かつてなく内面を掘り下げた『Quaranta』に『XXX』から10年以上もの歳月を思う……惑いながらも不惑を突破した現在、鬼才ダニー・ブラウンの魂はいまどこにある?

歳をとってくると難しくなる

 「ヒップホップの世界では、歳をとってくると難しくなるんだ。そういう意味では、ヒップホップは若者のスポーツで、彼らがその行き先を決める。他のほとんどのジャンルでは、50歳でも60歳でもまだやることができるけど」。

 そう語るダニー・ブラウンも当然ながら歳を重ねた。2023年に生誕50年を祝われたジャンルの歴史の浅さを思えば、その言葉が実際にどうなのかはまだわからない。仮にそうだとして、プレイヤーも観客も全員が同じ競技の同じ種目に興じる必要はないわけだが、彼がそのように言いたくなる意味はよくわかる。

 表舞台にエントリーしてきた頃のダニー・ブラウンは、インターネット発信のヒップホップが先駆的だった時代の波に乗って、とにかく注目の的だった。地元のデトロイトを拠点に名を上げた彼は、30歳で発表した『XXX』(2011年)にて一気に脚光を浴び、2012年のフレッシュマン・クラスの一人として駆け出しのフューチャーやMGKらとXXL誌のカヴァーを飾った。10年代のある瞬間を象徴するエイサップ・ロッキーのポッセ・カット“1 Train”(2013年)にケンドリック・ラマーやジョーイ・バッドアスらと並んで名を連ねていたと書けば、当時の彼のステイタスもよくわかるだろう。奇抜なファッションが物語る存在感の大きさ、ビートを選ばないフリーキーなマイク捌きの技量は続く『Old』(2013年)でも発揮され、シェイディの“Detroit vs. Everybody”(2014年)でエミネムやロイス、ビッグ・ショーンらとも共演した彼は、伝統的なデトロイト・シーンを未来に繋ぐ存在とも目されていたはずだ。

 ただ、ワープに移籍して『Atrocity Exhibition』(2016年)を出したあたりから、世間的なトレンド視の流れは移り変わっていった。本来そこだけがジャッジの基準でないのは確かだが、わかりやすい勘定を誰も止められないのは事実だろう。2019年にはQ・ティップが総監督を務める『uknowhatimsayin¿』を傑作に仕上げるも、その後はアルコールに溺れた本人の問題やコロナ禍もあって活動は停滞。ただ、「それが自分にはベストだった」と話すように、そうした機会を活かして創作を続け、リハビリを通じて断酒にも成功し、ジェイペグマフィアとの『Scaring The Hoes』(2023年)も経て完成させたのが今回のニュー・アルバム『Quaranta』である。