©Patrick O'Brien Smith

アバンギャルドなジャズの実験精神とヒップホップ的なアプローチをポップに響かせた刺激的な傑作の誕生! 気鋭のドラマーがワープに移籍して創造したものとは?

 ジャズ・ドラマーとして活躍する一方、プロデューサー/ビートメイカー/MCとして先鋭的な作品作りを続けているカッサ・オーバーオール。ブラウンズウッドからの前作『I Think I’m Good』(2020年)リリース後は自身のフルー・ノート・スタジオからミックステープ〈Shades Of Flu〉シリーズを発表していたが、このたびワープに移籍して3年ぶりのオリジナル・アルバム『ANIMALS』をリリースした。スクエアプッシャーやフライング・ロータスからの影響を公言してきたことや現在の作風から考えても、ワープという環境は現在の彼に相応しいように思えるだろう。今作はNYから故郷のシアトルに戻って完成を見たものだが、楽曲はそれ以上に長い期間をかけて作られてきたそうだ。

 「通常のジャズ・アルバムよりも長い制作過程だったね。それに、ひとつのスタジオで録った作品ではないんだ。例えば、ファースト・シングル“Ready To Ball”のサリヴァン・フォートナーによるピアノ部分は、2017年か2018年あたりに彼が自宅の居間で即興的に弾いたもの。4~5年の間、俺はこの即興演奏をどう使おうか考えを巡らせてきた。別で録ったドラム音源と共に切り刻み、試行錯誤したけどなかなか上手くいかなくて。その後、俺がマンハッタンに住んでいた2021年に歌詞を書いた。アルバム収録曲は、パンデミック中に俺がシアトルに引っ越し、その後NYに戻った2021年、ふたたびシアトルに戻った2022年……と楽曲のインスピレーションが常に変わっていくなか、コロナ禍で生き延びたんだ。でも、皆が話しているようなパンデミックを歌詞の題材にはしたくなくて、俺としてはタイムレスな題材のみを扱いたかった。何年もかけて自分が求めるサウンドを模索したし、最後の最後になって足りないものを埋めるために参加してもらったゲスト・アーティストもいる。納得がいくまで制作し続けたね」。

KASSA OVERALL 『ANIMALS』 Warp/BEAT(2023)

 馴染みのシオ・クローカーやマイク・キング、ニック・ハキムをはじめ、ヴィジェイ・アイヤー、トモキ・ サンダースらの演奏家は前作やミックステープに続いて参加。彼らや自身の演奏をエディットしながら作品は仕上げられている。

「音楽制作を始めた頃から、俺はコラージュ・アートを手掛けるように取り組み、簡単にはフィットしなさそうな異なる音楽的要素を融合させてきた。デビュー盤『Go Get Ice Cream And Listen To Jazz』(2019年)でのヒップホップ的なジャズは簡単だった。そもそも、ジャズとヒップホップって合うからね。2作目『I Think I’m Good』ではラップをアバンギャルドな方向へ持っていき、オーケストラ的なサウンドを仕上げた。そして、今回の3作目ではさらに先へと発展させ、不協和音や狂ったサウンドも多い。アバンギャルド・ジャズとポップソングを融合させた感じだよ。そんなのあり得ないのかもしれないけど、自分が聴きたくなる音楽は、キャッチーなサビがありつつ、セシル・テイラー、サン・ラーやセロニアス・モンクのようなコードだとか、エルヴィン・ジョーンズ的なドラムスの入った感じの楽曲だから」。

 そのなかで『ANIMALS』を特徴づけるのは、初顔合わせが多い〈声〉のゲストだろう。「クール・モー・ディー(!)やビッグ・ダディ・ケインら初期のラップ・ヒーローたちのフロウ・スタイルやリズム・アプローチからもインスパイアされた」というカッサ自身のラップも要所で印象を残すなか、ダニー・ブラウンとウィキを迎えた“Clock Ticking”、リルBとシャバズ・パレセズを交えた“Going Up”というラッパーとのコラボはさらに鮮烈だ。また、マリーザ・モンチ仕事でも絡んだニック・ハキムを招いての幽玄なソウル“Make My Way Back Home”、ローラ・マヴーラとフランシス・アンド・ザ・ライツが歌う“So Happy”もいい。とにかく一口には語れない刺激的な奥行きのある作品に仕上がっていて、〈バックパック・ジャズ〉と形容された前作のような〈ジャズ・ミュージシャンのヒップホップ的アプローチ〉の域はもはや超えている。カッサいわく「制作初期はカニエ・ウェスト『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』から多大なインスピレーションを受けた」とのことで、それは“Maybe We Can Stay”あたりにも明白。いずれにせよ、この先の進化を期待した際にやがては節目の一枚として思い出されることもありそうな傑作の誕生だ。

左から、カッサ・オーヴァーオールの2020年作『I Think I'm Good』(Brownswood)、カッサの参加したシオ・クローカーの2022年作『Love Quantum』(Masterworks)、マリーザ・モンチの2021年作『Portas』(Phonomotor)、キャス・マッコムスの2022年作『Heartmind』(Anti-)

『ANIMALS』に参加したアーティストの作品を一部紹介。
左から、ニック・ハキムの2022年作『Cometa』(ATO)、ローラ・マヴーラの2021年作『Pink Noise』(Atlantic)、ウィキの2022年作『Half God』(Wikset Enterprise)、シャバズ・パレセズの2020年作『The Don Of Diamond Dreams』(Sub Pop)、ダニー・ブラウンの2019年作『uknowhatimsayin¿』(Warp)