BONNIE PINK
 

理想の歌い手・BONNIE PINK

──一方の“Little Bit Better”は、ヴォーカリストとしてBONNIE PINKをフィーチャーして制作されました。彼女との出会いは?

奥田「2年ぐらい前に、Billboard Live OSAKAであったBONNIE PINKさんのクリスマス・ライブに、僕がサポートで参加したのがきっかけです。もともと魅力的な声のシンガーだなって思ってたけど、一緒にやってみてあらためて理想の歌い手だなって思って」

──奥田さんにとって理想の歌い手というのは?

奥田「16ビートを気負いなく歌える女性シンガーを、常に僕は探していたんです。彼女の場合は、英語の発音がネイティヴに近くて、英語の乗せ方や、日本語との混ぜ方とかすごく自然だなと思ってたんで。NONA REEVESがやってきたことも、それと同じなんですよね。英語と日本語が自然に共存した歌詞を、グルーヴィーなサウンドにのせるっていう。自分が最初に好きになったシンガーが桑田佳祐さんだったのが大きいと思うけど、16ビートをちゃんと歌える人にはずっと憧れがあって。それを自分のやり方で追究できている人。この曲に関しては、作る前からBONNIEさんに歌ってほしいっていうのがあったので、脳内で彼女の声を再生しながら、メロディーの塩梅を探していった感じです」

──サウンド面で意識したことは?

奥田「なるべくバキッとした音像にしたいと思ったんです。今のヒットチャートもよく聴いていて、たとえばデュア・リパが好きなんだけど、あれぐらいクッキリした音像で作れないかなって思って。この曲では、音像も含めてカラフルなブルースみたいなことをやりたかった。その意味でBONNIE PINKさんの歌唱っていうのは、ブルーノート・スケールがすごく気持ちいいんですよ。だから曲の中で2、3箇所ブルーノートで歌ってもらってる部分もあるんです。もし違う人が歌ってたら、そのようには指定はしてなかったと思うけど、それで歌ってもらって嘘くさくならないっていう狙いもあったから。そうしたら見事なまでに、華やかな歌に仕上がりましたね」

──〈Little Bit Better〉と繰り返すサビのフレーズをはじめ、曲全体で言葉が踊っているような仕上がりですね。

奥田「そこが彼女ならではの発音と歌い方の妙ですよね。歌詞もBONNIEさんに書いてもらったんですが、オファーした時に、もし不満やストレスに思っていることがあるなら、その感じを出してほしいって注文したんです。サウンドはポップだけど、メッセージは何かに対するレジスタンスみたいな。そういう感覚があったら包み隠さず歌詞にしてほしい、と。それからしばらくして彼女から上がってきた歌詞を見たら、前の彼氏に対してもっと幸せになってやる、みたいな設定で。それはいろんなことにも当てはまる内容だと思うし、普遍的な歌になりましたね。

今、この時代に何かを表現するっていうのは、現代のコロナ禍にあるムードを出すか出さないかっていう二択に迫られると思うんです。今回リリースする2曲でいうと、“ホライズン”にはそのムードが入っているけど、“Little Bit Better”はコロナの前に歌詞を書いてもらっていたから、まったくそのムードが入ってない。ちなみに“Little Bit Better”のヴォーカル録りは、歌詞を書いてもらってから数ヶ月後の、それこそコロナ以降に行ったので、BONNIEさんに事前に〈世の中の状況は変わりましたが、歌詞はそのままでいいですか?〉って念のため訊いたら、〈全然大丈夫!〉って返事がきて。その清々しさも、また素晴らしいなって思いましたね。

結果として、普遍的でガーリーなポップスに仕上がって。歌詞自体は、コロナとなんにも関係ない内容で、それはそれでよかったなって思うんだけど、今あらためて聴くと、また違った味わいが出てくるもので。そういうパワーって音楽にはあるじゃないですか。偶然性というか、後々に意味合いが変わってきたり。この先、アルバムに向けて曲を作っていくつもりなんだけど、その中で世の中の情勢が変わるかもしれない。もしかしたら“ホライズン”だって聴こえ方が変わるかもしれない。時間の流れを感じながら作っていくのも、またいいかなって思うんです」

 

アルバムに向けての曲作り

──これからアルバムに向けて、どのような曲を作っていく予定なんですか?

奥田「以前から、マーク・ロンソンのパーティー感に理想の一つを見出してたんです。なので、ジャズっぽかったり、R&Bっぽかったりするインストもやってみたいし、バラエティに富んだものにしたいなと思っていて。あまり人前で歌ったことがない自分が歌う曲が1/3、リスペクトしているシンガーに歌ってもらうのが1/3、あと残りはインストになると思います。インストはもうちょっとドロっとしたものや、サイケデリックなものになるかもしれないですね。音像も、“Little Bit Better”のようにクリアなものがある一方で、もっと部屋鳴りやライブ感を重視したものもやりたいし。でも、今自分が面白いと思える音楽はどっちにもあるんで。それが一人のアーティストの中で共存するケースも多いですしね。アンダーソン・パークとか、めちゃくちゃ近い音と遠い音が極端で、その振り幅があってもいいかなって思うから」

──とくに今回リリースされた2曲は、その振り幅の両極が表現されたものですよね。

奥田「ただ、どっちも僕の手癖でできてるんで。初めて聴く人にとっては、自分が思っているよりも振り幅はそんなに感じずに聴こえるんだろうなって思います。やっぱり、同一の引力に従って作ってるので。だからそこはそんなに心配していないです。あとは、これから自分の中のグロテスクな要素をどうやって出していこうかなって考えてます。ちなみに〈ゼウス〉って、浮気症で好色な神様でもあるらしいんですよ。それを自己投影してるわけじゃないけど(笑)、いろいろな人に節操なく歌ってもらう行為って、ある種の浮気症みたいなものだなって。歌ってほしい人に歌ってもらう。それって最高の贅沢じゃないですか」