最初期から活動するグループのデトロイツ・モスト・ウォンテッド(Detroit’s Most Wanted)も西海岸ギャングスタ・ラップに通じる音楽性の持ち主だった。デトロイツ・モスト・ウォンテッドは、MCブリードと同じアトランタのレーベル、イチバン・レコード(Ichiban Records)で活動。ハードな曲も聴かせるが、Gファンクの要素も多く取り入れていた。

デトロイツ・モスト・ウォンテッドの92年作『Tricks Of The Trades Vol II - The Money Is Made』収録曲“The Money Is Made”

そのほかにもアル・ヌーク(Al Nuke)やラップ・グループのグーン・スクワッド(Goon Sqwad)など、西海岸のギャングスタ・ラップと通じるようなラッパーが次々とデトロイトから登場した。商業的な成功に恵まれたラッパーは少なかったが、デトロイトのギャングスタ・ラップの土台は着実に出来上がっていった。

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